File6-10「女神グロナロス」
光の道を抜けた先に広がったのは、宝石に囲まれた神殿だった。
豪華絢爛。数多の宝石をふんだんに設えた神殿は魔法で灯された光を受けて乱反射を繰り返している。その反射した光が目を突いて痛みすら感じた。
魔動二輪を操作し、アラタたちが神殿の門へ降り立つと、一匹の竜が出迎えた。
細長い胴体に、申し訳程度の手足がついた竜はアラタたちを品定めするように見つめている。
「無礼者、ここをどこと心得るか! 畏れ多くも偉大なる創世神様が座す神域ぞ!」
グロナロス神の使徒である竜はそう人語を話し、牙を向き出しにして威嚇した。
「私は異世界間仲介管理院、防衛部異世界間防衛軍第一部隊隊長のヒューズと言う! 貴界における偉大なる創世神様より要請を受けて参上した。創世神様への謁見を乞う!」
ヒューズは魔動二輪を下車すると、堂々と使徒の竜に訪いを告げた。
「はんっ、『鱗持ち』でない卑しい者が、創世神様がお会いになるわけがなかろう。それに――」
使徒の竜が視線をアラタに向けた。その両目を鋭く細める。
「邪なる『黒』がおる。我らが世界を穢した卑しい存在と同じ髪と瞳を持っておる……そのような不浄な存在を創世神様のもとへ導くわけにはいかん」
「……」
「ちょっと、いくら女神の使徒だからって無礼にも程があります!」
ジツが身を乗り出した。そんな彼の肩をアラタは無言で掴む。
「ジツ、ありがとう」
「アラタさん……?」
アラタは使徒の竜を見据えたまま、そっと共鳴具に触れた。
そちらがそう来るなら……。
アラタは共鳴具に埋め込まれた宝珠に異世界間特殊事例対策部隊の紋章が浮かび上がったのを確認する。
「管理官権限執行、変身」
アラタの全身を光が包み込む。光が弾けると、アラタの全身は竜種の姿へと変わっていた。全身を紅の鱗が覆い、両手足に鋭い爪を持った竜人の姿である。
「むっ……」
「アラタさん!?」
ジツが驚きの声を上げる。ジツだけでなく、ヒューズたちもアラタの行動に目を丸くしていた。
しかし、周囲の目を気にすることなく、アラタは使徒の竜を真っ直ぐに見つめた。アラタの双眸を前に、使徒の竜がたじろぐ。
「『鱗を纏う者には最大の敬意を』。偉大なるグロナロス神の意向に従う者に、無礼を働くことが使徒としての品位か?」
アラタの落ち着いた声音に、使徒の竜が低く唸った。
「皆、アラタ管理官に倣え」
ツナギの囁きを受け、他の皆も権限を執行してアラタと同じような姿形になった。全身を鱗で覆われた竜人へと変身した皆を前に、使徒の竜が苦い顔になる。
「もう一度告げる。我々は貴界における創世神様の要請で参上した。取次ぎを願いたい」
アラタの凄みに負け、使徒の竜が小さく舌打ちした。
「……しばし、この場にて待て」
使徒の竜はそれだけを言うと、一度神殿の中へ引っ込んでいった。
「へぇ、やるじゃん。ハルイ管理官」
「アラタ管理官だ。なるほど、異世界グロナロスでは竜種が貴ばれているという話だったから、それで竜人の姿になったわけか」
サテナとカイの明るい声に、アラタは小さく頷いておいた。
しかし実際のところは、昔――友人から聞いた言葉を思い出したからだ。
「女神は、真に竜種を愛しているわけではない」
そう言って悲しげに頭を垂れた友の横顔を、かつてのアラタも複雑な表情で眺めていた。
女神グロナロスの竜種に対する執着の実態は、その竜種の全身を覆う「鱗」を愛でる傾向からきている。もともと光物の類に目がない女神グロナロスは生物よりも鉱石が豊富な世界を創造した。しかし、かの女神も「神」である以上、存在し続けるためには「信仰」が不可欠となる。
そこで女神は「生きた宝石」のような民こそ、己が治める世界にふさわしいとして、様々な種族を生み出しては滅ぼしていった。最終的に女神が辿り着いたのが、強い生命力と強さを誇る竜種だっただけなのである。
だが、竜種だけの世界では別の問題も起きた。竜種は基本、長命種である。竜種だけでは女神を支え続けるだけの「信仰」は得られても、世界を維持するために「循環」させるだけの魂が不足していた。そこで妥協的に「人間」を生み出したのだと、エヴォルはかつてのアラタに語ってくれたことがあった。
「我らが偉大なる創造神様がお会いになる。ついてこい」
先程の使徒の竜が戻って来ると、アラタたちに言った。
アラタたちは使徒の案内で神殿の中を進む。
乱反射する神殿の回廊は無限に続く鏡の間のように、アラタたちの像をいくつも映し出す。まるで迷宮に迷い込んだみたい、とオギナが居心地悪そうに呟くのが聞こえた。
不意に案内役の使徒が足を止めた。目を凝らすと両開きの扉のようだ。もはや神殿の壁の一部となって紛れていたために気づくのが遅れた。
「我らが偉大なる創造神様、来訪者を連れてまいりました」
使徒が声をかけるとともに、扉を押し開く。
「遅いぞっ!」
謁見の間に入るなり、興奮気味な金切り声がアラタたちの耳を突いた。
いくつもの歯車や円輪が浮かび、一定の律動で時を刻んでいる。
無数の球体が浮かぶ中で、中央に座した小柄な少女の姿をした女神がつり上がり気味な目をこちらに向けていた。
竜の鱗を思わせるドレスに官能的な薄布で幼い肉体を包む様子は神秘的だが、目元に差した紅や額から生えた二本の角が攻撃的な印象を見る者に与える。
「わらわを待たせるとはいい度胸をしておる! このような状況でわらわの貴重な時間を無駄にするでないわっ!」
「も、申し訳ございません」
使徒が深々と頭を垂れる。頭を下げる使徒の行動すら、今の女神は気に障るらしい。忌々し気に己の使徒を見下ろすと、追い払うように手を動かした。
「ええい、目障りじゃっ! 疾くわらわの目の前より失せよ!」
使徒の竜が頭を下げたまま、そそくさと女神のいる部屋を後にした。
「ああ、もう苛立たしい! 我が愛しい『紅の宝石』が見つからぬ! それもこれも、貴様等のような余所者のせいじゃ!」
女神は怒りの矛先をアラタたちに向けた。
「うわー、完全な八つ当たりじゃん」
サテナが思わずと言った様子で呟く。その脇腹を無言でカイが小突いていた。
「ああ、わらわの愛しい『紅の宝石』……何処に行ってしまったのじゃ。わらわの世界より神竜を奪った罪は重いぞ、異世界間仲介管理院!」
「お言葉ですが、異世界間仲介管理院は貴界における干渉行為を行っておりません」
女神の視線を前にしても動じることなく、ヒューズはまず管理官側の立場を明確にした。
「口答えをするつもりか!」
「不審な点があれば、異世界間連合を経由して問いただしていただいても結構です。今回、貴界における神竜を奪ったのは我らではありません。まずはそこをご理解いただきたい」
ヒューズは朗々と異世界間仲介管理院の立場を示した。
「その上で、我々は貴界における事態を重く受け止め、こうして問題解決のために参上した次第です。我々は事件解決に全力を尽くすとお約束いたしましょう。その上で、どうしても女神さまのご協力が必須となります。どうか我々にご助力いただけますでしょうか」
「……ふんっ!」
ヒューズの断固とした口調に、女神グロナロスもひとまずは納得したようだ。己が座っている球体の上で両手足を組むとふんぞり返ってこちらを見下ろしてくる。
「神々に向けた誓いは絶対じゃ。その言葉を違えたときは貴様の魂を引き裂いてくれる!」
「肝に銘じます」
ヒューズは恭しく頭を垂れた。アラタたちもヒューズに倣った。
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