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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-23「女神グロナロスの決定」

 亜空間の入り口から飛び出し、アラタたちは石造りの床の上に転がった。

「ヒューズ、みんな!」

 アリスの明るい声が、飛び出してきたアラタたちを迎えた。

 顔を上げれば、アリスだけでなく、傍らで彼女を補佐していたキエラも目に涙を浮かべて口元を手で覆っている。

「亜空間の維持、ご苦労だったな」

 身を起こしたヒューズがアリスを見た後、サテナとカイを振り返る。サテナとカイは同時に頷くと、亜空間の入り口へ視線を向けた。

「管理官権限執行」

「守護結界」

 二人が空間の維持から、周囲への被害が及ばぬよう衝撃緩和の術式に変更する。

 やがてアラタたちが見守る中、神竜を捕えていた亜空間は崩壊した。砕けた空間の欠片が空から注ぐ陽光を受けて反射し、塵となって消えていく。

「……終わった、んですね?」

 ジツが腕の傷を庇いながら、呆然と呟く。座り込んだ姿勢のまま、脱力したように大きく息を吐いた。

「はぁああああぁっ! 生きてるよぉ……!」

 本格的に泣き出したジツを見て、サテナが満面に笑顔を浮かべてジツの肩に腕を回した。

「よしよ~し、よく頑張ったね! カツ管理官!」

「僕の名前はジツですよぉおおおぉっ!」

「さすがに、今回は死を覚悟したよ」

 オギナもアラタの傍らに歩み寄ると、そっと手を差し伸べた。

「アラタがちゃんと友人を助け出すことができたから、俺たちも助かったんだね。ありがとう」

「オギナ……俺の方こそ、ありがとう」

 アラタは差し出されたオギナの手をしっかりと握った。

「みんなの支援があったから、俺も頑張れたんだ」

 アラタは立ち上がると、己を見つめる皆に微笑んだ。

「ふふん! 当然だ! それが連携というやつだからな!」

 疲労の濃い顔で笑うアリスは、それでも胸を張って満足そうに言った。

「神竜の魂を無事に救出できただけでも、もはや奇跡です」

 キエラは目じりにたまった涙を手の甲で拭いながら呟く。

「全員無事で、本当によかった」

 カイもホッとした様子で、ツナギの傷の手当てを始める。

 そんなカイが、ふと表情を曇らせた。

「我々としては喜ばしい結果ですが……女神グロナロスは、どう思うでしょうか?」

「……」

 喜びもつかの間、アラタたちの間に重苦しい沈黙が流れる。

 女神は神竜を無傷で救出することを望んでいた。しかし、肉体はすでに再生不可能なまでに損傷し、挙句、魔王化したことで消失してしまった。

 アラタたちとて、最善は尽くした。その結果として、「魔王」が異世界グロナロスを蹂躙する最悪の事態を阻止した。その意味は大きい。それでも、女神の気性を考えると、もうひと悶着あることは容易に想像がついた。

「ひとまず、女神へ報告しよう。さすがの女神も、しっかりと説明すればわかってくださるはずだ。神竜の魂は、こうして無事なのだから」

 ヒューズの言葉に、アラタは無言で頷いた。

 別れを惜しむように、エヴォルの魂をぎゅっと強く抱きしめる。

 できることなら、この世界から連れ出してあげたかった。

 しかし、異世界間仲介管理院の管理官に、異世界の統治やその世界で生きる人々の境遇について干渉することはできない。女神への警告がせいぜいだろう。

「行こう、アラタ」

「ああ……」

 オギナに促され、アラタは頷く。アラタたちは魔動二輪にまたがって女神グロナロスが住まう神域へ向かった。

 使徒に案内され、再び女神との謁見に臨んだアラタたちは水晶を覗き込んでいる女神に向けて挨拶した。

「女神グロナロス様に、御神竜に関する一件にてご報告に参上いたしました」

 ヒューズが代表して口を開く。

「この度の、御神竜救出に際して――」


「ああ、そのことはもうよい」


 ヒューズの言葉を遮り、女神は軽く手を振った。

 アラタたちは不審に思い、思わず顔を上げた。女神の許しなしに顔を上げることは不敬である。だが、女神は水晶を覗き込んだまま愉悦の笑みを浮かべており、こちらの様子を気にも留めない。普段、己が腰かけている球体の上で腹ばいになり、両足を上げたり下げたりしていた。

「あの、女神グロナロス様……? もうよい、とは一体――」

 困惑するヒューズに、女神は水晶を見つめたまま、満面に笑みを浮かべた。


「ああ、なんと美しい竜の赤子じゃ!」


 恍惚とした笑みを浮かべた女神の視線は、水晶に映し出された青い鱗を持つ子竜に注がれている。

「色つや、輝き、幼い姿からもうかがえる気品……まさしくわらわの使徒にふさわしい! この子竜を新たな神竜に据え、わらわの愛情を惜しみなく注いでやろう!」

 女神の言葉に、ヒューズたちは息を呑んだ。信じられないとでも言うように、女神の顔を凝視している。鼻歌まじりに水晶に見入っている女神を前にして、アラタはサッと己の中で感情が冷めていくのを感じた。

 人は、怒りの感情がある一定を超えると、急激に冷めるらしい。

「ちょっと……じゃない。お待ちください! 貴界における御神竜はこうして無事に救出いたしました!」

「あ? 魂だけで肉体はないではないか」

 不機嫌そうに眉根を寄せた女神が、声を上げたジツを睨んだ。

 ジツが気圧されたように口をつぐむ。

「わらわはこの世界を統治する神、グロナロスであるぞ? 今までの経緯を知らぬわけではない。何より、一時とはいえ『魔王』となった汚らわしい魂など、わらわの世界にはふさわしくない」

「女神グロナロスよ、それはあまりに酷ではありませんか。この魂は魔王に飲まれかけただけで、こうして清く在り続けております」

 ヒューズもさすがに不快に感じたようで、顔をひどく歪めている。しかし、女神は虫でも払うような仕草で、ヒューズたちに腕を振った。

「ふんっ、もともとわらわへの反抗心も強かった神竜じゃ。こうしてわらわの使徒にふさわしい竜も新たに誕生した。ソレはもはやわらわには不要。新たな神竜の誕生を機に、わらわへの忠誠を徹底的に教え込んでくれる。反抗的な魂など、不要じゃ。どこへなりとも連れてゆくがよい」


「では、神竜エヴォルの魂の所有権を放棄するということでよろしいですか?」


 アラタの静かな声が、謁見の間に響いた。女神の目がアラタに向く。アラタは真っ直ぐ女神を見据えていた。

「その目、気に入らぬな。エヴォルが執着しておった人間と同じような目をしておる」

 女神は忌々しそうに眉根を寄せた後、指先で虚空を撫でた。

 一枚の羊皮紙が出現すると、女神の指先が承認のサインを書き記す。ピッと指先で羊皮紙を弾くと、羊皮紙はヒューズに向かって飛んできた。ヒューズが咄嗟に受け取る。魂の所有権を放棄し、放棄した魂の扱いを異世界間仲介管理院に全面的に委任する契約書だ。

「ほれ、これでよかろう? わかったら疾くこの世界より立ち去れ。わらわは忙しいのじゃ」

 女神はそう言って、水晶に向き直った。

「愛いのぅ……名を付けてやらねばならぬな。『至高の青(エルヴァス)』などどうじゃ? 宝石のように輝かしい神竜にふさわしい名であろう」

 青い鱗の子竜を見つめ、女神は嫣然と微笑んだのであった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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