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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-13「キトラの助言」

 神竜の住む神殿、その最奥にたどり着いた途端、アラタは唇を噛み締めた。

 頑強に設えられた石の祭壇と柱、ただ広い空間で頭上に開いた穴から狭い空が見えている。一部融解している柱がある以外、懐かしい光景が目の前に広がっていた。ただ紅の神竜(とも)の姿だけがそこにはなかった。

 しかし、アラタは己の中で激しく脈打つ心臓を意識する。思わず胸を押さえた。

 エヴォルは、まだここにいる。

 そんな確信が、アラタの中にはあった。

 ひどく微かで頼りないが、エヴォルの気配が細い糸のように伸びて、アラタの意識をしきりに引っ張っていく。

「あれからずっと……ここにいたんだな」

 胸が潰れる想いで呟く。

 アラタがこの世界で生きていた頃とまったく変わっていない光景に、憤りすら覚える。急いで友のもとへ駆けつけねばならない。そんな焦燥に駆られる心を、アラタは必死に落ち着ける。

 落ち着け……今の俺は「管理官」のアラタだ。

 胸の内で何度も呟く。それでも、言葉にならない様々な思いがアラタの中を駆け巡り、己の精神を蝕んだ。

「アラタ管理官」

 ツナギの声にアラタは顔を上げた。傍らに佇む上司に振り向く。

「ツナギ管理官……」

「神竜は、必ず我々の手で助け出す。今は目の前のことに集中しろ。()()()()()()()に引きずられるな」

「っ……はい」

 アラタは深く呼吸を繰り返すと、ツナギの目を見つめて頷いた。

「カイ、魔力探査を頼む。サテナは転移形跡を探れ」

「了解」

「はぁい」

 ヒューズの指示に、二人は同時に長杖を構えた。


「その必要はねぇよ」


 そんな二人に声をかけたのは、紫苑の花を思わせる色の左目を開いたキトラだった。その眉間に深いしわを刻み、険しい表情を浮かべている。

「キトラ管理官……何か痕跡を見つけたのですか?」

 いつの間にキエラと入れ替わったのか。

 ヒューズも若干驚いた様子だったが、すぐさまキトラに尋ねる。

「痕跡も何も……目の前にあるぞ、()()()

 キトラはそう言って、普段エヴォルが寝そべっている祭壇を指差した。

「管理官権限執行、魔力探査!」

 その場にいる全員が瞳に魔力を宿し、キトラの指示した先を睨む。

 しかし、そこには何の変哲もない空間が広がるばかりだった。

「キトラ管理官……貴官の『目』が確かなのは異世界シャルタの一件で理解している。しかし、我々の目には、この場には何も――」

「あー、こりゃ隠蔽のために使っている(ぶつ)が問題だな」

 戸惑うヒューズに、キトラは後頭部を掻きながら苦い顔で呟いた。

「その異世界シャルタと同じだ。俺の目に見えんのは()()()()()なんだよ。つまり、連中は神竜をグロナロスの外へ連れ出したんじゃなく、女神や俺たちの目から()()()()()だけなんだ」

「っ!? じゃあ、目の前に連中がいるのか!?」

「嬢ちゃんよ、さっきからそう言ってるだろ」

 アリスの言葉に、キトラは変わらぬ態度で応じる。

「あの境界域と同じ原理というわけですね。亜空間を形成し、アヴァリュラスの防壁の欠片を依り代に使用することでその隠蔽能力を強化した……」

 オギナが虚空を睨み、その背後でツナギも険しい表情で唸る。

「アヴァリュラスの永獄は魔王を封じるため、異世界間連合に加盟した神々が空間ごと隔離するために生み出した防壁で覆われている。その防御能力はもちろんのこと、何人(なんびと)もアヴァリュラスの領域へ立ち入れぬようあらゆる隠蔽や阻害魔法も付与されている。女神の目を欺き、我々にも認識を阻害するにはうってつけの道具だ……」

 ツナギはギリッと歯噛みした。

 サテナがお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。

「それってかなりまずいねぇ。キミラ管理官がいるとはいえ、俺たちが認識できないんじゃ……今後の捜索でも効率が悪すぎる」

「キミラ管理官じゃなくキトラ管理官な。アヴァリュラスの防壁の欠片がここにも使われているなんて、一体連中はどういった経路(ルート)で手に入れているんだ?」

 サテナの後に、カイが苦い顔で呟く。アラタはキトラに詰め寄った。

「キトラ管理官、どうにかして中へ入る方法はありませんか!? こうしている間にも、エヴォ……神竜がどのような状況になっているか……」

 必死なアラタの表情を見つめ、キトラは目を細めた。

「手は……ある。そのためにはこの場にいる全員の協力が不可欠だ。特に、新人――お前があの結界をぶっ壊すんだ」

「……どうすればいいですか?」

 表情を引き締めるアラタに、キトラはいったん落ち着けと言わんばかりに片手を上げた。

「ヒューズ管理官、少しばかりこの新人に細かい指示を出す。ちと離れるが、いいか?」

「……承知した」

 ヒューズはキトラの顔を見つめた後、何かを察したように頷いた。

「では、残りの皆はこちらへ。カイ、ナゴミ課長と院長に今までの経緯を報告してくれ。アリスとサテナはもう一度結界の状態を確認。対策を練るにも、管理官権限での探査の限界値は知っておきたい。ツナギ管理官、オギナ管理官は私とともに神殿内に神竜を隠した連中の形跡がないか調べる」

「了解!」

 ヒューズの指示に従い、皆がそれぞれの役割をこなしていく。そんな皆に背を向け、アラタはキトラに連れられて神殿の端へ移動した。

「さて、新人。お前さんには悪ぃが、俺とキエラにも秘密を打ち明けてもらうぜ」

 キトラはそう言うと、左目を細めた。

「お前さん、普通の管理官じゃねぇだろ?」

「……」

 キトラの確認に、アラタはしばし沈黙した。

「はい、私は『転生者』から『管理官』になりました」

 アラタはしっかりと頷いた。

「そういうことか。以前会ったときとだいぶ魔力(雰囲気)に変化があったからな。もしやと思ったんだ」

 キトラはあっさり言うと、続けた。

「今になってその状態っつうことは、院長が判断したんだろ? なら、今俺からお前さんに伝えることは、その魂に刻まれた加護を使って結界(アレ)をぶっ壊せっつうシンプルな指示だ。新人が管理官になった経緯について気になるんだったら、それはこの任務が終わってから問いただせよ、キエラ」

 キトラが後半に呟いた言葉は、キエラに向けられたものだった。そのキトラの配慮に、アラタは目礼で感謝の意を示す。

「キトラ管理官、私は昨日院長に加護の封印を解いていただいたばかりで、どのように己の魂に刻まれた加護を発動させるのか方法がまだわかりません」

 アラタが申し訳ない気持ちで打ち明けると、キトラは少しだけ考えるように虚空を睨んだ。

「それこそ、管理官権限で調べればいいんじゃねぇか?」

「はい?」

 あっけらかんと言ってのけたキトラに、アラタも間の抜けた声をもらす。

「要するに、並列執行だ。管理官権限に『記録照合』があるだろ? あれは異世界間仲介管理院が保有する膨大なデータベースと照合して、執行者が求める関連情報と結びつけて脳内でリスト化するものだ。管理官権限も異世界間連合の神々から借り受けた加護。『記録照合』は管理官が情報を項目に分けて整理するための加護なわけだから、それを使ってお前さんが扱えそうな加護の情報を抽出、整理する。その中から攻撃に特化したものを選択し、管理官権限『適応』を使用して加護の暴走を抑え、お前さんが威力を調節できるようにすればいいんじゃないか? 元・転生者であり、管理官であるお前さんだからこそ、できる芸当だな」

「なるほど……その考えには至りませんでした」

 目を丸くするアラタに、キトラがニッとあくどい笑みを浮かべる。

「だてにお前さんより何百年も長く生きてねぇよ。加護が強くて扱えねぇってんなら、それを管理官権限である程度抑えこんじまえばいい。逆に管理官権限では能力が不足するなら、その分の威力をお前さんの加護で上乗せすりゃあいいんだ。ま、状況に合わせて要領よく使い分ければいいってことだ」

 キトラはアラタの左肩に右手を乗せると、軽く叩いた。

「何でもかんでも全部自分で『制御』しようとするから失敗するんだ。代用できるとこは甘えちまえ。お前さんがそうやって冷静に判断できりゃ、自ずと周囲へ助けを求める瞬間(タイミング)ってのも見えてくる。いくら力があろうと人ひとりができることなんざ、たかが知れてるからな」

「はい、そうですね」

 アラタは表情を綻ばせて首を縦に振った。

 ニシシッと独特な笑い声をもらし、キトラはアラタの肩から手を離した。

「わかったら、お前さんはまず自分がどんな加護を使えるか情報を整理だ。今回はありったけの火力を叩き込むことだけ考えろ。後の補佐は他の連中がする」

「はい!」

 アラタはキトラの言葉に頷くと、目を閉じる。さっそく管理官権限「記録照合」を使って己の状態を脳内で情報整理、リスト化していく。

 しばらくして、目を開いたアラタがキトラを見つめる。

「火炎系の加護を使用します。炎を武器に変えて火力を一点集中させる形で発動させる加護です。現状で私が制御でき、もっとも火力が高い加護はそれしかありません」

「火炎系な。わかった。周囲への影響はどの程度になる?」

「私では判断が難しいですが……この加護はグロナロスの神竜、エヴォルからもらったものなんです」

「……そうか。これが『縁』ってやつか」

 アラタの言葉にキトラは小さく笑って頷いた。そのまま踵を返して、ヒューズたちの方へ歩み寄る。

「おーい、とりあえず、方針がまとまったから集まってくれ!」

 キトラの呼びかけに、ヒューズたちは再び神殿の祭壇前に集合した。

 アラタも気持ちを引き締め、皆のもとへ走り寄った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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