File6-16「聖域の番人」
「身内を贔屓するつもりじゃないけどさ。ベータの空間構築技術って、かなり高い水準なんだけど?」
淡い緑髪に目元を覆う黒いレンズの眼鏡をかけた青年は無造作に腕を振った。
「うおっ!?」
「ぐっ!」
ヒューズとツナギの身体が宙を舞う。二人は虚空で態勢を立て直すと、アラタたちの傍に着地した。ヒューズとツナギを放り出した青年は、その真っ白な衣服についた埃を払うような仕草をする。
「君も、あのむかつく奴の仲間かな?」
サテナの目が剣呑さを帯びる。
「それって、もしかしてアルファのこと?」
淡い緑髪の青年が少し意外そうに腕を組んで考え込む。
「へー、彼を毛嫌いする人ってのも珍しい。俺たちの中じゃ、アルファはかなり温和で友好的な性格だけど……? まぁ、今はそんなことどうでもいいか」
淡い緑髪の青年は切り替えるように、アラタへ顔を向けた。
アラタも鋭い目で青年を睨みつける。
「自己紹介をさせてもらうよ。俺の名前はデルタ――〝聖域の番人〟と呼ばれている。まぁ、よかったら覚えてくれよ。あんたらとは長い付き合いになりそうだ」
「こちらは遠慮したいところだな」
デルタの言葉に、ヒューズが不快げに顔を顰めた。
「デルタとやら、貴殿の身柄は拘束させてもらう。異世界グロナロスにおける神竜の拉致・監禁の件も含めて、貴殿らの目的を洗いざらい話してもらうぞ」
ヒューズが大剣を構えたのを合図に、アラタたちも武器を手にデルタを牽制する。対するデルタは指先で頬を掻きながら、面倒そうにため息を吐いた。
「生まれてからずっと管理官となるべく教育されてきたこともあって、君たちの盲目的な忠義心は感服するよ。敬意すら表してもいい。でも、少しは自分たちが世界に及ぼしている悪影響を、考えてみるべきなんじゃないか?」
「『人工魔王』を生み出している貴様らに我らの何たるかを指摘される謂れはない」
ヒューズの低い声音を前にしてもデルタは態度を変えなかった。
「君たちこそ、異世界間連合がひた隠す歴史の真実を、いつまで見て見ぬふりを決め込むつもりだ?」
デルタの声音に、侮蔑と嫌悪が宿る。
「お前たちのしていることは、必要以上の火種を、数多の世界へばら蒔いているに過ぎない。手遅れになる前に、俺たちは神々の傲慢に終止符を打つ必要がある」
まずはこの異世界グロナロスでその狼煙を上げる、とデルタの両手に魔法陣が展開する。
「安心していい。俺の請け負った任務はあくまで『足止め』だ。もうしばらくすれば、すべてが無に帰す。君たちには、その見届け人になってもらうとしよう」
「させるか! 管理官権限執行、風神の来訪!」
「管理官権限執行、氷雪矢!」
アリスの竜巻とオギナの放った氷の矢がデルタに迫る。
「〝鉄壁〟」
聞き慣れない言葉とともに、デルタの周囲を光の防壁が覆う。
「君たちにふさわしい相手をあてがおう。己の進む『道』が正しいのならば、健闘して神竜を奪ってみせるといい」
「っ!? させるか!」
デルタは即座に新しい術式を展開すると、己の足元へ魔法陣を纏わせた手をついた。アラタは咄嗟に腕を突き出す。
「〝強制転移〟」
「〝空間干渉無効化〟!」
デルタとアラタの魔法が正面からぶつかり合う。亜空間全体が激しく震え、軋みを上げて一部が崩落した。
「嘘、だろ……こいつ、加護使ってっ!? 封じられてんじゃなかったのかよ――」
デルタの口元が引きつる。白い装束の裾を翻し、デルタは大きく背後に跳んだ。今まで彼が佇んでいたところに、歪んだ空間の欠片が突き刺さる。
「っ! 総員、回避!」
ヒューズの声が崩れ落ちる岩壁の間から怒鳴った。
「アラタ! 管理官権限執行、俊足!」
オギナが横からアラタの腕を掴んで引っ張る。アラタの鼻先を、落ちてきた岩柱が掠めた。しかし、退避した先の地面も衝撃で抜け落ちる。
崩れる足元に、アラタとオギナの身体が暗闇へと投げ出された。
「アラタさん! オギナさん!」
「待て! 離れるな!」
ジツも瓦礫を足場にしてアラタたちのもとへ飛ぶ。そんなジツに、ツナギが舌打ちとともに後を追った。
「オギナ、補佐してくれ!」
落下したまま、アラタは白い影を真っ直ぐ睨んでいる。
「了解! いつでもいけるよ!」
オギナが即座に弓を手に頷いた。
「管理官権限執行、拘束蔓!」
アラタの意思に従って伸びた光の蔓が、瓦礫を避けているデルタの足首を捕えた。光の蔦を掴んだアラタは勢いよく引っ張る。
「このっ!」
「管理官権限執行、守護結界!」
オギナが魔力を込めた矢を放ち、放たれた矢が弾けてデルタの全身を包み込む。
「ちょっと、お二人さんっ!? 地面、ぶつかるっ! 管理官権限執行、衝撃吸収!」
ジツの慌てた声とともに、アラタたちの全身が柔らかいものに包まれる。弾力のあるそれはアラタたちの体を何度か宙へ跳ねさせた後、ポンッと気の抜けた音とともに消えた。
「痛っ……アラタ、無事?」
「あ、ああ……なんとか……」
地面に落ちたオギナとアラタは、ぶつけた箇所を手で押さえながら体を起こす。
オギナの目が頭上を仰いだ。
「ジツ、受け止めるなら最後まで受け止めてくれない?」
投げ出された拍子にあちこちぶつけたよ、とオギナが苦笑した。
「いやいやいや、地面に激突するギリギリまで敵の拘束を優先しているお二人の神経の方を疑いますよ!? 何考えているんですかっ! 死ぬ気ですか! こっちの寿命が千年縮みましたよ! まったくもう!」
オギナの言葉に、ジツが青い顔のまま答えた。目じりに涙をためたまま、一息に抗議をまくしたてている。
「まったく、無茶をする……」
わめくジツの首根っこを引っ掴んで、宙に浮いていたツナギも呆れ顔だ。
「管理官たる者、周囲の状況を鑑み、適切な行動を心掛けるべし。アラタ管理官、オギナ管理官、貴官らの行動のおかげでヒューズ管理官たちと離れ離れになってしまったぞ」
「すみません……奴を先に押さえた方が――」
「神竜保護への近道と思いまして」
謝罪の言葉を述べつつ、オギナとアラタは平然と言ってのけた。
ツナギだけでなく、ジツも呆れて言葉も出ないようだ。
「まったく、そこの気弱そうな管理官と同意見だよ。忌々しいけどね」
デルタが怒りを湛えた目をアラタたちに向けて言った。激しい音とともにオギナの結界を破壊したデルタが、全身から殺気を纏って地面に降り立つ。
「本当……『アラタ』さんには驚かされてばかりだよ! アルファには悪いけど、俺……こういう生意気な奴って嫌いなんだよね。もういっそ、潰しちまうか」
デルタが両手に魔法陣を展開した。
迎え撃つため、アラタたちも武器を構える。
デルタの口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「〝聖域の番人〟の名を持って、敵対勢力に対し制裁を加える。せいぜい足掻けよ、半端者と加護なし!」
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