File7-5「トラブル」
「まずは先導者への確認作業だね」
待魂園から急いで戻って来たアラタから報告を受け、ナゴミがぽつりと呟いた。異世界転生仲介課の事務室は大量の書類を抱えた管理官たちで騒がしい。そんな中、深刻な表情を浮かべたアラタは、ナゴミの言葉に静かに頷いた。
「彼の証言を疑うわけではないけれど……こちらが引き継いだ転生者の生前の情報との食い違いが生じている。こちらが彼の魂に刻まれた『記憶』を調べるにしても、やはり一度は先導者に確認した方がいいだろうね。ましてや死後の魂を一度魔法で縛られたようだから、もしかしたら前世の記憶がいくつか入り混じってしまっているのかもしれない。転生者調査課を通して、確認してもらおう」
ナゴミはアラタにファイルを返却すると、すぐに転生者調査課へ向かうよう指示する。
「私も同行しよう」
事務室を出ようとしたところで、ツナギが赤い髪を揺らしながら歩み寄ってきた。心なしか、その双眸にはこちらへの気遣いが見て取れる。
「ツナギ管理官、よろしいのですか?」
アラタがツナギに向き直る。
ツナギはアラタにそっと微笑むと、すぐさま深刻な表情を浮かべて続けた。
「今回のような事例はやや特殊なケースに当たる。問題の有無に限らず、慎重な対処が必要だ。一人よりは、誰かと業務に当たったほうがいいだろう」
「ありがとうございます。助かります」
短いやり取りを交わすと、アラタはツナギとともに転生者調査課の窓口へと急いだ。異世界へ送り出される転生者が増えている今、転生者調査課も異世界転生仲介課と似たような状況だろう。今日中に確認が取れるかどうかも怪しい。
こちらでも、できるだけ情報を集めるか……。
「これは一体何事だ?」
ツナギの声に、アラタは思考に埋没していた意識を現実に引き戻した。
転生者調査課の窓口は長い順番待ちの列がいくつも折り重なっていた。今までにない混雑ぶりに、ツナギだけでなくアラタまで目を丸くする。
「これは……一体、何の行列ですか……?」
戸惑うアラタの脇で、ツナギが手近の列に並んでいる管理官に声をかけていた。
「何かあったのか?」
ツナギの姿を見るなり、顔を青ざめた若い管理官が早口に説明する。
「な、何かトラブルがあったらしく……つい先程、窓口を一時閉鎖されたのです」
「なるほど……君の所属は?」
「召喚部です。異世界間調停課の所属で、上司から転生者の情報を問い合わせるよう言われました」
若い管理官の答えに、ツナギが目を細める。それを叱責されると勘違いしたのか、若い管理官がしきりに謝罪の言葉を呟いていた。しかし、ツナギの方は何やら考え込んでいるため、若い管理官の態度には無頓着だった。
「ツナギ管理官。どうにか、アキラ管理官と連絡を取れないものでしょうか」
「……やってみよう」
ツナギはすぐさま耳飾り型の共鳴具へ手を添える。それほど待つこともなく、すぐに相手と繋がったようだ。ツナギが手振りでアラタを促し、二人は窓口から離れて回廊へ出る。
「……わかった。こちらはひとまずナゴミ課長に報告しに戻る。折を見てそちらへ向かおう」
ツナギがいったん通信を切ると、アラタに振り向いた。
「どうやら今回のトラブルには異世界間物流管理課での案件が絡んできたらしい。今は転生部の部長と異世界間事象管理部の部長とが転生者調査課にて話し込んでいるとのことだ。いったん出直すぞ。我々で先導者への確認を行おう」
「わかりました」
ツナギとともに元来た道を引き返すアラタは、表情を険しくさせる。
「今回のトラブル、偶然でしょうか」
低い声音で問いかけるアラタに、ツナギも声量を落とした。
「何事も、トラブルの原因は我らが看過してきた小さな異常の連鎖による結果だ。起こってしまったことをどう修正し、最小限の損害でどう終息させるかが重要になる。あんな一件があった後だから、アラタ管理官の懸念はもっともだが、今は正確な情報の収集に努めることに意識を向けろ。剣を抜くのはそれからでも遅くはない」
「はい……」
アラタはツナギの言葉に頷くと、ちらりと転生者調査課の窓口を一瞥する。
二人は中央塔を出ると、真っ直ぐ第一方陣を目指した。
異世界間仲介管理院の敷地内にある東西南北に設置された転移方陣には、それぞれの用途で使い分けがなされている。中央塔に最も近く、南部に設置された第一方陣は、死者を主とした転生者を受け入れるための玄関口だった。先導者はこの第一方陣で、異世界間仲介管理院の管理官に己が導いてきた死者を受け渡す。
そうして異世界間仲介管理院に保護された転生者は、管理官からの支援を受け、北部に設置された聖堂にある第二方陣にて異世界へと旅立っていく。召喚部が管轄する総合案内所の洋館内に設置された第三方陣は、異世界からやってきた生きた人間、主に召喚者を受け入れるための方陣であり、西部基地内に設置された第四方陣は攻撃性の著しく強い魂を受け入れる専用方陣であると同時に、有事の際にはすぐに稼働可能な方陣として機能している。
これら四つの転移方陣に不具合が起きた場合、その補助をする目的で第五方陣が使用される。もっとも一般の管理官には知られていないが、院長から任命されたアラタたち異世界間特殊事例対策部隊の隊員が任務に赴く際に、第五方陣が利用されていた。
第一方陣前は相変わらず多くの人で賑わっていた。五つある転移方陣の中でも、その巨大さと頑丈さを誇る方陣だけあって、日中はこのアディヴの地を包む数多の「道」と接続されている。
アラタは第一方陣の前で、固まっている黒スーツの集団に目を向けた。
全員が真っ白な肌と髪、血のような紅の双眸を持つ先導者たちが表情の乏しい顔を突き合わせて何やら話し込んでいた。
「こちらでも、何かあったのでしょうか?」
「……」
アラタの呟きに、ツナギは眉間のしわを深めて厳しい表情を浮かべている。
すると、こちらに気づいた先導者の一人が己の傍らに佇む同僚の肩を叩いた。こちらに背を向けていた先導者が振り返る。ツイだった。
「アラタ管理官、ツナギ管理官」
ツイは同僚に頷くと、こちらに体ごと振り向いた。同僚たちはアラタとツナギに会釈をすると、全身を黒い外套で覆った骸骨の姿へと戻る。そうして、第一方陣を通ってアディヴの地を後にした。
「すまない。取り込み中だったか?」
ツナギが立ち去った先導者たちを一瞥し、ツイに尋ねた。
「……少しばかり不手際があっただけのこと。貴殿らが気にすることはない」
「それは、もしや転生者の方々の情報に関わることですか?」
アラタの問いかけに、一瞬だけツイの眉が跳ねた。
「なるほど。貴殿らが私を訪ねに来た事情は理解した」
「こちらのアラタ管理官が担当することになった転生者の証言と、事前に貴殿らから受け取った情報に食い違いが生じていてな」
ツナギがアラタの傍らで補足する。ツイは顎に手を当て、小さく唸った。
「ふむ。実は貴殿以外の管理官からも我々にこの手の問い合わせが集中している」
「やはり……」
ツイの言葉に、ツナギがますます表情を険しくした。
「結論から言えば、貴殿の疑問に対し、現時点で冥界側は明確な回答を示すことができない」
ツイは腕を組み、そっと目を閉じた。
「貴殿らも知っての通り、現在、異世界間連合会議が開かれている。我らが冥界の主神カルトールさまも異世界間連合会議に出席されており、この期間中は我々も謁見することができない。そのため、貴殿らからの問い合わせの内容をまとめ、調査に乗り出してはいるが……最終的には主神カルトールさまのご判断を仰がねばならない」
一死神ではこの状況は判断しかねる、とツイはこぼした。
「では、異世界間仲介管理院において転生者の魂を調査し、その結果を貴殿らに共有するということでこちらは進めていこうと思う。転生部においても、日に日に増える転生者の数を減らさなければならない実情をご理解いただきたい」
「問題ない。異世界間仲介管理院における職務上、必要と判断された魂への干渉行為に対し、冥界側は異議を唱えない。情報の共有はこちらとしても願ってもないことだ」
ツナギの提案に、ツイは静かに頷いた。
「では、私もこれで失礼する。何か進展があればこちらからも知らせよう」
「ああ、頼む」
そうして黒い霧のようなものに包まれたツイが、骸骨の姿へと変わる。そのまま第一方陣から溢れる光の「道」へと消えた。
「ひとまず、我々も戻ってナゴミ課長に報告するぞ。アキラと連絡が取れ次第、転生者の記憶調査の準備を行う」
「はい」
ツナギに促され、アラタは彼女に続いて第一方陣の前を後にした。
異世界間事象管理部の部長より各部署へ緊急会議招集の連絡があったのは、アラタとツナギが異世界転生仲介課の事務室へ戻った直後だった。
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