File7-3「蟻巣亭での談笑」
終業時間を迎え、アラタはオギナとジツとともに「蟻巣亭」を目指して商業地区の通りを進んでいた。
異世界間仲介管理院が拠点を置く最果ての園――アディヴは数多ある異世界の中で、敷地面積がわずか三九.一五平方メートルという最小の記録を誇っており、行政を全般に担う異世界間仲介管理院関連施設のほか、商業地区、生産地区、市街地区を抱えた独立自治世界であった。
異世界間仲介管理院の敷地から南へ伸びる大通りを挟み、商業地区と生産地区が隣接し、反対側に管理官たちが生活する寮区を含めた市街地が広がっている。
商業地区の脇道を進むと、使い古された木造の扉がひっそりと煉瓦造りの家壁に設えられていた。扉の上には注意していないと見逃しそうな看板が金具を軋ませて揺れている。
木扉を開くと、すぐに地下へと続く階段が伸びる。等間隔に置かれた照明の光を頼りに、アラタたちは階段を下る。しばらくして受付に立った店員の姿が見えた。
「すでにお連れ様がお見えです」
そう言ってオギナに手のひらに収まる大きさの板を差し出した。
礼とともに、所定の部屋を目指す。
「久しぶりぃ~っ! 元気してたぁ!?」
個室の扉を開けるなり、目の前で両腕を広げたサテナがアラタたちを熱烈に歓迎してくれた。彼の後ろには呆れ顔のカイと、無表情でメニューを眺めていたキエラの姿があった。
「おい、サテナ! 入り口を塞ぐな! アラタたちが入れないだろ!」
「もぉ~、ウルは細かいんだからぁ。感動の再会に水を差すなんて無粋だよぉ~」
「俺はカイだ! 何が感動の再会だ。まだ三週間程度しか経ってないだろう……」
「えぇ、ツルったら薄情。そんなんだから友達が少ないんだよ」
「カイだ。俺を可哀想な奴みたいに言うな! 少なくとも、友人知人仲間の名前を未だに間違えまくっているお前よりは親しい友人も多い! ……と、思う」
サテナの後ろで、カイがこめかみに青筋を立てながら怒鳴った。怒鳴った後で、何故か自信なさそうに付け足す辺り、彼の素直さが伝わってくる。
「あー、なんかこのお二人のやり取り、落ち着きますねー」
「もう慣れたもんだからね」
言い合う二人を生暖かい目で見守るジツが、どこかほっこりとした様子で呟いた。傍らのオギナも同意するように頷く。
「やっぱ部署が違うと任務とかでなかなか会えないからねー。俺とキイは明後日から外界任務だし」
「だから俺の名はカイだ」
カイの注意などどこ吹く風と言わんばかりに、サテナがアラタたちに向き直る。
「まぁ……異間会議が開かれますから」
アラタが心得た様子で頷く。それぞれ空いている席に腰かけながら、アラタはキエラに顔を向けた。
「キエラさんの方はいかがですか? 噂で、異世界間の物流が制限されるという話を耳にしたのですが……」
「おかげさまで私も四日後に外界へ調査任務に赴きます」
キエラが表情を変えぬまま、小さく息を吐いた。
彼女が所属する異世界間事象管理部には、四つの部署が存在する。
異世界間における物品・人員の流れを監視・管理する、異世界間物流管理課。
異世界間における生物の輸出入を受け、在来種への被害を防ぐ、異世界間生物保護課。
異世界における気象情報を収集・管理・記録する、異世界間気象観測課。
異世界間における生物・物品等の輸出入を受け、対象世界の既存環境の崩壊を防ぐ、異世界間環境保護課。
異世界間事象管理部が担う業務は異世界間での正当な取引が行えるよう環境を整え、同時に既存環境、在来種への悪影響を防ぐことで円滑な交易を促進する役割がある。
キエラが所属する異世界間物流管理課、その中でも異世界間密輸等取締班は不当な物品・魂の売買を取り締まり、摘発することが仕事である。
アラタたちが遭遇した一連の事件で「アヴァリュラスの防壁片」が利用されていたことを受け、異世界間物流管理課は現在、異世界を行き来する数多の物品・人に目を光らせていた。
「異世界間物流管理課では異間会議において、異世界間の物流の制限が素案として提出され、常任理事世界の神々も特に異論もなく承認するだろうという見通しを立てています」
キエラの言葉に、ジツがおしぼりで手を拭きながら顔を顰める。
「やはり、異世界グロナロスでの一件が後押しした形でしょうか?」
「アヴァリュラスの防壁片が関わっているとなれば、異間連合の神々も容認するだろうからね」
ジツの言葉に、オギナも頷いている。
「魔王化に利用されたアヴァリュラスの防壁片の入手経路を早急に割り出す必要があるからな。それにしたって、異世界間仲介管理院が担う監査分野は多岐に渡る。それこそ、異世界間物流管理課は猫の手も借りたい状況だろう?」
カイがそこまで言ったところで、アラタたちの部屋の扉がノックとともに外側から開かれた。五人は一度会話を打ち切る。
店員が注文した料理を並べ終えて退出すると、キエラが再び口を開いた。
「もはや修羅場ですよ。異世界間物流管理課では物流制限をほぼ確定事項として、監査基準の見直しや取り締まり強化をするよう通達が来ています。異世界グロナロスでの一件は、それだけ神々や世界にとって衝撃的なこととして受け取られたのです」
「もともと閉鎖的な世界だったことも原因だろうねぇ。だからより一層、外部からやってきた人間を叩きやすい。俺としては女神トロナリスさまの方にも原因があると思うけどねー」
「女神グロナロス、な」
呟くサテナの脇で、カイが即座に訂正する。
「異世界転生仲介課も、保護した転生者が増えているんでしょ? 世の中ままならないねぇ」
サテナに話題を振られ、ジツが拳を握りしめる。
「そうなんですよ! まるで転生者や召喚者が全員『魔王』になるかのような扱いで、本当に信じられないです! 異世界間連合や異世界間仲介管理院が創設された原点を思い出せって感じですよ! 神々の方が優秀な魂を欲しがった結果が、今の秩序体制じゃないですか!」
憤然と息巻くジツに、サテナが笑いながら酒杯を手渡す。
「うんうん、その粋やよし! イヅみたいな情熱的な管理官がいてくれて俺は嬉しいよ!」
「僕はジツです」
「うんうん、優しいキヅのために、任務先でお土産買ってきてあげるから機嫌直してね。何がいい?」
「だからジツですってば……と、それよりお土産なんて、買えるものなんですか?」
困惑顔のジツに、カイがため息をついた。
「悪いが、職務中に土産など買う暇はない。何より今、異世界間における物流の制限について話していたばかりだろう。サテナ、お前ちゃんと話を聞いていたのか?」
「えぇー、まさか土産もダメなの?」
不満げなサテナにカイが渋い顔をする。
「異世界から持ち込まれるもの、そのすべてが対象です」
キエラが追い打ちをかけるように呟く。
「ケチ~!」
不貞腐れるサテナを、オギナが宥める。
「こんな状況ですから。いずれは改善されますよ。料理も来ましたし、乾杯しましょうか。続きは食べながらでも……」
サテナに苦笑を向けていた皆が酒杯を手にする。サテナも気持ちを切り替えたのか、酒杯を手にすると上機嫌に笑った。現金な人だ、とアラタは呆れる。
「我らの歩む道の先に祝福を」
オギナが酒杯を掲げて音頭を取る。
「祝福をぉ~っ!」
「祝福を!」
カツンッと五つの酒杯がぶつかり、個室に乾いた音が響いた。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021