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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-11「女神の執着」

「すべては異世界間連合で貴様らが提出した『アヴァリュラスの欠片』のせいじゃ」

 冷静さを取り戻した女神グロナロスはそう呟いて話を切り出した。

「アレのせいで……さすがのわらわも冷静ではおれんかった。そんなときじゃ、『アヴァリュラスの欠片』を運び込んだ連中がわらわの治める世界に潜伏しておると、()()()()()()()()が訪ねてきおったのは。その連中は確かに『異世界間仲介管理院から参上した』と言っておったわ。わらわはその連中の言葉を信じ、神竜エヴォルを見届け人として事態の早期解決を命じたのじゃ」

 女神グロナロスは忌々しいと言わんばかりに大きく顔を歪めた。

「ああ、わらわの愛しい神竜『孤高の紅(エヴォル)』……今、どこでどうしておるのか。気が気ではおらぬ。ああ、居場所さえわかれば、わらわ自らが出向き、我が寵竜をかどわかした連中に思いつく限りの悲惨な最期を味合わせてやるのにのぅ……」

 女神の双眸に不穏な光が宿る。女神の殺気は御前で跪くアラタたちすら消し去ろうと言わんばかりの圧を宿していた。

「異世界グロナロスの創世神様にお伺いいたします。その白い装束を纏った連中と女神の使徒である御神竜の足跡はどこで途絶えましたか?」

「『孤高の紅(エヴォル)』に与えた神殿じゃ。不思議なことに、わらわの力を使ってどれほど世界の中を見回しておっても、『孤高の紅(エヴォル)』の気配はその神殿に留まっておるのよ。まったく不可解じゃ」

 女神グロナロスの言葉に、アラタたちは一瞬、目を見合わせる。

「そもそも、このような厄介事を引き起こしたのはその(ほう)ら異世界間仲介管理院であろうっ! その方らが転生者なんぞ捨てたばかりに、このような事態になったのじゃ! 我が寵竜にもしものことがあった時は、ただでは済まさぬ!」

「心得てございます。では、この一件を解決するため、御神竜の神殿へ立ち入ることを許可願えますか?」

 激昂する女神グロナロスに対して、ヒューズはどこまでも事務的な口調で返した。

「ふんっ、監視はつけさせてもらう。異邦の者にも寛容なわらわに感謝するのじゃな! わらわからの慈悲を受けたのじゃ! 必ずやこの一件を解決してみせよ! 何の成果もあげられぬとは言わせぬ!」

 ヒューズは深々と頭を下げることで、女神グロナロスの言葉に返答した。

 そのまま、アラタたちは女神の住まう神殿を辞去した。竜人の姿から元に戻ると、アラタたちは魔動二輪を駆ってグロナロスの空を横断する。

「それにしても何、あの女神の態度……」

 移動中、思わずと言った様子でジツが唇を尖らせた。

「女神リシェラノント様とは雲泥の差だよ……」

「ジツ、気持ちはわかるけど、滅多なことは言うもんじゃないよ」

 傍らからオギナが苦笑とともにジツを諭す。

「それにしても……グロナロスは草木が一本も生えていないねぇ」

 眼下の荒れ地を見渡しながらサテナが両手を後頭部で組んでいる。さっそく魔動二輪の自動操縦を活用しているようだ。

「女神グロナロス様は、『綺麗』なものがお好きなんだ」

 アラタは低い声音で呟く。その表情はどこか冷めていた。

「それならなおさら、この場景は『綺麗』とは程遠いと思うけど?」

 サテナが心底から不思議だと言わんばかりにアラタを振り向いた。座席に両手をついて、背をそらす形でアラタを振り返ってくる。

「おい、サテナ管理官。姿勢を正せ。落ち……はしないが、見ていてこちらが落ち着かない」

「姐さんの技術はすごいよねぇー」

 カイの注意を、サテナはさらっと流した。

「女神グロナロスは、『朽ちる』ことを好まないんだ」

 アラタはハンドルを水平に保ったまま、高度計を時折確認する。

「草木は芽吹いた後、やがては花が散り、冬になれば枯草となる。生き物も、生まれた当初は愛らしくとも、やがて成長し、老いる定めだ。女神グロナロスは、それが嫌なんだろう。だから女神は、老いて死んだ後も輝く竜の鱗を重宝している。死んだ竜は皆等しく、鱗を剥がれて女神の神殿の一部に使われているからな」

「あの神殿を覆っていた宝石は、竜の鱗でしたか」

 キエラも右目を丸くして驚きの声を上げた。

「アラタ管理官……随分と詳しいね」

 オギナが怪訝な顔になる。

 アラタの背後でも、ツナギが眉間にしわを寄せていた。

 異世界グロナロスは閉鎖的な世界だ。

 異世界間仲介管理院のデータベースにも、簡単な支配体制以上の情報は記録されていない。当の女神自身が自分の治める世界に部外者が介入してくることを好ましく思っていないため、異世界間仲介管理院としても無理な干渉はせずに必要最低限の転生業務しか行ってこなかったからだ。

 アラタは澄ました顔で答える。

「昨日、院長室に集められただろ? その後、俺は少し残って院長と話す機会があったんだ。そこで色々聞いたんだよ」

「……そうだったんだね」

 オギナはそれだけを言うとあっさり引き下がった。

 勘の鋭いオギナのことだ。現状ではこれ以上踏み込むべきではないと察してくれたのだろう。

 オギナのこういうところに、俺は救われる。

 アラタは胸の内で、友人の心遣いに感謝した。

「おっ、なんか街が見えて来たぞ!」

 前を走行しているアリスがはしゃいだ声を上げる。

 険しい山脈を背にする形で防壁を積んだ、明らかに竜以外の種族が住んでいるだろう建造物が遠目に見えてきた。

 異世界グロナロスで唯一の人間の首都――バルテノアだ。

 アラタは目を細め、唇を噛み締める。

 竜に服従し、神竜の世話役を買って出たことによって女神グロナロスからの迫害を逃れた街であり、その名が意味する『竜の下僕(バルテノア)』は人間がこの世界で生きていくための処世術を表していた。

「……神竜の神殿はもうすぐです。あの山脈の中――最も高いグロナティアス山の内部を削って、神竜の神殿は建造されています」

「山一つを神殿にした住まいかぁ。豪勢というか、豪快っていうか……」

 くすくすと笑うサテナの横で、アラタも小さく笑った。

「神殿の中は広くて複雑らしいですよ。もしかしたら神殿の主である神竜でも迷子になることがあるかもしれませんね」

「あはは、それはちょっと見てみたいね。竜の巨体で迷子ってなかなか可愛いとこあるじゃん?」

「いや、それは世界の頂点に君臨する存在(もの)としてどうなんだ?」

 陽気なサテナとは裏腹に、カイは至極真面目な顔で唸った。

「えぇ、竜だからってみんながみんな威厳あるわけじゃないよぉ。きっと全世界をくまなく探せば、気の小さい竜とか、間抜けな竜の一匹くらいいるって」

「いや、それはそうかもしれんが……なんというか、世界的な竜への認識(あこがれ)を崩してはいけないような気が……」

「ベイってそうやって周囲の目をよく気にするよねぇ? 疲れない?」

「カイだ! サテナ管理官、貴官こそもう少し周囲の目を気にした方がいいと思うのだが? 私は常々思うんだがいい加減に――」

 そこからはいつものサテナとカイの押し問答が繰り広げられた。

 二人の言い合いに、ジツとオギナも思わず笑い声をあげる。アラタも微笑み、沈みがちな己の気持ちを引き上げた。カイには悪いが、アラタとしてはサテナの周囲を巻き込む陽気さは嫌いではない。

「神殿が見えてきた! 降下準備!」

 ヒューズの号令が、山脈の間にこだました。

 グロナティアス山の中腹に、明らかに人工的に作られた踊り場のような場所があった。神竜が空へと飛び立つ際に翼を広げる玄関口だ。

 アラタたちは降下すると、その踊り場に魔動二輪を着地させる。

「さすが竜の体格に合わせた神殿。広いねぇー」

 やっほー、などと神殿の内部に向けて、サテナが唐突に叫んだ。サテナの叫んだ声が神殿内をこだまし、幾層にも跳ね返って聞こえてくる。

「おい、やめないか。遠足じゃないんだぞ! 副隊長からも何とか言って……副隊長?」

 カイが呆れ顔になって、助けを求めるようにアリスを振り返る。

「む……わ、私は違うぞ! 誰かいないか、と神殿の関係者を呼ぼうとしただけなのだぞ!」

 カイの視線がサテナと同じような姿勢をとっているアリスに向く。アリスは顔を真っ赤にして慌てた様子で言った。カイが胡乱な目で己の上司を見下ろしている。

「おい、お前たち。遊んでないで、行くぞ」

 ヒューズがすたすたと歩き出し、ジツが慌てる。

「あ、あの、罠とか危険があるんじゃっ!」

「罠なんて仕掛けないさ。神竜の『鱗』に傷でも付いたら事だからな」

 アラタはあっさり言うと、ヒューズの後に続いて神殿の通路に足を踏み入れる。

 ひんやりと冷たい空気はかび臭く、耳に痛いほどの沈黙が神殿内を覆っていた。

 また、ここに帰って来た。

 アラタは目を細めると、拳を硬く握りしめる。

 静まり返った神殿の闇を睨み、アラタは歩を進めた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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