File6-14「結界突破」
「では、結界の破壊から侵入の経路までの流れを確認するぞ」
ヒューズがそう言って、集まった皆の顔を見回した。ヒューズの視線を受けたキトラが口を開く。
「まずアヴァリュラスの防壁の欠片についての対処だな。これは異世界シャルタで交戦したあの『鬼』を思い出してもらえばいい。あの『鬼』は欠片の力を戦闘能力に変えていたが、今回の場合は防御力に振られていると考えりゃ、対処方法も見えてくる」
「あの『鬼』との戦闘時、まず、俺とジイ管理官が奴の魔力供給を絶つことで肉体の蘇生を阻止したよねぇ」
「私の名前はカイだ。そこからサテナ管理官が空間隔離を行いました。外部から魔力を供給している可能性も捨てきれなかったため、それを遮断させる目的での執行です」
「おう、いい判断だ。だが今回の場合は外部からの魔力供給っつうよりは、女神への配慮だな。神殿まで破壊しちゃ、さすがに怒るだろうからよ」
キトラが面倒だと言わんばかりに顔を顰め、後頭部を掻いている。
「マイペースと苦労人は俺の指示に従って防壁の魔力を遮断する。何せ、古の魔王によって破壊された防壁の残骸だ。その効力は無視できねぇ」
「はいは~い!」
「……苦労人とはまさか私のことですか?」
キトラの指示に元気よく返事をしたサテナの傍らで、カイは衝撃を受けた様子で固まっている。
「んじゃ次だ。嬢ちゃんとツナギ管理官は守護結界を構築しろ。新人その一が最大火力をぶっ放すから、新人その三は全員に冷却魔法を付与しろ」
「うむ、任せろ」
「わ……わかりました!」
自信満々に応じたアリスの隣で、ジツは不安そうに頷く。
「それならば人選の変更をお願いしたい」
ツナギが珍しく、どこか心もとないと言わんばかりに表情を曇らせた。
「私は普段、前衛に出ることが多い。繊細な魔力操作を伴う結界については、私よりもサテナ管理官かカイ管理官の方が適任だ」
「結界の維持に不安があるのか? それとも別の理由か?」
「……」
キトラの問いかけに、ツナギは沈黙する。
「防壁の欠片、その魔力供給の断絶ってのは容易じゃねぇ。正直、魔法による直観力がねぇ奴じゃ失敗する。人選はこのままでいくべきだ」
キトラとツナギの視線を受け、ヒューズは口を開いた。
「キトラ管理官の意見を採用する。ツナギ管理官、貴官は守護結界の構築に尽力してもらいたい」
そこでふとヒューズが苦笑を浮かべた。
「少しは自分の部下を信用しろ」
「そういうつもりではありません。私では役不足だと考えただけです」
「貴官の厳格さは承知している。問題ないと思うぞ?」
「そうだぞ、ツナギ管理官。それに貴官が補いきれない箇所があれば、この私がすかさず支援する。だから心配は無用だ!」
ヒューズに続き、アリスも自分の胸を叩いて笑った。
「……了解しました。最善を尽くします」
ツナギはヒューズとアリスから視線を外すと、小さく息をついた。
「んで、新人その二には、結界破壊後のことを頼む。結界を破壊した瞬間、内部に待ち構えていた敵から強襲を受ける可能性もあるからな。ヒューズ管理官とともに新人その一を援護してやれ」
「わかりました」
オギナが弓を手に、力強く頷いた。
アラタとしてはとても頼もしい。
「では、始めるぞ! 皆、準備にかかれ」
ヒューズの号令を受け、キトラがカイとサテナを引き連れて祭壇の方へ歩いていく。
「ツナギ管理官」
アラタに声をかけられ、ツナギは彼を振り向く。
どこか心配そうに眉根を寄せているツナギに、アラタは微笑んだ。
「ツナギ管理官。どうか、見ていてください」
目を見張ったツナギに向けて、アラタは落ち着いた声音で続ける。
「私の現在を――貴官から多くを学び、少しずつではありますが、管理官として成長してきたつもりです。その成果を、どうしても貴官に見届けていただきたいのです。お願いできますか?」
必ず成功させます、と微笑むアラタに、ツナギはいつもの厳しい表情で頷いた。
「わかった。周囲への配慮は私とアリス管理官に任せろ」
ツナギの手が、アラタの肩に触れる。
「貴官の成果の全て、私に見せてくれ」
「はい! 頑張ります!」
ツナギの激励に、アラタは満面に笑顔を浮かべて返事をした。
「よし、各員、準備はいいか?」
祭壇の左右に長杖を構えたサテナとカイが佇み、カイの傍らにキトラが控える。
アリスとツナギは神殿の端に対面で立つ形で控え、アラタが部屋の中央に立つ。その少し後ろでヒューズとオギナが武器を手に待機している。さらにその後ろでは短杖を手に表情を引き締めたジツがヒューズの号令を待っていた。
「アリス、ツナギ管理官! 結界の構築を開始してくれ!」
「任せろ!」
「了解」
アリスが長杖を掲げ、ツナギが己の胸の前で鉄籠手に装着された刃を合わせた。
魔法陣が二人の足元に展開する。
「管理官権限執行」
「守護結界」
二人が管理官権限を執行し、神殿全体を隔離領域で覆った。
「二人とも、新人その一が突っ込んだらそこから干渉しろ」
キトラの指示に、カイとサテナが頷き、長杖を掲げた。
「アラタ管理官、貴官の行けるときに執行を。ジツ管理官、アラタ管理官に合わせて冷却魔法の付与を頼む」
「はい!」
ジツの返事を背に聞きながら、アラタはそっと目を閉じた。
管理官権限によって分析した己の魔力の流れを誘導する。
集まる熱を意識しながら、アラタは目を開いた。
その黒い双眸が、鮮やかな紅に染まる。
「では、行きます」
アラタは双剣を鞘から抜かずに、両手を虚空に突き出した。
己の中に流れる熱を両手のひらに集める。
目の前で、炎が爆ぜるように燃え上がった。
――離れていても友とともに在れるよう、我の加護をお前に刻もう。
そう言って己の炎をアラタに託した友の姿を、脳裏で思い描く。
エヴォル……お前からもらった加護で、今度こそ『俺』が君を助ける。
アラタは虚空に燃え上がる炎を掴んだ。竜を象る双剣がアラタの手に収まる。
全身に炎を纏わせたまま、狙いをキトラから指示された虚空へ定めた。
アラタが駆け出したのと、ヒューズが声を上げたのは同時だった。
「ジツ管理官!」
ジツが短杖を頭上へ掲げた。
「管理官権限執行、耐熱冷却!」
アラタは全身に炎を纏わせ、双剣を虚空に向けて振り下ろす。
見えない壁とアラタの炎が正面からぶつかる。
「二人とも、今だ!」
キトラの合図に、カイとサテナも長杖の先端に魔法陣を展開する。
「管理官権限執行」
「空間干渉!」
二人がアラタによって乱された魔法壁へ干渉を開始する。すると、アラタの双剣を押し返していた力がわずかに弱まった。
「管理官権限執行、能力向上!」
アラタは己に補助魔法をかけると、両手に握った双剣へ魔力を炎に変えて注ぎ込む。
「神竜の業火は、あらゆる不浄を焼き尽くす!」
アラタは暴れる熱を一点へ集中させた。目の前の虚空に、大きな亀裂が生じる。
「砕けろぉおおぉっ!」
アラタの怒号とともに、炎が魔法壁を突き破った。
神竜エヴォルの住む神殿の空間に巨大な穴が出現する。暗く淀んだ闇が、アラタたちの前に立ち塞がっていた。
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