File1-12「オギナの懸念」
百香との話し合いで出た案をまとめて、数日が過ぎた。
要望書として異世界転生部の上層部へ提出したそれは、上層部を通じて転生先候補の世界へ転生申請という形で送られている。
転生者を受け入れる神々も、返答は慎重になる。
それぞれが治める世界において、神々としても「治める世界はこうありたい」という方針が必ずあるからだ。受け入れる転生者が、己が治める世界にふさわしいかどうか、見極める必要がある。
書類に目を通していたアラタは、左手首にはめた腕輪型の共鳴具に埋め込まれた宝珠が点滅していることに気づいた。指先で触れると、虚空に通知文が表示される。
転生者調査課からの事務連絡だった。
文面に素早く目を通したアラタはすぐさま席を立ち、転生者調査課の窓口へ急いだ。
転生者調査課の窓口で羊皮紙を受け取ると、アラタはその足で屋外に出た。
心地よい風が、アラタの黒髪を揺らす。今日も空には道が交じり合い、煌々と大地を照らしていた。
逸る気持ちを抑え込み、公園に設けられた長椅子に腰を下ろした。
深呼吸をした後、アラタは手にした羊皮紙の封を解く。
ゆっくりと羊皮紙を伸ばし、送られてきた文面に目を走らせる。
転生先候補からの返信内容を読み進めていくうちに、アラタの表情が綻んだ。
「よしっ!!」
アラタは思わず拳を握りしめた。
「任務、完了だ!」
アラタは大きく伸びをすると、眉間を指先で揉む。
転生先候補の神からは、百香の要求を「突き抜けるほど爽快な傲慢」と言って面白いから受け入れると承諾する旨が書かれていた。
アラタは羊皮紙を空へとかざし、にやける顔を隠しもしなかった。
軽く肩を回せば、筋肉が軋んだ音を立てる。ここ最近は文字ばかり追っていたせいだろう。
いい機会だ。今度、オギナがおすすめだと言っていたマッサージの店へ行ってみようか。
身体を起こしたアラタの頬に、ひやりとしたものが押し当てられる。
弾かれたように顔を向ければ、オギナが冷えた飲み物をアラタへ差し出していた。
「おつかれ、アラタ」
「ありがとう、オギナ」
礼とともに容器を受け取る。
青豆の冷製ポタージュというところが、彼らしいチョイスだった。
「いやぁ、長かったねー」
「……否定しない」
百香の要望は当初よりもずっと多く、話し合いを重ねる度に増えていった。
アラタももう腰を据えて連日、勤務時間内のすべてを彼女の面談に当てていたほどだ。
おかげさまで、残業続きである。
アラタはちらりとオギナを盗み見る。アラタが百香にかかりっきりになっている横で、一体オギナはどれほどの転生者を異世界に送り出していただろう。
いや……考えるだけ、無駄だな。
アラタはポタージュに口をつけ、軽く肩をすくめた。
途中で百香を投げ出すことは、アラタの頭にはなかった。
かかわるなら、徹底的に――最後まで見届ける。
アラタは百香に関する資料を取り寄せた時から、そう決めていた。
「でも、よく見つけたね。転生先」
自前で用意した塩をポタージュに注ぎ入れながら、オギナは感心した様子で呟いた。
「すべてのデータベースを参考に、書面を通じて神々に直接交渉した。まぁ、その際に色々と、な」
「賄賂とか?」
「黙秘」
からかうオギナに、アラタはポタージュを飲みながら目をそらした。
ごちそうさま、と容器をゴミ箱に捨てて立ち上がる。
「愛しいお姫さまに会いに?」
「誤解を招く言い方はやめろよ。転生先が決まったから知らせに行くだけだ」
「寮でも寝ずに仕事してただろ? 少し仮眠でもとったら?」
オギナの気遣いに、それでもアラタは首を横に振った。
「早く知らせて、喜んでもらいたい」
アラタは疲れた顔に、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「君を受け入れてくれる世界がちゃんとあるってことを、早く伝えてあげたいんだ」
軽く手を振って走り出した友人の背を見つめ、オギナは眩しいものを見るように目を細めた。
「すっかり仲良しになったんだねぇ」
まるで養成学校の入学式で見た、当時の彼の背中を眺めている気分だ。
オギナは懐かしさに微笑む。しかし、その瞳に影が差した。
「でも、アラタ……あまり踏み込み過ぎると、よくないよ」
オギナの忠告は、走り去ったアラタに届くことはなかった。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020