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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File7-6「情報収集」

 第一方陣の前でツイと別れた翌日、アラタは面談に使うファイルを手に中央塔を出た。道の「光」が降り注ぎ、公園の花壇で咲く花々が鮮やかに色づいている。それらを横目に、アラタは暗澹たる気持ちで公園を通り過ぎた。

 先程、ナゴミ課長から周知された朝礼会議の内容を思い起こす。


「結論から言うとね。緊急事態だよ」


 ナゴミは普段の穏やかな微笑みを引っ込め、淡々とした声音で異世界転生仲介課の部下たちに告げた。ナゴミの調子に気圧された皆が、一瞬だけ視線を交わす。皆が表情を引き締めてナゴミの次の言葉を待った。

「昨日、転生者調査課の窓口が一時閉鎖されたことは皆知っているね?」

 ナゴミの確認に、その場に居合わせた管理官全員が無言で頷いた。

 結局、緊急会議の招集とも重なり、転生者調査課の窓口は終日封鎖という形となった。そのため、異世界転生仲介課も一部業務の停止を余儀なくされた。

「どうやら最近、異世界間仲介管理院で受け入れた転生者たちの経歴と証言の不一致が多数確認されていることが判明した」

「まさか……先導者が魂の記憶を読み違えるわけがない」

 誰かが驚いた様子で声を上げた。

 先導者――冥界に住まう死神たちは、本来、死者を冥界へ導く役目を担う。その過程で死者の魂が抱える「想い」を読み取ることは、死神にとってその魂の旅立ちを支援する上で必要な行為であった。その能力ゆえに、冥界は異世界間仲介管理院へ転生者の魂を導く役目を全面的に委託されている。その死神が魂に刻まれた想いを読み取れない場合、主な要因は三つある。

 一つは相手が神々からの加護を受けた「勇者」である場合だ。神々は「勇者」の魂に加護を刻む際、その魂に刻んだ加護を見られないように隠蔽を施す。魔王に知られるのを恐れるというより、他神に自分が与えた加護を悟らせないためだと言われている。そういった神々同士の思惑もあって、「勇者」の加護には神々が隠蔽を行うことが常態化した。

 そして二つ目は、相手が「魔王」の場合。この場合は単純な理由で、そもそも読み取るべき魂が消滅している「魔王」相手に、魂の記憶を探る行為は意味を成さない。

 そして三つ目……これが最も厄介で、魔法などによる()()()()()()()()である。

 この第三者は神々を除いた第三者を意味し、魔法を行使する者による魂への干渉行為により、魂が破損、ないし記憶の強制的な上書き行為が行われたことによるものだ。余談だが、これは神に対する冒涜行為として、異世界間連合では最も罪の重い「七大罪」に分類される。

「こちら側の不備か?」

 また一人、誰かが呟いた。

 転生者調査課には異世界間仲介管理院が保有するデータベースとは別に、転生者の記録だけを管理するデータベースが存在する。転生者の細かい情報は転生者調査課のデータベースに記録され、そこから簡潔にまとめられた転生者の情報とその後の担当管理官による対応の記録のみが異世界間仲介管理院のデータベースへ記録される仕組みだ。

「いやいや、確か装備部が点検していた時は記録を管理する機器類に異常はなかったって……」

 管理官たちがざわつき出す。そこへツナギの咳払いが響いた。

 しんっと水を打ったように事務室内が静まり返る。

「現在、装備部魔法道具関連管理課の管理官たちに転生者調査課に設置されたすべての機器類の点検を行ってもらっている。同時に先導者側にも確認を要請している。とはいえ、今は異世界間連合会議が開催されている関係で、冥界側もすぐの回答は難しい」

 ナゴミがそこまで言って、不意にその閉じていた双眸を開いた。

「さらに、異世界間物流管理課から魔法による干渉を受けた(ひと)を多数保護したと報告があった」

 ナゴミの言わんとしていることに、アラタとオギナも顔を見合わせて頷いた。

「今回の一件は、我々管理官や神々以外の、第三者による意図的に行われた記録の改竄行為である可能性が高い」

 ナゴミの言葉は、その場に集まった管理官たちに衝撃を与えた。一言も発せられずに呆然としている一同を前に、ナゴミは開いた目を閉じ、頭痛を押さえるように手で額を撫でた。

「さて、我々が今後取るべき行動だが――」


「現状では、被害に遭ったと思われる転生者を別に保護し、少しでも多くの情報を聞き出すこと……って言われてもな」


 アラタはため息とともに苦い顔になる。

 そもそも記憶が改竄されているならば、どこまでが真実に近いものかを判断することが難しい。

「だいたい、何でこのタイミングなんだよ……」

 異世界間連合会議の会期中に、突如として浮上した改竄問題である。

 当然、会期中とはいえこの問題は異世界間仲介管理院から異世界間連合へ報告されているはずである。これを機にまた、異世界間連合が異世界間仲介管理院に対し、無理難題を突き付けてこないとも限らない。非常に頭の痛い問題であった。

 アラタは待魂園の門をくぐると、トルカの部屋をノックした。

「失礼します、トルカさん。アラタです」

「……どうぞ」

 アラタは挨拶とともにトルカの部屋へ入る。

 トルカは寝台の上で膝を抱えてうずくまっていた。顔を上げ、アラタの顔を見るなりどこかホッとした様子で息をつく。

「ああ、そのままで結構ですよ。あまり眠れませんでしたか?」

「ええ……でも、死んでいるせいか、辛くはないかな」

 アラタは寝台脇に椅子を運ぶとそこに腰を下ろした。トルカは顔色こそ悪いが、初めての面談時よりも幾分か落ち着いた様子だった。

「そうだ……俺たちは死んでいるんだった。それなのに、どうしてここでは生前のように眠る必要があるんだろう?」

「それは転生者の魂……あなたの人格を損なわないためです」

 アラタはトルカにそっと微笑みかけた。

「今よりもずっと昔は、このアディヴの地にも『夜』というものがありませんでした。しかし、それによって転生者の方々が精神的な圧迫感(ストレス)を感じるようになってしまったんです。ですから、我々はできる限り、転生者の方々が生前のような生活を送ることで、少しでも安らぐことができるよう制度を整えていきました。待魂園での生活も、その一環です」

 何か不都合な事などありますか、と尋ねるアラタに、トルカは弱々しい微笑で首を横に振った。

「いいえ。ここの皆さんは本当に親切にしてくれて……むしろずっとここで暮らしたいくらいだ」

「……先程、あまり眠れなかったとおっしゃっておりましたが」

 アラタは話題を戻してトルカの顔色を窺う。

「また辛い記憶を思い出して?」

「ええ……いや、まぁ……眠ると、色んな夢が……。いや、あれは過去の記憶……なのかも? ……よくわからないが、色んな風景や人を見てしまうんだ」

 己の膝を両腕で抱え、トルカは膝がしらに額を擦り付ける。

「ある時は冒険者として、様々な秘境を歩き回っていた。またある時は、貴族の令息として、様々な歴史や文化を学んでいたし、盗賊の下っ端として兵士に追われている時もあった」

 トルカはまるで自嘲するように、乾いた笑い声をあげた。

「もうめちゃくちゃだ。話だけじゃ、単なる夢想家みたいに聞こえるだろうけど……夢に出てきたそれらの光景が、ひどく懐かしくて……とても恐ろしくて。眠ってしまうと、自分が何者なのかわからなくなるんだ。まるで自分が自分じゃなくなるみたいで……怖くなってしまって」

 トルカの言い分に、アラタはそっと目を伏せた。

 その感覚は、最近アラタを悩ませているものと同じだった。

 アラタもまた、転生者である。

 自分の魂に刻まれた数多の加護を解放するとき、引きずられるようにしてアラタの心の奥底に仕舞われていた記憶の欠片たちが意識の表層へと否が応でも浮かんでくる。その度に、アラタも夜中に何度も目を覚ましたものだ。時にひどくうなされていたこともあったらしい。

 隣室のオギナが見かねて、うなされるアラタを起こしに来ては、夢で見たアラタの過去の話を明け方近くまで聞いてくれたことも一度や二度ではない。

 今の自分が過去の自分に押しつぶされてしまいそうな恐怖は……死ぬことよりも辛い。まるで暗い海に沈み、上も下もわからぬままもがき苦しんでいるような感覚だ。だからこそ、神々は生物たちに「忘却」という安息を与えたとされる。「忘却」は(こころ)を守るために必要な防波堤なのだ。

 アラタは目を開き、小刻みに震えるトルカの肩にそっと手を添える。

「心中、お察しします。無理に生前の頃のような生活を送れとは申しません。トルカさんが穏やかに過ごせることが一番ですから」

「……ありがとう、アラタさん」

 トルカはどこか嬉しそうに笑った。

「なんだか、アラタさんと話していると気持ちが落ち着いてきました」

「それはよかったです」

 アラタは心底からホッと安堵した。

 同時に、何もしてやれない無力感に苛まれる。

 目の前で自分と同じように苦しんでいる青年へ、気休めの言葉しか浮かばない己が嫌になる。他人事とは思えなかったからこそ、どうにもできない状況が歯がゆかった。

「今は難しいかもしれませんが、トルカさんがやりたいと思ったことがあれば何でも言ってください。あなたの望むことを成し遂げるお手伝いをすることが、私の役目ですから」

「……」

 トルカが無言でアラタを見つめる。その双眸はアラタを通して別のものを見ているように虚ろだった。

「トルカさん?」

 アラタが怪訝に思い、目の前の青年の名を呼ぶ。

 すると、それまでの無表情からハッと我に返ったトルカが、どこか困った様子でアラタに笑いかけた。

「ごめんなさい、ぼんやりしてしまって……えっと、何の話でしたっけ?」

「……何か私にできることがありましたら、遠慮なく言ってくださいね」

 アラタは目を細め、トルカの顔をじっと見つめた後、柔らかく微笑んだ。

「はい、ご面倒をおかけします。アラタ管理官」

 トルカはそれまでの打ち解けた口調と一変、丁寧な口調でアラタにそっと頭を下げた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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