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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
143/204

File7-10「審問要請」


 ――たった今、異間会議で冥界と異世界間仲介管理院に対し、審問申請が行われた。


 男がもたらした報せに、院長室に集まったアラタたちは凍り付いた。誰もが男の言葉を一瞬理解できなかった。

「そうか……それが目的だったのか!」

 男の言葉を理解した途端、マコトがサッと顔を青ざめた。

「院長、一体何が起きているんですか? 審問申請って……どういうことですか?」

 不安げな表情でジツがマコトに尋ねる。

 審問申請とは、異世界間連合に属する神が、他神ないし異世界間仲介管理院に対し、不正・違反行為の調査・処罰を求める制度である。審問内容が事実であると異世界間連合が判断した場合、選抜された神々によって調査団が結成され、対象となった神が治める世界や異世界間仲介管理院に対し、内部調査・改善指導を行うことができる。審問申請はいかなる立場であろうと拒否することができない。異世界間連合に所属する神々が、異世界間仲介管理院へ干渉できる唯一の方法と言えた。

〝ほぅ? そちらでも何かあったのかね?〟

「はい……実は今しがた――」

 マコトは宝珠を通して、見知らぬ男に異世界間仲介管理院でアヴァリュラスの防壁片が発見された経緯を説明した。

〝ハッハッハッハッ! なるほど。それで先程の君の台詞か〟

「はい……ちなみに、審問申請を行ったのはどこの世界の神さまですか?」

 大笑いする男に、マコトは沈んだ表情で尋ねる。

〝審問申請を行ったのはロイデン神を筆頭とした、新興勢力どもだ。かの神々は『冥界の主神カルトールが異世界間仲介管理院と結託し、アヴァリュラスの防壁片を不正に取引している』と主張している〟

「まずいですね……」

 オギナが呟いた。

 事実、死神が保護した転生者の魂からアヴァリュラスの防壁片は発見された。転生者を保護した死神が異変に気づかなかった上、異世界間仲介管理院も当初は何の疑問も抱くことなくその転生者を保護している。転生者に対して新しい転生(うけいれ)先を精査する段階になって初めて、異変を察知したのだ。そこで転生者の魂を調査して初めて、アヴァリュラスの防壁片が発見されるに至っている。

「知らなかったとはいえ……防壁片が埋め込まれた転生者を保護し、他の世界へ送り出そうとしていたわけです。未然に防げたとはいえ、これは冥界・異世界間仲介管理院の信用問題に関わってきます」

 オギナの言葉に、マコトは硬く目を閉じ、組んだ手を額へ押し当てる。

「それまで足取りすら掴ませなかった防壁片の流通経路だ。それがこの時期(タイミング)で露呈するなど……おかしいと思ったんだ」

〝わざと、見つかるよう仕向けたのだろう。どのみち、こちらの調査が進めば自ずと知れる。ならばあえて防壁片の経路をこちらに掴ませ、この状況を利用しようとのことだろうな〟

 マコトの呟きに、男の声は淡々とした口調で追い打ちをかける

〝異世界間仲介管理院が保護した転生者の魂より防壁片が発見された事実がある以上、審問が行われたならば言い逃れはできんだろうな〟。

 見知らぬ男は不意に、楽しそうな声で続けた。

〝まぁ、奴らも思い切った行動をしたものだ。転生者を利用するとは、ある意味効果的な輸送経路と言える。異世界間仲介管理院における転生者遺棄事件も、もしかしたら今回の一件と関連しているのやもしれん。ははは、相手はなかなかの策謀家のようだ! 面白い! 実に愉快だよ!〟

 くつくつと喉の奥で笑う男に、アラタはカッと全身が熱くなる。

「このような状況で、何をふざけたことを言っているんですか!」

 身を乗り出し、怒りから声を荒げる。

「面白い? 愉快だ? ふざけないでください! 何の罪もない転生者が犠牲になっているんですよ! 魂の破損がひどく、消滅した方もいるんです! そして、そんな転生者たちを苦しめている連中が、その罪を我々に着せようとしているんです! そんな状況の、何が面白いって言うんですか!」

「アラタ管理官、落ち着いて!」

 アラタの肩を掴んで、オギナが慌てて彼を押さえる。しかし、アラタはオギナの手を振り払うと、マコトの執務机の上に置かれた宝珠を睨みつけた。

「あんたは、人の気持ちを(おもんぱか)ることができないのか!」

〝アラタ管理官と言ったか?〟

 男の声が、興奮するアラタへ話しかけてきた。マコトが慌てて口を開く。

「申し訳ありません。後程、よく言い聞かせますので――」

〝ああ、別に構わんよ。反応からして若い管理官のようだな〟

 男の意識が、アラタに向けられたのがわかる。互いに姿は見えないが、男は宝珠の向こうで確かにアラタを()()()()

〝貴官の話は院長より聞いている。私としても、貴官には大いに期待しているのだよ〟

 だが、やはり青いな……、と男の声が低くなった。


〝己が立場を理解したまえ、アラタ管理官。今はまだ、()()()()()()()()()()()()()()のだよ。この意味を、貴官は理解できるかね?〟


「っ!? 何を……っ!」

 男の低く、落ち着いた声音を前にアラタは口ごもった。男は声を荒げたわけではない。それにも関わらず、その声音に宿った怒気に、アラタは気圧された。そして、それはその場でやり取りを聞いていたマコトたちも同様だった。皆が沈黙する中で、男は続ける。

〝異世界間における魂の循環によって転生者の心残りを解消し、神々の存在に欠かせない「信仰」を獲得すると同時に、世界秩序の維持に努める。異世界間仲介管理院が創設されるに至った経緯だ、貴官も知っているはずだな?〟

「それが……何ですか?」

 アラタがうまく動かない唇を震わせる。

〝異世界間仲介管理院の絶対的な中立性はひとえに神々の不平等を解消すると同時に、その「横暴」から世界を守るために在る〟

「神々の、横暴……?」

 困惑したアラタが、マコトを見る。マコトは目を伏せ、沈黙していた。

〝アラタ管理官、「神」という存在は決して()()()()()()()()()。己が存在するために、あるいは己の欲望のままにあらゆる「破壊」も「創造」も厭わぬ。それが「神」だ〟

 でなければ、この世に「魔王」など存在しない。

 男はそう断言した。

 ――己が利己心に溺れ、世界の秩序を正す役目を放棄した神々に存在する価値などない!

 かつて、アラタを前にそう神を呪った男の言葉が胸を突き刺す。アラタは思わず胸に手を当て、痛みに耐えるように目を閉じた。

〝今回の一件、背後にどこぞの「神」が糸を引いていることは明らかだ。死神がその魂の異変を見逃したと言うならば、より「神格」の強い神が後援者(パトロン)であることを示している。そしてその中でも我らの目を欺ける手腕ともなれば、それ相応の地位にある神を疑うべきだろう〟

 男は一度言葉を切ると、厳かな口調で断言した。


〝異世界間仲介管理院には神々を生かすと同時に、神々の暴走を止める義務がある〟


「神々の、暴走……」

〝考えてもみたまえ。今回の一件で冥界と異世界間仲介管理院がその機能を失えば、どのような未来が待っている? 世界や神々は、平和になるかね? 貴官らもその目で見たであろう。己の意思ばかりを優先させたがゆえに、歪んでいく魂たちが住まう世界を――グロナロスは、貴官の目にどう映ったのかね?〟

「――っ!?」

 ヒュッと喉から音がもれた。かつて、異世界グロナロスで生きていた頃の記憶がよみがえる。

 ひもじさ、心細さ、怒り、憎悪、悲しみ、諦観……やがて何も感じなっていく心に、アラタは怯えた。だからこそ、アラタは必死に叫んでいた。おかしい。こんなことは間違っている。そう言うことで、アラタは逃げようとしたのだ。異世界グロナロスの現実を、女神が望んだ世界を否定することで、アラタは己の壊れかけた心を必死に守っていた。

〝あのような状況が、全世界に広がる。いや、最悪の場合……異世界間連合発足前の「神々の黄昏時代」へと逆行する可能性もある。そうなればどれほどの神々が、世界が、魂が失われるか。むしろまだ、転生者の犠牲だけで済んでいることが不幸中の幸いだ。我々が話しているのは、それほどの事態を見据えた未来(さき)のことなのだよ〟

 男はいったん言葉を切る。しばらくして、どこかため息に似た声で言った。

〝アラタ管理官、目の前の悲劇にばかり気を取られるな。でなければ、大局を見失う。仮に転生者の魂を一つ救えたとして……神や世界が変わらなければ、それは本当に救ったと言えるのか? 仮に()()()()()()()()()()()()()()()()を、貴官の自己満足で救い出せたとして……その魂を受け入れてくれる世界が、果たしてあるのか?〟

「――あっ……」

 男の言葉に、アラタは息を呑んだ。かつての友のことが頭を過った途端、アラタの両足から力が抜けた。ふらりとよろけたアラタを、オギナが慌てて支える。しかし、アラタに礼を言う余裕はなかった。嫌な汗が頬を伝い、体が小刻みに震えて止まらない。

 エヴォルの魂を受け入れてくれる世界があるか、アラタは以前、マコトにそう尋ねた。その時、マコトははっきりと断言した。

 ――絶望的だろうな。

 それでも友を救いたいと訴えるアラタの心情を汲んで、マコトは最終手段として異世界間仲介管理院への受け入れを決断してくれたのだ。それはマコトの立場だけではない。異世界間仲介管理院の命運すらも左右ほどの危険(リスク)を背負った上で、彼はそう決断したのだ。

 声だけの男は、アラタにそう言った周囲の状況へ目を向けるよう忠告したのだ。

「そろそろ話を戻しましょう。お話を聞くに、やはり主犯はロイデン神でしょうか?」

 それまで沈黙していたマコトが、アラタと男の間に入った。

〝現状ではその可能性がもっとも高いだろう。だが、残念ながらロイデン神はそこまで頭が回る御神(ごじん)ではない。私は、かの神に行動を起こさせた、()()()()()()()()()()を引きずり出したいものだよ〟

「……ロイデン神を始めとする神々は冥界側に対し、どのような権限のはく奪を訴えているのですか?」

〝主な内容としては、二つだ。一つは転生者・召喚者の運搬に関する業務権限だな。異世界間仲介管理院への魂の運搬業務を冥界だけが委託されるのは、内部腐敗を増長しかねないと主張している。これを機に異世界間仲介管理院における転生・召喚業務のために保護した魂の運搬を委託する世界を交代制にするように提言を述べていたな。もう一方は、異世界間仲介管理院の転生・召喚業務の管理、および最終判断に異世界間連合の神々の承認を必要とするなどの意見が飛び交っているそうだ。ここにきて彼奴(きゃつ)ら、取り繕うこともなく己の思惑をさらけ出しおったものだ〟

「カルトールさまは、どのような対応を取られるおつもりですか?」

〝現状では審問要請の内容を全面的に否定している。まぁ、何もしていないのだから当然だな。幸い、こうして私が傍にいる。異間会議でどう切り返せばよいか助言もしているから、こちらのことは安心したまえ〟

「ありがとうございます。こちらも早急に調査を開始します」

〝そうしてくれたまえ。できる限り早く犯人の特定をしたまえ。冥界の主神のくせに謂れのない責任追及に憤るどころか落ち込むもんだからこちらは非常にやりにくい。まったく、世話の焼ける御神(ごじん)だ〟

 男はため息まじりに呟いた。彼の物言いに、冷静になったアラタはオギナと顔を見合わせた。冥界の主神を相手に「世話が焼ける」とのたまう、この男の立場が非常に気になった。

〝ああ、それと……主神が先導者を調査員として派遣してくれるそうだ。もしも潜入することがあるなら彼らの助けを借りるといい。こちらでもできる限りの時間稼ぎはしてみせるが、早急の解決を望むところだ。そちらからはもう他に要望はないかね?〟

「では……できることなら、三貴神への協力要請もお願いできますか?」

〝ふむ……やれるだけやってみよう。とはいえ、あまり期待はせんことだな〟

 男はそう言って笑うと、通信を切った。

 そうして束の間、院長室に重い沈黙が下りた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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