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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
149/204

File7-16「異形の使徒」

「……っくしょん!」

 体を大きく震わせたかと思うと、盛大なくしゃみがアラタの口から飛び出した。

「アラタ、平気?」

 新型魔動二輪を指輪に仕舞いながら、オギナが思わずアラタを振り返った。

「ああ、平気だ……」

 アラタは己の両腕をさすりながら、苦い表情で天を仰ぐ。

 異世界ヴァヴォルスから歪みの形跡を辿ってやってきた境界域。そこには果ての見えない回廊が続いていた。サラサラと星空へ零れ落ちる砂塵を尻目に、ツイとツナギがじっと虚空を睨みつけていた。

「痕跡はここで途切れている」

 ツイは事務的な口調で報告する。

「随分遠くまで来たな。異世界ヴァヴォルスからここまで『道』を通って七界(しちかい)だぞ」

 ツナギは苦い顔で腕を組んだ。

 異世界間仲介管理院が異世界への「道」を繋げるとき、その移動日数の単位は「(かい)」と数える。「一界」とは、一つの世界と異世界間仲介管理院のある最果ての園アディヴとの間に出現した「道」を示し、双方で完結する場合の日数である。単純な移動距離による日数換算ではなく、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 すなわち、今現在アラタたちがたどり着いた境界域は七つの世界に「道」を繋いでたどり着いたため、「七界」かかったということになる。ちなみに、防衛部所属の管理官ですら異世界への移動は一回につき平均三界、多くても五界までである。

 アラタとしてもまさか七界という大移動を行うことになろうとは思わなかった。

「だいぶ時間が経過したからな。痕跡も薄くなっている」

「ここまで来て、これ以上の追跡が不可能というのは……なんだか悔しいですね」

 オギナも歯がゆい思いだろう。眉間にしわを寄せ、顔を顰めている。

「また……境界域なんだな」

 アラタは天を仰いだまま、表情を歪めた。この場所はアラタにとって一連の事件の発端になった場所である。アラタの中で、どうしてもいい心地はしなかった。

「神々の目が行き届かないという意味で、最適な隠れ場所だろう」

 ツイも淡々と告げ、不意に視線をある一点へ向けた。

「どうかしたのか?」

 不審に思ったツナギがツイを振り返る。

「僅かだが、神気を感じた。冥界(同胞)存在(もの)ではない」

 ツイは表情を変えぬまま、静かな声音でアラタたちに告げた。

 アラタたち三人は弾かれたように顔を見合わせた。

 境界域に、冥界の神を除いた神が足を運ぶことはない。その行為は他神への宣戦布告として取られてしまい、最悪の場合そのまま戦争へと発展してしまう危険があるからだ。だからこそ、境界域で何か異変があった時は、異世界間仲介管理院の異世界間防衛軍が調査・征伐を代行することになっていた。

「アラタ管理官、オギナ管理官……いつでも戦闘できるよう準備しろ」

「はい」

「了解です」

 アラタとオギナはすぐさま武器を手にする。

「こちらだ」

 ツイが心得たように一同を先導する。境界域の回廊を進んだ先に、高い塔がある。物見台というやつだろうか、高い石塔は頂点から崩れている。サラサラと流れる砂を前に、ツイがその場にしゃがみ込んだ。

「この下だ」

「下……と言われましても……」

 アラタは戸惑う。回廊の下は無限の星屑が広がっており、足場はない。オギナが魔力探査をかける。しかし、空間に手を加えた様子はなかった。

「ふむ……」

 アラタたちの様子に、何やらツイは考え込んでいた。不意に顔を上げる。

「少し、下がっていてほしい」

 言うや否や、骸骨姿に戻ったツイが手にした大鎌を振り上げる。

 アラタたちはギョッとした。

「ツイ殿! 神による空間干渉は――」

 ツナギが慌てて止める前に、ツイの振り下ろした大鎌が回廊を抉った。いや、抉る前に何かが飛び出した。

 崩れる足元を避け、アラタたちは大きく飛び退く。双剣を構え、アラタは天を仰いだ。

「あれは……?」

 虚空に浮かんでいたのは、人の上半身に両腕が翼、下半身を魚の姿をした異形だった。真っ白い顔に、感情の欠如した青い双眸がアラタたちに向けられる。今までアラタたちが戦ってきた異形とは違う。姿形は歪なれど、目の前の異形には神々が纏うような静謐な空気が感じられる。

「仕えるべき(あるじ)を失った、使徒の成り下がりだろう」

 虚空に飛び出した異形を前に、ツイは淡々と告げた。

 異世界間連合が発足するよりもずっと昔――古神聖時代と呼ばれる神々の戦乱時代があった。多くの神々が生まれては消えていった時代、世界や神が滅んだ後も、奇跡的に存在し続ける使徒の存在が報告されている。

 その理由の多くが「信仰」の継承にあると言われ、戦いに勝った神が敗北した神の慣習を一部吸収したことによって、人々の魂の記憶に残ったことが原因だと言われている。時に「悪魔」として、時に勝利した神側の「功績」として使徒の存在を吸収することも大昔は頻繁に行われていたと養成学校で習った気がする。

 勝利した神にそのまま仕える使徒もいたらしいが、中には忠義に厚く、故神にのみ忠誠を突き通した例もある。

 目の前の異形も、どうやら後者のタイプの使徒だろう。

 異形の使徒はツイを威嚇するように牙を剥いた。

「なんか、怒ってないか?」

「……そりゃ、いきなり叩き起こされれば怒るよね」

 アラタの視線を受けたオギナが苦笑する。

「あの使徒から、件の『歪み』が見える」

 ツイの一言に、アラタたちが一斉にツイを振り返った。

「つまり、一連の事件の関係者か」

 ツナギが両手に装備した籠手を打ち鳴らし、構える。

「二人とも、対象を捕獲する!」

 ツナギの指示に、すぐさまアラタが跳んだ。

「管理官権限執行、衝撃付与!」

 アラタが振り上げた双剣から、圧縮された斬撃が異形の使徒へと飛ぶ。異形の使徒は虚空で身を捻ると、両腕に風を纏わせた。鋭い刃となって無数の疾風がアラタを襲う。

「管理官権限執行、魔法矢増幅!」

 オギナが弓につがえた魔法の矢を放つ。放たれた矢は虚空で無数に分裂し、疾風の刃とぶつかって霧散した。

「管理官権限執行、拘束蔓」

 ツナギが放った光の蔓が、異形の使徒の片翼を捉えた。牙を剥き出した使徒は蔓を振り払うどころか、腕を大きく引き、ツナギを虚空へと投げ飛ばした。

「ツナギ管理官!」

「アラタ管理官、オギナ管理官、合わせろ!」

 虚空に放り出されたツナギが右手を異形の使徒へと突き出す。

「管理官権限執行、風刃!」

 ツナギから放たれた風の刃が、異形の使徒の身体を刻んだ。しかし、すぐに傷が修復され、元通りになる。

「管理官権限執行、空間隔離!」

 オギナが魔力の矢に権限能力を込め、異形の使徒に向けて放つ。

 寸でのところでオギナの矢を避けた異形の使徒の前に、双剣を振り上げたアラタが立ちふさがった。

「〝下れ(ヤーハーフ)〟!」

 アラタの双剣の剣身を黒い靄が覆う。振り下ろされた黒い剣身が、使徒の両翼を切り離した。異形の使徒の眼が見開かれる。先程とは違い、傷を修復できずに落下する。

「管理官権限執行、拘束蔓」

「管理官権限執行、守護結界」

 アラタとオギナがすぐさま異形の使徒を保護し、引き上げる。ツナギは虚空で待機していたツイに受け止められた。

「よし、捕獲完了。ひとまず、この使徒を異世界間仲介管理院へ護送せねばならんな」

 ツイの助けを借りて地面に足を付けたツナギが、結界内で力なく倒れている使徒を振り向いた。

「院長に連絡して、手配をお願いしましょう」

 オギナが共鳴具に触れながら言った。アラタは首筋に鋭い痛みのようなものを感じた。それが何か深く考えることなく、咄嗟にオギナを庇うように双剣を構える。

 交差させたアラタの双剣が火花を散らす。甲高い音ともに、彼の足元に巨大な氷柱が突き刺さった。

「誰だ!」

 アラタの誰何に、オギナとツナギ、ツイも各々の武器を構える。

「今の攻撃を防ぐか……やっぱあんたは敵に回すと面倒だ」

 アラタが睨む先で、空間が歪む。

 そこに降り立ったのは、全身を白い装束で覆った一人の男だった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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