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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
144/204

File7-11「調査開始」

〝ねぇねぇ、今の人……すっごい性格悪そうだったね!〟

 沈黙の下りた院長室に、サテナの能天気な声が率直な感想を述べた。

 カイがサテナ咎める声が宝珠から聞こえる。

 二人のやり取りに、マコトも苦い顔で頷いた。

「まぁ……その、お世辞にも性格がいい方ではないな。不快な思いをさせたな、アラタ管理官」

 大丈夫か、とマコトの気遣わしげな視線がアラタに向く。

「……大丈夫です」

 アラタは居住まいを正すとそっと頷いた。マコトの強張っていた顔が綻ぶ。

「先程の方は、色々と難のある性格をしているが……その手腕や智謀は我々にとって大いに助けになる。それにあの方は無駄なことはしない方だ。目をかけているアラタ管理官と直接言葉を交わせて嬉しかったのだろう」

「はぁ……」

 マコトの言葉に、アラタは微妙な顔で相槌を打った。アラタには男の声が喜んでいるようにはとうてい思えなかった。

〝それで……今後、我々はどう動けば?〟

 指示を仰ぐヒューズに、マコトは顔を上げた。

「そうだな……ひとまず、保護した転生者たちの出身世界に痕跡がないか調べる必要がある。ヒューズ管理官、貴官の部隊が現在いる世界軸線はどこだ?」

〝ドルトゴス神の治める世界にほど近い場所です。ノア管理官、位置情報を送る〟

「お願いいたします」

 ノアが共鳴具に触れ、院長室の虚空に地図が示される。

〝私はメフェス神が治める世界に来ています。かの神より直接、異世界間仲介管理院に対し、転生者の魂へ干渉を行った不届き者がいないか調査してほしいとの要請を受けました〟

 ノアがキエラから受け取った座標地点も、虚空に映し出した地図上に示す。

「私からは保護された転生者の直近の出身世界を調査いたしました」

 オギナが進み出ると、己の腕に装着した共鳴具に触れた。記憶を改竄された転生者の直近での出身世界を並べたリストを虚空に表示する。

「ドルトゴス神は古参の神で、リシェラノント神と並ぶ保守派の一角。メフェス神は新参ながら、その柔軟な世界統治により派閥を超えて他神より信頼の厚い御神です。この二つの世界は異世界間仲介管理院に対し、好意的な立場にあります。今回の一件ではむしろ、厳しい立場に置かれることでしょう」

 オギナの指摘に、マコトは頷く。

「今回の一件では、アミュレ神の世界は調査対象から除外してよいと思います。かの神の世界軸は安定期に入っているため、ここ五、六百年の間に転生者・召喚者の受け入れを行っておりません」

 ノアが挙手とともに意見を述べた。

〝ああ、異世界バフェーと異世界ルルクも問題ないと思う。確か異世界間防衛軍の第二部隊が魔王警邏の際に立ち寄っていた。こちらの定期調査にも協力的だったと聞いている〟

 そうして次々と意見が出され、結局、リストに残った世界は五つになる。

 ここ百年以内に、魔王の出現が相次いだ異世界アデス、カムル、アムノメス、デルディナ、ヴァヴォルスである。

「この五か所の世界を調査し、場合によっては境界域にも手を伸ばす」

 マコトが皆を見回した。

「とはいえ、異世界間連合会議において審問申請が出た以上、神々に対して正式な調査を依頼することが不可能となった。となれば、『潜入』という形になる」

 院長室に集った皆が、一斉に頷いた。

「ロイデン神周辺にはどう探りを入れますか?」

 ナゴミの質問に、マコトが澄ました顔で言う。

「仮にも直接〝神〟を調べるんだ。それはこちらで請け負おう」

 それまで黙っていたアルトが前に進み出る。

「新型魔動二輪の調整は済んでいます。すでに外界へ派遣中のヒューズ管理官たちには、私が届けましょう」

〝ああ、いや……私の分は必要ない〟

 アルトの言葉に、ヒューズが苦笑まじりに断った。

〝さすがに、第一部隊の隊長まで部隊を離れるわけにはいかないからな。そのため、私は第一部隊の隊員とともにアデス、カムル、アムノメスの三世界と五つの世界と隣接する境界域を受け持とう。潜入捜査は副隊長のアリス管理官、サテナ管理官、カイ管理官が行う〟

「了解した。くれぐれも一般の隊員たちに気取られぬよう……」

〝心得ております〟

 ナゴミが釘をさし、ヒューズの力強い声が答えた。

「ああ、それとすまないが、ジツ管理官を借りてもいいだろうか」

 マコトが不意に口を開いた。彼の視線がジツへ向く。

「私の方でも少し動くため、その手伝いを頼みたい」

「え……あ、はい! わかりました」

 ジツが一瞬虚を突かれたように気の抜けた声を上げた。

「ノア管理官、アルト管理官もバラバラに動く皆を支援するのは大変だろうが、どうか頼む」

「はい、尽力いたします」

「任せてください!」

 そうしてアラタたちはジツを残し、院長室を後にした。

 皆を見送ったジツが唐突に盛大なため息をもらす。

「はぁ……もう! あの人は、どうして()()というものをしないかな!」

 アラタたちが院長室を出て言った後、ジツがガシガシと乱暴に癖のある茶髪をかき回している。

「今度会ったら文句言ってやらなきゃ……。気に入った相手をいじるあの性格……本当、悪趣味! あんまりアラタ管理官をいじめないでやってほしいね! ああ見えてすぐ自分ひとりで抱え込んで悩んじゃうタイプなんだから!」

 目の据わっているジツに、マコトは思わず笑みをこぼした。

「……何?」

「ああ、いや……お前がそこまで彼のことを気にかけてくれていたんだと再確認しただけだ。まぁ、先代の性格だけは諦めろ。もう手の施しようがない」

 マコトはわざとらしい咳払いとともにジツよりも失礼なことをさらっと口にした。

 先代院長は異世界間仲介管理院史上、もっとも優秀な管理官であり、指導者であった。マコトも長らく部下として先代の下で働き、その手腕を間近で見知っているからこそ、今なおかの人への憧憬を捨てられずにいる。しかし、あの人の傍で働くには多くの「常識」や「前例」を捨てていかなければならなかった。

 マコトも最近になってようやく、先代の言動についてある程度の耐性がついてきたと自負している。

「しかし、まさか冥界の主神を目標(ターゲット)に据えるとは……なかなか大胆な真似をする。()()()、お前は先代とともに、ロイデン神を始めとした件の神々の動向を探ってほしい」

「そうだろうとは思ったよ。了解」

 ミノルは笑顔で頷くと、マコトに背を向けた。

「なぁ、ミノル……」

 不意に、マコトの声がミノルの足を止めた。

「私は()()()()()()ぞ」

 こちらを振り向かない背中に向けて、マコトは続けた。

「アラタ管理官を信じると決めた。そして、彼が存分に力を扱えるよう封印も解いた。……お前の報告では、そのせいで苦しんでいることも聞いている。それでも、私は彼の可能性に賭けたいと思う。支援を惜しむつもりもない」

「うん……随分と思い切ったよね。それで?」

 ミノルの声音は変わらない。マコトを振り返ろうともしない。

「アラタ管理官はいずれ、お前のことも思い出すだろう」

 マコトは確信に触れた。

 ミノルの肩が小さく跳ねたのを、マコトは見逃さなかった。

「ナゴミ管理官やツナギ管理官もいる。オギナ管理官という心許した相棒もいる。お前もそろそろ……ジツとしてではなく――」

「ああ、言っとくけど僕は名乗らないよ」

 ミノルがため息とともに、両手を腰に添えて顔だけでマコトを振り返った。その顔に張り付いた笑顔を前に、マコトは眉根を寄せる。

「『ジツ』でいる方が、あの二人と楽しくやれていいんだ。僕は『影』だからね。本来なら、『表』には出られない」

 ミノルが薄っぺらい笑顔のまま、続けた。

「それでもこうして彼らの傍にいるのは、僕が万が一の時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。彼を引き込んだ以上、この責任は僕が背負う。君だろうが……たとえ先代相手だろうが、僕はこのことに関しては、譲るつもりはない」

「……お前がそれでいいなら、私からはもう何も言わん」

 マコトもそっと息をつくと、会話を終わらせた。ミノルは不快感を抱かせる笑顔を引っ込めると、いつもの能天気な笑みで軽く手を振った。

「それじゃ、行って来ます」

「ああ……」

 ミノルは今度こそ振り返ることなく、院長室を後にした。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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