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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-24「エヴォルの未来」

「……そうか」

 ヒューズからの報告を聞き終えると、マコトはそっと息を吐いた。

 異世界グロナロスから帰還したアラタたちはそのまま院長室を訪れた。ヒューズから報告を受けている間、マコトは表情を変えなかった。しかし、机上で組んでいたその手に力がこもっていくのを、アラタは見逃さなかった。

「結果として、神竜エヴォルの魂を女神グロナロスが放棄する形となり、異世界間仲介管理院がその魂の扱いを委任されることとなったわけか」

「はい……力不足を恥じるばかりです」

 ヒューズは悔しそうに顔を歪めた。マコトは静かに首を横に振っている。

「いや、魔王化した魂を無事に救出したのだ。本来は称えられるべき功績であり、誰も成し得なかった偉業を貴官らは成し遂げたのだ。私は貴官らを誇りに思う」

 組んでいた腕を解くと、マコトは小さくため息をついた。

「とはいえ、女神グロナロスの決断にはこちらとしても口出しできん。ならば、保護した神竜の魂が安寧を得られるよう、我々が力を尽くそう」

 マコトの言葉に、ヒューズの背後で整列していたアラタたち、また後方支援員のノアやアルトも無言で頷いている。

 アラタは腕に抱いたエヴォルの魂をじっと見つめる。

 結果としては、これでよかったのだとアラタは思っている。

 あんな世界(ばしょ)に友を置いていくくらいなら、いっそ連れ出してしまおうとさえ思ったのだ。

 しかし、グロナロスから連れ出せたことを手放しで喜べるわけでもない。

 それには一つ、重大な問題があった。

「では、神竜の魂の扱いについては後程、知らせる。ヒューズ管理官、報告書の提出も明日以降で構わない。今日は皆、ゆっくり休んでくれ」

「はいっ!」

 マコトの言葉に、ヒューズたちは敬礼とともに答える。

「アラタ管理官、貴官は少し残ってくれ」

「わかりました」

 マコトの目がアラタに向き、アラタも頷く。

「外で待っているね」

 院長室を辞す際、オギナがアラタに囁いた。アラタも無言で頷く。

 背後で扉が閉まり、院長室にはマコトとアラタのみが残った。

 異世界間特殊事例対策部隊への配属命令を受けた時と同じ状況だが、アラタはどこか安堵したように肩の力を抜いた。さすがにヒューズたちがいる前で、マコトにエヴォルのことを聞くわけにはいかなかったからだ。

「院長、エヴォルは……神竜の魂を受け入れてもらえる世界は、あるのでしょうか?」

 アラタは単刀直入に、思っていることを口にした。

 一度「魔王化」した魂を、異世界間連合の神々が受け入れるかどうか。

 アラタが最も懸念する問題は、この一言に尽きた。

 異世界間仲介管理院が公表せずとも、女神グロナロスを経由して異世界間連合の神々にエヴォルのことが知れ渡るのは時間の問題だった。

 魔王化した魂はまず助からない。それは魔王の膨大な力に糧となった魂が砕け散り、後には強大な暴力のみが残ることが通例であるからである。しかし今回のように、魔王化した魂が救出できた場合、神々がその魂を己の世界へ受け入れるかと言うと――


「絶望的だろうな」


 アラタの心を見透かしたように、マコトは即答した。

 マコトに縋るように、アラタは彼に詰め寄った。

「院長っ……どうか教えてください! 私が、友のためにできることはありませんか!? 友が幸せになるのでしたら、私にできることは何でもします!」

「落ち着きさない、アラタ管理官」

 マコトの静かな声音が、感情的になるアラタをたしなめる。アラタは悔しそうな表情で、腕の中で輝くエヴォルの魂を見つめる。その輝きに淀みはなく、あたたかな灯火のように揺らめいている。魔王になったなどと知らなければ、心残りや苦しみから解放された良質な魂そのものであった。

「私は……友を助けたい一心で戦いました。今でも己の行動を後悔してはいません」

 アラタは無力感からグッと唇を噛み締めた。

「ですが、友が魔王となった事実を消し去ることはできません。このままでは、せっかく助けた友の魂がどこへも行く宛なく、消滅を待つばかりになってしまう。友は異世界グロナロスで十分苦しみました。心優しい彼を、あのグロナロスから連れ出せたのに……今度は行き場を失って消えてしまうしかないなど、私は……そんなのは嫌です。なぜ、彼ばかりが……」

「アラタ管理官……」

 苦しそうに顔を歪めるアラタに、マコトは椅子から立ち上がった。長い法衣の裾を翻し、アラタと向き合う。

「私も、貴官に今すぐ明確な答えを示すことは難しい。何せ、前例のない事態だ。異世界間仲介管理院だけで結論を出すには危うい。今後のことを考えても、この一件は慎重に判断すべきことだろう。何より、異世界間連合の神々が黙っていない」

 マコトは守護結界で覆われたエヴォルの魂を見下ろし、そっと結界に触れた。

 その表面を撫で、目元を綻ばせている。

「貴官の友人は、美しい魂の持ち主だな」

「……気高く、常に正しくあろうとした友人でした」

 アラタは眦を下げ、微かな笑みを浮かべる。アラタのかすれた声に、マコトも無言で頷いた。

「アラタ管理官、貴官の友人を私に預けてはくれまいか?」

 マコトは結界から手を離すと、アラタを見据える。

「私の力が及ぶ限り、力を貸してくれそうな神々に働きかけてみよう。こういった事態に、相談に乗ってくれる人物との伝手もある。できる限りの手は尽くそう。最終的に、どの世界にも受け入れられなかった場合は――」

 不意に、マコトが微笑んだ。

「君の友人を、異世界間仲介管理院で受け入れるということもできる」

「っ!? よろしいのですか!?」

 目を見開くアラタに、マコトは軽く肩をすくめた。

「すでに貴官という前例もある。今更、一人二人と受け入れる数が増えたところで背負うものはそう変わらん」

「院長……」

 アラタはマコトに向けて勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「魔王を討伐した貴官の功績を思えば、これくらいのこと、何ということはない」

 マコトはアラタからエヴォルの魂を受け取る。アラタはエヴォルの魂を見つめると、そっと微笑んだ。

「エヴォル、今度こそ自由に……君が思うがままに、生きてくれ」

「最善を尽くすと約束しよう。貴官も今日はゆっくり休みなさい」

 マコトの言葉に、アラタもしっかりと頷いた。

「はい……どうぞ、よろしくお願いいたします。院長」

 アラタは友人をマコトに託し、院長室を辞した。

 廊下に出ると、アラタを待っているオギナたちの姿があった。

 少し離れた場所に、ヒューズやアリス、ツナギの姿もある。皆、アラタが出てくるのを待っていてくれたようだ。

 そっと息を吐くと、アラタは真っ直ぐオギナたちのもとへ歩み寄った。

「院長、何とかしてくれるって?」

 アラタの表情を見たオギナが、そっと表情を綻ばせた。

「ああ……最善を尽くすと約束してくださった」

 アラタも笑顔で頷く。

「よし、これで一件落着だね! いや~、今回はなかなか刺激的な任務だったよ!」

 サテナがうんっと伸びをすると、アラタに笑いかけた。

「あの神竜くんも、院長に任せておけば安心だね!」

「はい」

 院長室でのやり取りを思い出し、アラタはそっと表情を綻ばせた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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