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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File7-12「陰に潜む隊員」

 遠ざかる足音を聞きながら、マコトはやれやれと首を横に振った。

「……なんとも思っていないフリをして、結局は負い目を感じていたわけか」

 あるいは当時、アラタを受け入れることを強く拒絶したマコトへの配慮か。そう考えれば、ミノルがあそこまで頑なになる原因の一端はマコトにもあった。

 マコトは机上に肘をつくと手のひらで額を押さえた。

 すると、机に置かれた宝珠が俄かに曇る。


〝ふふふ、ミノル補佐官は相変わらずのご様子ですね〟


 くすくすと笑う男の声が、マコトに苦い顔をさせた。

「聞き耳だけ立てておいて、こうして誰もいなくなってから口を開くなど……貴官も相変わらず性格が悪いぞ」

 先程までのやり取りの間、一言も声を発さなかった男の行動に思わず呆れる。

〝そこはご容赦願いたいものです。私は新設されたばかりの異世界間特殊事例対策部隊の隊員たちと、直接的な関わりを持っていないものですから。いきなりその輪の中へ入っていくのは気が引けます〟

 男はまったく悪びれた様子もない。むしろ、どこか楽しそうとも言える雰囲気だ。

「意外だな。貴官がそこまで周囲の態度を気にしているとは……初めて知ったぞ」

〝おや、それこそ心外ですね。私は常に他者の顔色を窺っていますよ? でなければ、あなたからの命令を遂行することはできません。そうでしょう?〟

 マコトの皮肉に、男は鋭く切り返す。飄々としたこの男の態度に、マコトはもはやため息しかでなかった。ミノルといい、この男といい、自分の周りいる部下は何故こうも性格に一癖も二癖もある連中が集まるのか。

「そうは言うが、貴官は部隊に配属される前から彼らのことを調べ上げていただろう。だから貴官は周囲から『腹黒』などと呼ばれるんだ」

〝お言葉ながら院長、冒頭に『胡散臭い笑顔の』が抜けていますよ〟

「はぁ……もういい。聞いていた通り、事態はひっ迫している」

 マコトは早々に本題へと切り換えた。

〝ええ。こちらでも色々調べていましたが……やはり、さすがとも言うべきですね〟

 不意に、男の声に喜色が混じる。あまりの変化に思わずマコトは宝珠を振り向いた。自分の顔が引きつるのを感じる。

〝オギナ管理官、でしたか? 仕事の早い方は大歓迎です。保護した転生者の直近での出身世界を調べ上げ、短期間であそこまで候補を絞り上げるとは……。それに、今も色々調べているようです。可能ならば、私の後継者として教育したいですね〟

「残念だが、今はやめてくれ。彼はアラタ管理官にとって必要な人材だ。オギナ管理官も、アラタ管理官を頼りにしている節がある。今は、二人が同じ部署でいることでいい具合に平衡(バランス)が取れている」

〝そうですか。では、アラタ管理官も私にください。オギナ管理官ともども、私が教育いたしますよ?〟

「やめろ」

 笑って言った男の言葉に、マコトは断固とした口調で拒絶した。

「未来ある若い管理官二人を悪戯に潰す気か?」

〝おやおや、残念です。そこまでおっしゃるなら仕方がありませんね〟

 またの機会に、と笑う男に、マコトは疲労の濃い顔でため息をついた。

「さっさと用件を話せ。世間話をするために、わざわざ人のいなくなった時を狙って話しかけてきたわけではあるまい?」

〝ええ、もちろんです。一つ、忠告がございまして……〟

 やや苛立ったマコトの言葉に、男の声が低くなった。


〝アラタ管理官を派遣するなら異世界デルディナ以外でお願いします〟


 ぴくりとマコトも顔を上げる。鋭い視線を、濁る宝珠へ注いだ。

「何故だ? アラタ管理官が転生者であった頃、最後の出身世界はその二世界ではなかったはず……」

〝その通りです。しかし、デルディナには現在、()()()()()が派遣されています〟

 男はあくまで事務的な口調のまま続ける。

〝かの世界には現在、転生者であった頃のアラタ管理官が()()()()()()()()()()()()()がいます。封印を解いたばかりで不安定な彼が接触するには危険でしょう〟

 男の言葉に、マコトは目を細めた。

「何故、奴がデルディナにいる? 魔王の討伐か?」

〝そのようです。特別、かの人物の行動に不審な点は見当たりません。デルディナの魔王はすでに討伐されましたので、おそらくまたすぐに別の世界へ派遣されるものとは思いますが……アラタ管理官と遭遇してしまう危険性はできるだけ避けた方がよろしいかと思います〟

 マコトは執務机の上で手を組み、小さく頷いた。

「わかった。ナゴミ管理官には私から指示を出そう」

〝ありがとうございます。ああ、それともう一つ、ご報告があります〟

 男が声を潜ませる。

〝異世界間物流管理課が押収した物品の中に「吸光石(ワデルグ)」の破片が少数、発見されました。装備部のシアン管理官に回して鑑定をお願いしておりますが……おそらく院長の読み通り、装備部から盗まれたもので間違いないでしょう〟

「……」

 マコトは眉間に深いしわを刻み、目を閉じる。

「装備部から消えた『鏡光石(オリテア)の粉末』が、このような形で発見されるとはな」

 少し前に、異世界間仲介管理院内で管理官によって転生者を無断で遺棄するという許しがたい事件が起こった。その事件の際に利用された鏡光石と吸光石は事件後、装備部によって速やかに回収されている。しかし、装備部から持ち出されたと思しき実際の量に比べて、事件で使用された分量は圧倒的に少なかったのである。

〝異間会議中……それも審問申請が出された途端にこうして発見されるとは、偶然ではないでしょう〟

「当然だ。物が物なのだから、偶然などあり得ない」

 男の言葉に、マコトは渋い顔になる。

 鏡光石(オリテア)は冥界でのみ産出される、魂を封じ込める性質を持った鉱石である。純度の高い鏡光石ともなれば神すらも拘束するほどの魔力を宿しており、神々は鏡光石を「神喰い石」と呼んで忌避していた。異世界間仲介管理院は職務上の必要性から、純度の低い鏡光石を冥界から輸入している。

〝冥界が保有する鏡光石を輸入している神々は皆無です。そもそも、冥界そのものが純度の高い鏡光石の土壌で形成されていますので、他神が冥界に足を踏み入れること自体が自殺行為です。ならば、鏡光石を入手できる方法は冥界との唯一の取引相手――異世界間仲介管理院の保管するものを狙うしかありません〟

「鏡光石を加工した吸光石(ワデルグ)は魂を封じる力が著しく低下するが、対象の魔力を周囲の魔力濃度にまで薄めて隠蔽することが可能だ。例えば……防壁片を誰かに譲渡する瞬間だけ、周囲の目を欺くことくらいは可能だろう」

 転生者遺棄事件の発生後、マコトは異世界間密輸等取締班のキエラに装備部から消えた鏡光石の行方について追跡させていた。そこにアヴァリュラスの防壁片が引き起こした一連の騒動である。これまでの事件が、裏で一本の線として繋がっているという確信を、マコトは強くした。

「貴官は件の人物の動向を引き続き監視しろ」

 マコトの鋭い目が宝珠に向く。

「また、並行して現在でも院内に『協力者』がいないか、あぶり出しにも注力してほしい」

〝ええ、そのつもりです。()()()()()()()()ですから、私としてもこれ以上遅れを取るわけにはいきません。それに今回の一件、うまくいけば敵の尻尾を掴めるかもしれません〟

「ああ。だが、まだ手出しは無用だ。泳がせ、確たる証拠を押さえろ」

〝翼の祝福に、道を掴まんことを〟

 そうして男との通信は終了した。

「まったく……次から次へと……」

 マコトは椅子の背もたれを軋ませると、天窓を仰いだ。空を覆う数多の道が、その輝きをマコトへと注いでいる。今のマコトには、その光の道がこのアディヴの地を覆う「檻」に見えた。

「ミノルが嫌うのも、頷けるな……」

 深いため息とともに、マコトはしばらく目を閉じる。

 そうして一人動けずに、静寂の下りた院長室でため息をついたのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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