File1-11「一抹の不安」
その日から毎日、アラタと百香は面談のたびに図書室を貸し切って話し合いを続けていた。
「君が最も好いている登場人物はこのセイラという少女だろう?」
アラタは『私が正義よ、跪け愚民ども!!』を手に、百香へ確認してくる。
今二人が話し合っているのは、百香が転生した先で彼女を助けてくれる友人についての希望だった。アラタは百香が生前読んでいた小説の登場人物を参考に、百香の要望をまとめていく。
「容姿は凛とした佇まいで、君の要望とは少し違うが……家柄のせいで対立する間柄でありながら、時折主人公に見せる優しさや気遣いに心を掴まれた。間違っているか?」
「ううんっ、あってる!! そうなの!! セイラは主人公の敵方なのに、すっごい優しくていい子なのっ!! 彼女の婚約者の第一王子まで主人公を好きになっちゃった時なんか、普通なら怒っていいとこなのにさ! セイラは、寂しそうに笑いながらこう言うの! 『確かに、とても悲しいです。けれど、私が好きなのはファロンさまの、あの太陽のように眩しい笑顔なのです。それをもたらしてくれる貴女にお礼を申し上げることこそあれ、恨み言を述べるなど筋違いです』って!! もう、健気で最高っ!! もういっそ私の嫁になって!!」
百香は机を拳でダンダンッと叩きながら力説する。
アラタも百香の意見にしっかりと頷く。
「死の間際の姿も素晴らしかったな。己の家柄、立場をよくよく理解していた。だからこそ、最後まで凜として、堂々と処刑台に上っていた。微笑みを浮かべた彼女が死んだ瞬間だけは、敵味方関係なしに涙を流していた」
「本当にそれっ!! しかも主人公がその後、『彼女こそ、この国が誇る宝そのものだ』って心の中で呟く描写が、二人の立場を超えた友情を描いていて! もう最高!!」
「君の友人にはもってこいの人物だ」
「嫁よ!!」
「いや、それだと趣旨が変わるだろ。せめて親友にしておけ」
その後も二人で文庫本を片手に、白熱したトークを繰り広げる。
「よし、容姿に関する要望は粗方まとまったな。次はこっちだ。この世界では小説のように異世界からやってきた人間を王妃にする風習がある。魔法の文化もあるから、生活に必要な魔法の要求は飲んでもらいやすいはずだ。ただここでは強い者が王になる。相手がイケメンかどうかは二の次だな」
「んじゃパス! イケメンは絶対!!」
「よし、ならこの世界はどうだ? 文化的には西洋風だが、異文化交流が盛んで多種多様な習慣が混在している。すでに大国がひとつで、次期王がイケメンだ。ただこの世界では一夫多妻制が主流だな」
「却下よ、却下! 私以外の女が入り込める隙のある世界なんて嫌っ!!」
「よし、なら次は――」
朝から夕方まで、ひたすら額を突き合わせて話し合う二人。
そんな二人に軽食を運んできた女性職員が困惑していた。
「あの……二人とも、少し休憩したほうが……」
そう声をかけるも、まったく聞こえていない二人は次々とリストを変えてはああでもないこうでもないと叫んでいる。
「お二人の好きにさせてあげましょう」
「園長……」
図書室へ様子を見に来た園長に、女性職員が困った顔を向ける。
園長はむしろ、どこかホッとした様子で言い合う二人を眺めていた。
「あんなに楽しそうにしているんですもの。邪魔しちゃ悪いわ」
園長は微笑ましいと言って、じっと百香とアラタの横顔を見つめる。
「異世界転生仲介課は、よい管理官を得ましたね」
「……そうですね」
女性職員もそっと頷く。
「国が君を取り合う泥沼の展開だが、この世界だとそれは満たせても魔法が使えない。さらには国土の消耗を考えると、国同士の戦争は早期解決が望ましい。なぜなら、統一後に反乱などで瓦解する危険性があるからだ。そういった意味でも、魔法を使えないこの世界を俺は推奨しない」
「えー、せっかくいい条件してるのに。もったいないなぁ……」
アラタはちらりと窓の方へ視線を移す。
周囲は明かりをつけなければならないほど薄暗くなってきていた。
そろそろ道が閉ざされ始めた時刻だろう。
「今日はここまでだな。また明日に、続きを――」
「あ、あのさっ!!」
立ち上がったアラタの袖を、百香が引いた。
「ん?」
アラタは百香が喋り出すのを待つ。
しかし、いくら待っても、彼女からその後の言葉が続かない。
「明日もある。自分の言いたいことが整理できないなら、また明日言えばいい」
「……うん」
力なく頷いた百香の手が、アラタの袖を離した。
「では、また明日」
「うん……また、明日」
図書室の前で、アラタは百香に軽く手を振って中央塔へ急ぐ。
そんな彼の背を、百香は角の向こうに消えるまで見送っていた。
「なんで……」
百香の唇から、言葉がもれた。
「なんで、ここまでしてくれるの?」
彼女の問いに、答えてくれる者はその場にはいなかった。
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