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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
151/204

File7-18「仇敵再び」

「覚えていてくださったのですね。嬉しいですよ、アラタ管理官」

 タダシ――今は「オメガ」と名乗る男は、アラタの表情を見るなり、どこか満足そうに笑みを深めた。アラタの頭を抑えつける腕に、心なしか力がこもる。アラタの表情が苦悶に歪んだ。

「タダシ元・管理官! 貴様、何故生きている!?」

 驚愕に顔を強張らせたツナギが声を荒げる。彼女の背後でオギナも弓を構えたまま目を見開いていた。

「驚きましたか? 自分たちが殺したはずの相手が生きていましたからね」

 オメガはやんわりと微笑むと、鬼の形相へと変わったツナギを見据える。

「しかし、私がどのようにして助かったか。その方法をあなた方へ懇切丁寧に説明してやる義理はありません。ただ私がこうしてあなた方の前に生きて立ちふさがった……その事実だけで十分でしょう?」

「オメガ、あまり煽るな」

 オメガの傍らで、ミューが書物をかざしながら眉間にしわを寄せる。

「すみません、ミューさん。しかし、私としても彼らとの再会を心待ちにしていたのです。少しくらいは大目に見てください」

 ミューが呆れ顔でため息をついた。

「お前だけは……」

 アラタの瞳が、真っ赤に染め上がる。

「〝業火(オーサロ)〟」

 アラタを中心に激しい火柱が上がる。オメガとミューが大きく飛び退さる。

「お前だけは、許さない!」

 アラタは炎から双剣を掴み取ると、オメガを真っ直ぐ睨み据えた。

 元・管理官でありながら、転生者を利用した悪事の数々は許されるものではない。アラタの瞳に宿った激情を前に、オメガは表情を崩さない。むしろ、どこか喜んでいるとさえ言える。

「あの時は後れを取りましたが、次はそうはいきません」

 オメガは右手を虚空に伸ばす。出現した魔法陣から、身の丈を超える大剣を引きずり出した。刃をアラタへひたりと向けると、暗い双眸に殺気を宿す。

「実力の程、お見せしましょう」

 オメガとアラタが同時に地を蹴る。両者の振り下ろした刃が正面からぶつかった。火炎を纏うアラタの双剣が、オメガの皮膚や髪を焦がす。オメガの振るう大剣からは黒い靄のようなものが立ち込め、それがアラタの皮膚を侵食する。一度オメガから離れ、己の手を見下ろす。まるで酸を被ったように皮膚がただれていた。腕全体に鈍い痛みも感じる。

「瘴気か……」

 ギリッと歯を噛み締め、アラタは目の前に迫ったオメガの刃を間一髪で避ける。

「アラタ!」

 オギナがオメガへ矢を向ける。すると、氷の刃がオギナを強襲した。

「管理官権限執行、守護結界」

 咄嗟に防護壁を展開し、オギナは氷の刃を防ぐ。

「まぁ、あれだ……とりあえず、邪魔しないでやってくれ。その代わり、お二人さんの相手は俺がするから」

 ミューが分厚い書物を手に、アラタを援護しようとしたオギナと、警戒して身構えていたツナギを睥睨する。

「そこをどけ!」

 ツナギが拳を硬め、地を蹴る。

「管理官権限執行、圧力増加」

「〝防壁(トーサメナ)〟」

 ツナギの拳をミューが見えない壁を生み出して防ぐ。ぶつかった瞬間、ミューの張った防護壁にヒビが入った。

「おいおい、嘘だろ……竜族の吐息(ブレス)すら防ぐ防壁だぞ!?」

 若干引いた様子のミューが即座に書物を繰る。

「抜かせるかよ――〝雷撃(テツクーナ)〟」

 激しい雷撃が空気を震わせる。その雷撃を振り払うように、アラタとオメガの刃が火花を散らした。甲高い音が鳴り、再びぶつかる。

「相変わらずいい剣筋です。敵ながら、惚れ惚れしますよ」

「あんたはどこまで……人を馬鹿にすれば気が済む!」

 アラタが大剣を右手の剣で弾くと、左手の剣で胴へと一閃する。オメガは大剣をくるりと手の中で回し、アラタの繰り出した左手の剣を剣身で受ける。

「あなたこそ、いつまで現実から目をそらし続けるおつもりですか?」

 オメガは楽しそうな口調から一変、冷めた様子で呟く。

「異世界グロナロスでは、神はかの神竜を見捨てた。どれほど綺麗事を並び立てたところで、実際は神々の横暴を前に泣き寝入りするしかなかったのではありませんか?」

「っ……黙れ!」

 アラタが右手の剣を突き出す。オメガはわずかに首を横へとずらしてアラタの攻撃を避けた。そのままアラタの右腕を掴んで動きを封じる。

「神竜だけじゃない……異世界間仲介管理院が保護した転生者にまで、お前らはその人たちの未来を奪ったんだ! やり直せたはずの人生の機会すら奪っておいて、大義も何もあったものか!」

 アラタが怒りで全身を震わせる。そんな彼を、オメガはどこまでも冷めた目で眺めていた。

「未来を奪っているのは神の方だ」

 オメガは掴んだアラタの腕を捻り上げ、その眉間に深いしわを刻む。

「命を……魂をどれだけ弄べば気が済む。神々の怠惰と傲慢が世界を蝕み、やがて崩壊へと(いざな)っているというのに……それに手を貸す異世界間仲介管理院も同罪だ!」

「ぐっ……〝風渦(ロウ―サミー)〟!」

 アラタは己とオメガの間に風の渦を生み出す。剣身で受け、そのまま大きく背後へ飛ばされるオメガ。両足を地面につけ、どうにか踏ん張る。

「以前よりも加護を自在に操れるようになったようですね。しかし、それは私とて同じです」

 オメガが大剣を手に、一息でアラタの背後を取った。

「〝加圧(ロワイ)〟」

「〝俊足(ニチタヲヤ)〟」

 双剣を構えて防ごうとしたアラタはゾッと背筋を駆け抜けた悪寒に、大きく背後へ跳んだ。オメガの振り下ろした大剣が境界域の回廊を木っ端微塵に粉砕する。

「おい、オメガ! やり過ぎだ!」

 離れたところで戦っていたミューやツナギたちも、崩れた足場から急いで退避する。ツイは本来の姿に戻って捕獲した使徒を連れて虚空に避難していた。

 アラタは砕けて虚空に漂っていた瓦礫に着地する。皆が無事であることを視界の端で確認すると、ホッと安堵の吐息をもらした。回廊を粉砕した張本人は虚空に浮かび上がったまま、余裕の笑みでアラタを見下ろしている。

「ああ、手加減がだいぶ難しい……つくづく、『加護』とは素晴らしい力ですね」

 大剣の剣身で肩を叩きながら、オメガが笑う。

「管理官であった頃の紛い物の加護では、転生者や召喚者の足元にも及ばない。まさかその実感をこうして我が身で体感することになるとは……私を殺してくれた貴方には感謝しないといけませんね!」

 オメガが虚空を蹴って迫る。アラタも応戦するように双剣を構えた。


「管理官権限執行、三重結界」


 オメガが振るった大剣の衝撃を、虚空に映し出された魔法陣が受け止めた。そのまま、オメガの攻撃を弾き、目を見開く彼が吹き飛ばされる。くるっと虚空で体勢を立て直し、虚空に散らばった瓦礫の一つに着地した。

「援軍ですか……面倒ですね」

「サテナ管理官、カイ管理官、アリス管理官!」

 苦い顔になるオメガとは裏腹に、アラタの表情が和らいだ。

 己の身の丈を超える長杖を携え、三人の管理官たちが鋭い視線をオメガに向けている。

「あぁ、オギナ管理官……貴官には感謝するぞ。貴官が我々に援軍要請をしてくれたおかげで、防衛部の手で裏切り者を制裁する機会に恵まれたようだ」

 アリスは普段は愛らしいその顔が、殺意のせいでひどく歪んでいる。

 彼女の左右に控えるサテナとカイも珍しく無表情だった。

「お久しぶりですねぇ、ユヅキ元・総隊長。隊長時代よりも、今のお姿の方がだいぶ生き生きしていらっしゃるようで」

 サテナが満面に笑みを浮かべて皮肉を言った。

「タダシですよ。ああ、でも……今はオメガという名前をいただいているんです。今後はこちらで呼んでいただけると助かりますね」

 オメガは言うなり、苦笑する。

「いや、しかし……貴方は相変わらず他人の名前を覚えられないようですね。部隊間での連絡時に支障が出るから改めるよう、何度も注意したと思いますが?」

「未だに上官面ですか。反吐が出ます」

 珍しくカイも強い口調でタダシの言葉を真っ向から拒絶した。それだけ、防衛部にとって「タダシ」が残した傷跡は根深いものである。

「オメガ、これ以上はやめろ! 計画に支障が……」

 大剣を構えたオメガを、ミューが慌てて制止する。

「逃がすわけないだろう」

 アリスが長杖を掲げるや否や、すぐさまカイとサテナも詠唱を開始した。

 三人の足元に魔法陣が展開する。

「ツナギ管理官たち、死ぬ気で避けるか防いでください」

 カイがすぐさま警告した。オギナとツナギが同時に駆け出す。アラタも双剣を構えて身構える。

「管理官権限執行、空間裂刃」

「管理官権限執行、損傷拡大」

「管理官権限執行、無限再生」

 空間を視えない無数の刃が切り裂く。その切り裂かれた空間がみるみるうちに拡大し、境界域を侵食していった。

「ほぉ、見事な合わせ技ですね」

 感心するように声を上げたオメガが大剣を振るって、迫る刃を弾いた。

 そこへ双剣を構えたアラタが突っ込む。

 気づいたオメガが応戦しようと体を反転させるが、一拍遅かった。一太刀浴びせるのに、十分な時間である。

「オメガぁあああぁっ!」

 業火を纏ったアラタの刃がオメガへ迫る。

「〝俊足(ニチタヲヤ)〟〝防壁(トーサメナ)〟」

 素早くオメガとアラタの間に割り込んだミューが左腕を突き出す。

 アラタの双剣が見えない壁に押し返された。

「〝断裂(ハータフイ)〟」

 アラタの双剣に黒い靄が纏わりつく。それが、ミューの張った防壁をあっさり砕いた。アラタの刃が、ミューの左手を切り飛ばす。

「っ……!」

 苦悶に顔を歪めたミューの背後で、オメガが大剣を振り上げた。

 アラタは咄嗟に双剣を顔の前で交錯させて、振り下ろされた剣身を受け止める。

「〝加圧(ロワイ)〟」

 全身を強い圧によって遥か後方へと吹き飛ばされる。

「管理官権限執行、守護結界!」

 カイが即座にアラタの身を保護してくれた。アラタは感覚のなくなった両腕をだらりと下げ、口から血の塊を吐き出す。防ぎ切れなかった圧に、内臓をやられたらしい。

 アラタは顔を上げる。かすむ視界で最後に見たものは、負傷した仲間を抱えて虚空の切れ間へと去っていくオメガの背だった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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