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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File7-9「急報」

 アラタたちに院長より招集がかかったのは、待魂園での事件直後のことだった。

 負傷したアキラを医務室へ送り届けた後、アラタは額に包帯を巻いたツナギとともに、中央塔の回廊を進む。人気(ひとけ)の失せた辺りにたどり着くと、素早く共鳴具に触れた。「交差する道と翼の中央に剣」を抱いた紋章が浮かび上がる。

「管理官権限執行、追跡妨害」

 アラタが即座に己とツナギに追跡魔法妨害の権限を付与する。見計らったように、二人の足元に転移方陣が展開した。

 視界が歪み、柔らかい絨毯が敷かれた院長室に降り立つ。

 そこにはすでに、ナゴミ、オギナ、ジツ、アルト、ノアの姿があった。

 外界への派遣任務に赴いているキエラ、ヒューズ以下三名に関しては、音声通信のみでやり取りをすることになっていた。

「全員揃ったな」

 執務机で難しい顔をした院長マコトが、疲労を滲ませた目元を上げた。

「こちらで保護した転生者から、アヴァリュラスの防壁片が発見されたと聞いた」

「はい、院長。こちらのアラタ管理官が担当していた転生者の魂の記憶を調査する過程で発見いたしました」

 ツナギが一歩前に出ると、待魂園での出来事を簡潔に伝える。

 アラタは顔を俯かせたまま、黙っていた。

「まさか転生者の心核(しんかく)に欠片を埋め込むとは……」

 報告を聞き終えた途端、マコトが不快げに顔を顰めた。

 心核とは、この世に生み出された魂が持つ「核」である。

 一般的には「世界の記憶」とも呼ばれ、その魂が辿ってきた「縁」や「経験」の保管庫のような役割を担っている。特に転生者が神々より与えられた「加護」や「才能(スキル)」を、転生した世界でも格子する際にこの「心核」に刻まれた「記録」を自分の表層意識へつなげることで「魔法」や「才能(スキル)」という形で具現化する。

「キエラくん、異世界間密輸等取締班が魂を改竄された転生者を保護した当時の状況はどうだったの?」

 ナゴミが冷静な声音で尋ねる。

 院長の執務机に置かれた水晶が濁り、そこからキエラの声が答えた。

〝転生者を不正な取引で手に入れた賊は、デイヴァ神が治める世界の魔術師たちでした。彼らの証言では、魂への改竄行為を直接行ったわけではなく、魔術の研究に必要な材料を買い取っただけ、とのことでした〟

「異世界デイヴァか……異世界間連合に加盟していない神が治める世界(ばしょ)だから、こちらからはせいぜい警告を発することぐらいしかできないね」

 オギナが唸り、アラタは苦い顔になった。

 異世界間連合への加盟には、数多の制約が付きまとう。異世界間連合に加盟した神々は己の世界の発展状況と、制約の内容とを秤にかけた上で、転生者や召喚者の獲得が容易であることの利点を優先した。それによって飛躍的な発展を遂げた世界も少なくない。

 それでも、加盟を拒む神々も存在する。しかし、転生者や召喚者を己の治める世界へ連れてきて発展を促したいのも事実。そこで非加盟世界の神々が取った行動は「拉致」だった。

 本来「転生」も「召喚」も、双方の合意の下に成立するべき「契約」である。招く側も招かれる側も、互いの利益や目的が一致したからこそ「契約」を承認するわけである。一方的な契約の押し付けは片方の不利益を生み、歪みの少なかった魂が負の感情によってねじ曲がってしまう危険をはらんでいた。それは「魔王」を生み出す原因にも直結する。

 しかし、そのような危険(リスク)を犯してでも、異世界間連合に加盟せず、転生者・召喚者を己の世界に無断で連れて行ってしまう神々は少なくない。異世界間連合発足前の頃と同じ、他神が治める世界へ密偵を放ち、目を付けた魂を引き抜き、自世界へ引きずり込む。当然、魂を奪われた神は抗議するが、異世界間連合に加盟していない世界に対し、異世界間連合が定めた法による裁きを執行することができない。ならば取れる手段は当事者間での「戦争」か、「泣き寝入り」しかない。

「しかし、デイヴァ神が治める世界の者が、アヴァリュラスの防壁片を輸送していたという事実は十分制裁理由として成り立つだろう」

 アヴァリュラスは異世界間連合の神々にとって絶対の「禁忌」である。それに手を出したとなれば、デイヴァ神への報復行為に賛同する神々も多いはずだ。

「また世界戦争が起こるわけですか……?」

「それは異世界間連合の判断に委ねられる。ひとたび世界戦争が起これば、『魔王』の出現も増え、世界秩序の崩壊が懸念される。異世界間連合の神々も、その辺りは慎重に議論するはずだ。どのような結果になったとしても、我々はいつも通り、冥界側が保護した魂を受け入れ、希望する者に他世界への道筋を示すだけだ」

 ジツの質問に、マコトは疲れた様子でため息をついた。

「しかし、アラタ管理官が担当していた転生者は異世界間密輸等取締班が保護した魂ではない。これは由々しき事態だ」

「ちなみに、異世界間密輸等取締班が保護した転生者からは防壁片は見つからなかったのですか?」

「すでに保護した転生者全員を、転生者調査課にて調べさせた。魂の破損状態はかなりひどかったそうだが……防壁片を発見したとの報告はなかった」

 ノアの疑問に、マコトが即答した。

〝案外、防壁片を運び終わって用済みになったから捨てたりしたんじゃない?〟

〝おい、サテナ管理官! 言葉を慎め!〟

「いや、その可能性も十分あり得る」

 サテナの指摘に、ツナギが唸った。

〝だが、魂の心核への干渉行為は非常に繊細です。対象となった魂への柔軟な同調能力と繊細な魔力操作、そして魂の構造に対する深い造詣が要求される。だからこそ、異世界間仲介管理院でも心核調査を行えるのは転生者調査課……それも異世界間仲介管理院が指定する特殊訓練を修了した管理官のみに限定されています〟

 宝珠からヒューズの声が唸る。

「それなら、内部犯の可能性もあるってことですよね?」

 ヒューズの説明を聞き、ジツが顔を強張らせた。

〝あー、たぶんそれはないと思うなぁ……〟

 宝珠からサテナの間延びした声が続けた。

〝考えてもみなよ、カト管理官。今回の転生者たちの異変を、先導者たちは見抜くことができなかった。これってかなり深刻なことなんだよ〟

〝ジツ管理官だろ。先導者とは死を司る神。彼らは神々の中でも魂が抱く想いを読み解くことに長けている。だからこそ、生命の誕生以来、死者の裁きを一手に担ってきた。()()()()加護を執行する管理官では、まずそれだけの術を施すことはできないだろう〟

 サテナの間違いをきっちり訂正し、カイが補足した。

〝まぁ、我々管理官では先導者の目を欺く術を施すには技術的にも、魔力的にも厳しいな。それこそ、何万年と月日をかけたという話なら別だが〟

 アリスがため息まじりにそう締めくくる。

「まぁ、普通に考えれば効率が悪いわね。一つの防壁片でそれだけの年月をかけていたら、まず転生者の魂の方が持たないわ」

 アルトも腕を組んで虚空を睨んでいる。

「そうなると、外部犯……かの白装束の連中が絡んでいるのでしょうか」

 ツナギの言葉が、静まり返った院長室でやけに大きく響いた。

 アラタの脳裏に、真っ白い装束に身を包んだ青年の顔が浮かんだ。地平線(ホライゾンブルー)色の長い髪を靡かせ、孔雀石(マラカイトグリーン)色の瞳で世界を嘲笑う彼の思惑を、是が非でも阻止しなければならない。

 ――お願い、助け……。

 こちらに手を伸ばし、必死に助けを乞うトルカの顔がちらつく。アラタはギリッと歯を噛み締めると、拳を固めた。

 ジジジッ、とマコトの机に置かれた宝珠が雑音(ノイズ)をたてた。マコトが弾かれたように宝珠を見つめる。


〝マコト院長、少しばかりいいかね?〟


 そこから、知らない男の声が割り込んだ。マコトも驚いた様子で目を見開き、アラタたちが身構えた。ナゴミがノアに鋭い視線を向ける。

「ノアくん、逆探知を……」

「は、はい!」

「あ、いや……それには及ばない」

 共鳴具に触れたノアの行動を、マコトが慌てて止めた。

〝おや、話中だったかね?〟

 男の声がくつくつと楽しげに笑う。

 マコトは苦虫を噛み潰したような顔でため息をついていた。

「院長……」

「問題ない。この方は、その……我々の協力者だ」

 マコトはナゴミたちの視線を受け、額を押さえた。

「協力者、ですか……」

 ナゴミが疑わしげな様子でマコトの挙動を見守っている。

「……とりあえず、今は我々の協力者ということでこの場は納得してくれ。いずれ話す」

 マコトはナゴミたちからの追及を振り払うように宝珠に向き直った。

「申し訳ありません、少々立て込んでおりまして……。こちらから改めてご連絡します」

〝悪いがそれでは間に合わん。早急に手を打つ必要があるからな〟

 男はずばりと言うと、声を低めた。


〝たった今、異間会議で冥界と異世界間仲介管理院に対し、審問申請が行われた〟


 男の言葉に、その場に居合わせた全員が息を呑んだ。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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