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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-19「魔竜王との戦闘」

「エヴォルッ!」

「アラタさん!」

 駆け出したアラタの背にジツが叫んだ。

 オギナとツナギも互いに頷き合うと、ジツを促してアラタの後を追った。

 進むたびに、辺りに立ち込める瘴気が濃くなっていく。

 その中で、見知った背を見つけた。

「ヒューズ管理官!」

「アラタ管理官! 皆、無事だったか!」

 大剣を盾にしていたヒューズが声を上げた。纏った鎧の数か所が欠けており、負傷もしている。

「一体、何がっ!?」

 ジツの疑問を、目の前に立ちはだかる魔竜王の咆哮が遮った。

「そんな……」

 魔王と成り果てた神竜を見上げ、アラタは絶望する。緩慢な仕草で首を横に振ると、頼りない足取りでかつての神竜(とも)へ腕を伸ばした。

「エヴォル、俺だ……わかるか? またこうして戻って――」

「アラタ管理官っ!」

 ツナギがアラタを押し倒したのと、魔竜王の吐息(ブレス)が放たれたのは同時だった。

 魔竜王が放った吐息は大地を削るにとどまらず、亜空間を裂いて爆発する。

「とにかく、奴の動きを止めるぞ! サテナ、カイ!」

 アリスの号令に、サテナとカイも長杖を掲げた。


「管理官権限執行、魔王封印!」


 アリスたちが構築した結界が、魔竜王を包み込む。しかし、魔竜王の身体が膨れ上がる度に、封印の術式にも亀裂が走った。

「くっ、やはり即席の術式では厳しいか。このままでは持たないぞ!」

 アリスが舌打ちとともに顔を歪める。

 身を起こしたツナギに続き、アラタは伏せていた顔を上げて変わり果てたエヴォルを見上げる。

「エヴォル……」


 ――死ぬな、友よ。頼む、死なないでくれ!


 アラタがグロナロスでの生を終える直前、そう叫んだ友の顔が脳裏を過る。

 魔竜王が吠え、虚空に無数の球体を生み出す。球体は四方へ放たれ、空間を破壊してはさく裂する。衝撃波にアラタたちは蹲った。

 苦しいよな、エヴォル……。

 アラタは暴れる魔竜王の姿に、当時の彼を重ねた。

「助けるっ……」

 あの優しい神竜の最期が、こんな形であるなど絶対に認めない。許さない。

「無茶だ、アラタ管理官! 神竜は魔王に身を堕とした、もう助け出す術はない!」

 立ち上がるアラタに、ツナギはアラタの腕を掴んで首を横に振った。

「まだです! まだエヴォルの気配が、かすかに残っている……まだ彼の魂は飲まれていない!」

 アラタは苦しそうに顔を歪めたまま、ツナギを振り返った。

神竜(かれ)の魂だけでも、絶対に引き剝がします!」

 ツナギと同様に、こちらを見つめるヒューズたちの顔を、アラタは見回した。

「お願いします、私に彼を助け出す機会をください! お願いします!」

 懇願するアラタを前に、ヒューズは重い口を開いた。

「……戦闘指揮を任されている身としては、仲間の身に危険が及ぶことは避けたい」

 ヒューズの立場としては、当然の判断だった。アラタの表情が沈む。

「だが、魔王がこの空間から出ていけばより多くの世界に被害が出る。異世界間仲介管理院は世界や神々の存在を脅かす『魔王』を野放しにはしない。討伐以外での方法を取るならば、必ずや成功させねばならん。失敗は許されないぞ、アラタ管理官」

「っ! もちろんです!」

 ヒューズの言葉に、アラタは力強く頷いた。ヒューズが穏やかに微笑む。

「アリス、サテナとカイを引き連れてこの空間から出ろ。亜空間を少しでも維持するんだ」

「……わかった。必ず持たせて見せる」

 ヒューズを真っ向から見据えたアリスが、静かに頷いた。常に死線を潜り抜けてきた防衛部の管理官に、多くの言葉は必要なかった。ヒューズは視線をアリスからキエラに移した。

「キエラ管理官も同行し、異世界間仲介管理院へ緊急連絡。万が一に備え、討伐隊の編制を要請しろ」

「承知しました……翼の祝福に、道を掴まんことを」

「急ぐぞ! モタモタするな!」

 アリスは長杖にまたがるなり、眉根を寄せて沈黙したキエラの腕を引いた。遠ざかっていく四人を見送り、ヒューズが残ったアラタたちを見回す。

「よし、ではこの五人で魔竜王を押さえるぞ」

「正気ですか!?」

 ジツが顔を真っ青にしたまま叫ぶ。

「まぁ、厳しい状況だがやらねばならん。防衛部でない君たちには少々気の毒だが……これも『管理官』の仕事だ」

 ヒューズがジツを労わるように微笑む。

「ジツ管理官、何なら貴官も外に出て――」

「だぁああぁっ! わかりました! わかりましたよ! もうやってやりますよ! その代わり、無事に帰還できたらまた打ち上げしてください! 今度は僕も参加したいんで!」

 頭を盛大にかき回しながら、ジツがヤケクソのように叫んだ。外に出るよう言いかけたヒューズは、目を丸くしている。アラタやオギナもぽかんっと間の抜けた顔をした。途端に、その場にいた全員が噴き出した。

「わかったわかった。その際は俺がごちそうしてやる!」

「あはは、やる気出たね!」

「まったく、この状況での要求がそれでいいのか?」

 オギナが笑い、ツナギも半ば呆れた様子で呟いた。それでもジツは真剣な顔で、アラタに向き直る。

「アラタさんにとって、あの神竜はとても大事な存在なんですよね?」

「……ああ」

 ジツは短杖を握りしめている。その手は、かすかに震えていた。

 アラタはジツに対して申し訳ない気持ちになる。それでも、ジツの問いかけにはしっかりと首肯した。

「この一件が終わったら……エヴォルさんのお話、聞かせてください。もちろん、アラタさんのことも。アラタさんの武勇伝、色々聞きたいんです」

「俺も。知られざるアラタの一面、ぜひ知りたいね」

 オギナもそう言って笑いかけてくる。

 アラタは思わず苦笑した。

「それでエヴォルが助かるなら、安いもんさ」

 アラタは生み出した炎の中から双剣を握ると、眼前に聳える魔竜王を睨んだ。

「今なら、核となる魂を引き抜けば『魔王』を消滅させることができるはずです」

 生まれたばかりの魔王は不安定だ。力の放出も少ない今なら、魂が壊れる前に救出できる。

 アラタの狙いに、ヒューズとツナギも頷いた。

「その可能性に賭けるしかないな。神竜殿には、もう少し踏ん張ってもらいたいところだ」

 ヒューズが頷くと、満面に笑顔を浮かべる。

「六百年前の魔王討伐戦を思い出すな! 皆、気合を入れろよ! 『勇者』顔負けの伝説を、打ち立ててやろうじゃないか!」

「了解!」

 大剣を構えたヒューズに倣い、アラタたちも武器を手に身構えた。

 魔竜王がその巨大な爪を振り上げる。叩きつけられた腕をアラタたちは散開して避けた。ヒューズが先陣を切る。

「管理官権限執行、雷撃付与!」

 振り上げた大剣の刃に稲妻を纏わせ、魔竜王を覆う障壁に切りつける。弾かれる剣身を押し込み、ヒューズが吠えた。魔竜王はそんなヒューズに吐息を向ける。

「させません! 管理官権限執行、守護結界!」

 ジツが素早く結界を構築し、ヒューズを守る。

「管理官権限執行、発光矢!」

 オギナが放った矢が、魔竜王の目の前で弾けた。強烈な光を前に、魔竜王が顔を大きく背ける。

「行くぞ、アラタ管理官!」

「はい、ツナギ管理官!」

 アラタとツナギが地を蹴る。魔竜王が地面に手をつく。地面から鋭い土の槍がアラタとツナギを強襲した。二人は俊足で魔竜王の攻撃を避け、ツナギが跳んだ。ヒューズと入れ替わる形で、握りしめた拳を振り下ろす。

「管理官権限執行、浄化!」

 ツナギの突きが、魔竜王を覆う障壁を浄化する。ヒューズが大剣に炎を纏わせると、障壁の薄くなった箇所に向けて刃を振り下ろした。

「管理官権限執行、炎舞!」

 魔竜王の障壁が砕け、その身体から立ち込める濃い瘴気がツナギやヒューズに降りかかる。

「業火よ、不浄を掃え!」

 アラタが双剣を覆う炎を一閃する。神竜の炎は放たれた瘴気を退け、アラタはヒューズとツナギが開いてくれた突破口へ飛び込んだ。アラタは全身に炎を纏い、魔竜王から放たれる瘴気を焼き続ける。魔竜王が狙いをアラタに定めた。

 魔竜王が咆哮を上げると、周囲の地面から鋭い土の槍がアラタに向けて放たれた。

「させるか! 管理官権限執行、風刃!」

「管理官権限執行、衝撃付与!」

 ツナギの放った風の刃がアラタに迫る土の槍を切り裂き、続けて魔竜王より放たれた吐息はヒューズの斬撃によって両断される。

「エヴォルッ!」

 アラタは眼前に迫った魔竜王の額に向けて双剣を振り下ろす。どんな鉱物よりも硬い竜の鱗を砕き、膨張する魔力の塊に向けて必死に刃を突き立てた。アラタを飲み込むように、魔竜王の身体を形成する魔力の波が渦を巻いた。

「まずい! 管理官権限執行、浄化!」

 オギナは矢に魔力を乗せ、アラタを飲み込もうとする瘴気の壁を射る。オギナの放った矢はまるで蝋燭の火のように儚く消え失せてしまった。

「オギナさん、もう一度お願いします! 補助しますので!」

「了解!」

 オギナが再び矢をつがえ、ジツが魔法陣を展開したところで、魔竜王の全身から瘴気が溢れた。

「まずい、アラタ管理官! いったん退け!」

 ツナギは虚空を蹴って、アラタに腕を伸ばす。

「ツナギ管理官! 危険だ!」

 そんなツナギをヒューズが腕を掴んで寸でのところで押し止める。即座に結界を張ったため、ツナギは長い髪の毛先を僅かに失うにとどまった。あのまま突っ込んでいれば、体の半分以上を持ってかれていただろう。

「アラタ管理官っ……! アラタ管理官!!」

 ツナギの伸ばした腕は、虚しく空を切る。瘴気の先に消えたアラタを探して、ツナギは必死にその名を叫んでいた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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