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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File7-7「違和感」

「アラタ管理官、ちょうどよかった」

 待魂園から中央塔にある異世界転生仲介課の事務室へ戻ったアラタを呼び止めたのは、紅の髪を靡かせたツナギだった。

「ツナギ管理官」

 体ごと向き直ったアラタに、ツナギは静かに口を開いた。

()()()()()()()()()()があってな。今回の緊急事態を野放しにはできない。そこで特例として、先導者の協力を仰ぐことになった」

 ツナギの言葉に、アラタは心得たように無言で頷く。

「アラタ管理官、貴官の担当している転生者を最初に調査する。念のため、転生者調査課からアキラ管理官、先導者側ではツイ殿、異世界転生仲介課からは私、貴官が立ち会いを務める」

 ツナギは周囲をちらりと一瞥すると、声量を落とした。

「異世界間連合の許可を取り付けていないため、あくまでも先導者の同席は非公式だ。今回の一件、場合によっては異世界間仲介管理院だけでの解決が難しいかもしれんからな」

「心得ました。それで、作業はいつ頃に?」

「明日にでも実施したい。待魂園に連絡して、どこか対象の転生者を他の転生者から隔離できる場所を確保しておいてくれ」

「承知しました」

「では、頼む」

 ツナギはアラタに指示を伝え終えると、踵を返した。

 ナゴミは今、転生者の記憶と引き継いだ記録の食い違いの対策について話し合う会議に出席しているはずだ。その間も、ツナギは異世界転生仲介課の部下へ指示を飛ばし、自らも各部署へ確認を取りに走っている。

 アラタはツナギの背を見送った後、異世界転生仲介課の事務室へと入った。己の(デスク)にたどり着くと、横からコーヒーの入ったマグを差し出される。

「お疲れ」

「お疲れ、オギナ」

 顔を向けると、労いの言葉とともにオギナが微笑んだ。

 アラタは礼とともにマグを受け取る。

「ジツはまた装備部か?」

「そうだよ。彼も異動したのに、呼び出されることが多いよね」

 オギナが自分の分のマグに自前の塩を振りかけながらため息をついた。

 ジツの席には山となって積み上がった書類がある。しかし、当の本人は転生者調査課のデータベースの点検に助っ人として駆り出されていた。

「案外、調査するよう指示されたのかもな」

 誰に、とは言わない。しかし、オギナも心得たように頷く。

「まぁ、そうだろうね。こう頻繁に、ってなると……そっちの線もあり得る」

 ジツが得意とするのは隠密系の魔法だ。さらには魔法道具関連管理課での経験も合わさって、彼ならば小さな異変を見逃さないだろう。

「それで、アラタの方はどう? 例の転生者の様子……何か聞き出せた?」

 オギナの問いかけに、アラタの表情が暗く沈む。

「……著しい記憶の混濁が見られるようだ。夜も眠れていない様子で、己の過去に現在(いま)の自分が押しつぶされてしまうと嘆いていたよ」

 アラタは机上に置いたファイルをそっと手で撫でた。オギナが一瞬だけ、アラタを気遣うような視線を寄越す。

「他にはどう?」

 先を促すオギナに、アラタは肩をすくめた。

「あとは、時折、言動に変化があるな。まるで人が変わったみたいだった」

「それは……予想以上に深刻だね」

 オギナがコーヒーをすすりながら顔を顰めた。アラタも重々しく頷く。

「ああ、でも……明日には、俺の担当している転生者の魂を調査することになった。さっきツナギ管理官から指示があったんだ」

「そう……そこで何かわかればいいけれど」

「オギナの方はどうなんだ? 現在、受け持っている転生者に変化はないのか?」

 アラタもマグから上る湯気に息を吹きかけ、コーヒーをすすった。

「今のところ、俺が担当している転生者の記憶と記録に不一致はないかな。だからナゴミ課長に代わって、異世界間物流管理課が保護したっていう転生者のことを調べているんだけど……」

 オギナはどこか悩ましげに呟く。

「何か引っかかることが?」

 虚空を仰いで黙り込む同期に、アラタは眉根を寄せた。

「まだ、確証はないんだけどさ……」

 オギナはそう言って、人差し指を振る。頭の中の考えを整理しながら、彼は言葉を紡いでいく。

「まず、異世界間物流管理課で魔法による干渉を受けた転生者の人数だけれど、推定で五十人前後なんだ」

「推定……?」

 アラタは怪訝そうに眉根を寄せる。ちらりと事務室内に視線を走らせた。

 異世界転生仲介課の事務室は人がまばらで、アラタとオギナ以外には離れた席で書類を作成している先輩管理官が三名ほどいるだけだった。

「実はここ数日でさらに増えているんだって。異世界間物流管理課での調査が進むにつれ、新たに保護した転生者も出てきている。もしかしたら実際は、俺たちが今朝の朝礼会議で知らされた人数よりも大幅に増えているかもね」

 オギナも声量を落とし、アラタに囁く。

「正直、五十人前後ってだけでも驚きの数字なんだけど、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよね」

「つまり……第三者による魂への干渉行為が広範囲に及んでいる、ということか?」

 そういうこと、とオギナが頷く。

「それもこれだけの人数が昨日今日で湧いて出てきたとも考えにくいから、以前から発生していたと思うんだ。今回の一連の事件の原因はそこにあるだろうね」

 オギナは腕にはめた共鳴具に触れ、虚空にある資料を示した。

 アラタも椅子ごと向き直って、映し出された画面を眺める。

「これ、異世界間物流管理課からの報告を受けてデータベースにアップされた報告書なんだけどさ。このリストを見て。魂の干渉を受けた転生者の出身や保護された場所をまとめた一覧なんだけど……皆、バラバラなんだよ」

「異世界アルディ、メフェス、ドルトゴス……比較的古参の異世界間連合加盟世界から新参の世界まで、幅広いな」

「ここまで広域だとかえって疑わしいよね。むしろ、黒魔術の類を推奨している異世界ジェデスが含まれていないことも、余計に腑に落ちない」

 異世界ジェデスを治めるジェデス神は、少々変わった世界統治の指針を打ち出している。他の異世界間連合の神々が最も嫌う、己以外の存在が魂への干渉を行うことを積極的に取り入れているような神であった。

 かの神曰く、魂が神の手を離れて変異することは生物の「進化」と同じ、世界倫理の一つの姿であるというのだ。そのため、人間の魔術師が他者の魂に魔法によって施す様々な改竄行為を容認している。変異した魂が及ぼす影響もまた、世界を発展させる礎になると主張しているのだ。事実、異世界ジェデスの魔法技術の水準は異世界間連合の中でも上位(トップ)クラスである。

「今回の記憶改竄は、黒魔術などが原因ではないということか?」

「異世界間連合の神々がジェデス神のように黒魔術の可能性に目覚めた、って言う話ならそれはそれでいいけどね。でも、それだと転生者を放棄する行動に矛盾が生じる」

 魂の変異による世界発展を目指すならば、ジェデス神のように転生者や召喚者を積極的に取り入れ、魔法技術のさらなる向上を促すはずである。しかし、報告に上がっている世界は、最近の異世界グロナロスでの一件で転生者を手放したところが多く含まれていた。中には「黒魔術」を邪法として、その世界を治める神自身が禁じている世界もある。

「とまぁ、俺の調査の進捗具合はこんな感じだよ」

 オギナはため息とともに軽く肩をすくめた。

「キエラ管理官にも確認が取れたらいいんだけど……外界への派遣中はなかなか連絡が取りにくくてね。とりあえず、こちらで調べられる範囲は手を伸ばしてみているところ」

「そうか……俺にも何か手伝えそうだったら言ってくれ」

 ありがとう、とオギナは笑顔で言うと自分の席に戻っていった。

 アラタも自分の(デスク)に向き直ると、待魂園でのトルカとのやり取りを記録する。報告書を作成している間も、アラタの脳裏には先程オギナと交わした不穏な会話がずっしりとのしかかっていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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