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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-8「アディヴの『裏』」

 異世界間仲介管理院はその活動拠点を最果ての園アディヴに置いている。

 敷地面積はわずか三九.一五平方メートルと数多ある異世界の中で最小の領土を誇っており、行政を全般に担う異世界間仲介管理院の関連施設のほか、商業地区、生産地区、市街地区を抱えた立派な独立自治世界であった。

 とはいえ、その狭い土地問題は切実で、管理官養成学校の設置に際しても広大な敷地を確保することができず、頭を悩ませる問題であった。そこで異世界間仲介管理院二代目院長は異世界間連合に対し、大胆とも言える提案を行った。


「『表』が過密状態なら、『裏』に施設を作ればいいのではないかね?」


 後に、同一世界軸線内における空間変換法と呼ばれる提案である。

 アディヴには神々の神域同様、「時」の概念が存在しなかった。今でこそ異世界の神々とのやり取りを行う上で必要に迫られるため、異世界間連合が定める時間計算方法に準じているが、もともとアディヴの地に「過去」も「未来」も存在しない。神々が住まう神域同様、並行世界軸線というものが存在しない独立した空間なのである。

 そこで二代目院長は管理官養成学校の敷地問題に空間変換法を適用し、土地の獲得を行ったのだ。それは例えると硬貨(コイン)の表と裏である。異世界間仲介管理院の主要施設等が設置されている側を「表」とするならば、管理官養成学校などの教育・研究機関を「裏」に設置したというわけだ。そうして双方への行き来を、先程の玄関口(ゲート)と呼ばれる場所から行っているというわけである。

 厳密に言えば、これも立派な「転移」とも呼べなくはないだろう。だが、世界軸線の中を人為的に「道」という穴を作り出して行き来しているわけではないので、異世界間仲介管理院では管理官養成学校への行き来を「転移」とは区別している。

「うわー、懐かしい!」

 ジツがはしゃいだ様子で森の中に整備された歩道を進む。魔力石で作られた歩道や外灯には害獣除けの魔法が付与されており、獣の影どころか空を飛ぶ鳥ですら姿が見えず、時折遠くでさえずりを耳にする程度だった。

「この広大な森林帯の景色、まさかまた見ることになるとは思わなかったよ」

 オギナも懐かしそうに目を細めた。アラタも無言で頷く。

 野鳥のさえずりが飛び交い、道の「光」を受けて木々が地上に木漏れ日を落とす中を三人は進んでいく。

 最果ての園アディヴで生まれた者は十八歳になると、玄関口を通って管理官養成学校へ入学する。学生のうちは勝手に玄関口から「表」へ行くことができないため、学生たちが勉学に集中できる環境であることは断言できた。

 森林の中を続く長い歩道を抜けると、正面に巨大な滝が見えてきた。

 幅約三千五百メートル、高さ百メートルにも及ぶ「防壁の滝(バリア・フォールズ)」である。

 その中心に浮いた島に建設されたのが学園都市「輝く未来(アディヴ)」――管理官養成学校の校舎群である。

 勢いよく流れ落ちる滝のしぶきを受け、養成学校の校舎群はその滑らかな白い壁面を陽光の中で輝かせていた。空へと伸びる尖塔の屋根には黒い西洋瓦が使用されており、学園都市の周囲を浮いている魔力石が重力や天候などの環境を制御している。中央の巨大な浮島を囲むように四方小さな浮島が点在し、浮島間をつなぐ石橋がいくつも伸びていた。小さな浮島には学生寮や小さな商業地区が立ち並んでおり、アラタはその街並みを見つめながら学生時代に馴染みとなった店が今もやっているだろうかと遠い記憶に思いを馳せた。

「学生の頃は、管理官になることばかりを目指していました。でも、管理官になってからまさかこんな大役を任せられる立場になるなんて思ってもいませんでした」

 ジツのしみじみとした呟きに、オギナとアラタが彼の背を見つめる。

「やっぱり、怖い?」

 オギナの問いかけに、振り向いたジツは笑顔で首を振る。

「なんかもう、お二人と行動していると怖いって思う暇もないくらいですよ。装備部で事務室に忍び込んだ時とか、今思い出すと何であんなことで怖いなんて感じたんだろうって思います」

「ははは、頼もしいな」

 アラタは噴き出し、オギナは共鳴具に触れて現在位置を確かめている。そのまま、オギナが防壁の滝の方を指さした。

「第五方陣はこの奥だよ。この滝の上流に大きな湖があって、その近くに設置された神殿の中だ」

「……飛んでいきません?」

 防壁の滝を見上げるなり、ジツが早くも歩いていくことを断念した。情けない顔でアラタとオギナに提案してくる。二人も思わず苦笑した。

「普段ならこれも訓練の一環だよー、って言うのが先輩として正しい意見なんだろうけど……」

「異世界間特殊事例対策部隊の紋章を発動させた際の効力も確かめておきたいな。本当に権限管理課の監視が外れるのか、気になる」

 オギナがアラタに振り向き、アラタは己の腕にはめた共鳴具を見下ろしている。

「さっそく、やってみましょうか!」

 三人は共鳴具をはめた腕を突き出す。共鳴具に埋め込まれた宝珠が「交差する道と翼、中央に差し込まれた剣」の紋章を刻んだ。


「管理官権限執行」

「飛行」

「推進力増強」


 三人は権限を執行し、空へと浮き上がる。

 一気に二百メートルほど上昇し、防壁の滝を見下ろした。

「すごい! 本当に管理部へ執行要請しなくても執行できたっ!」

 ジツが喜色満面にはしゃいだ。

 管理官権限はその乱用を防ぐべく、任務や有事を除いた執行には必ず管理部の権限管理課へ執行申請を行うことになっている。今、アラタたち三人が扱う権限も例外ではなく、通常であれば執行申請をせずに権限を発動させることはできない。共鳴具からも警告を受け、規約違反した管理官の情報は共鳴具を通して権限管理課の知ることとなる。規約違反をした管理官は、後日上層部へ提出する始末書の他に、管理部権限管理課が行う権限の扱いに関する研修などを受講しなければならない。

 この研修がまさに地獄だ、ともっぱらの噂だ。

「院長の話を疑っていたわけではないけれど……なんだか実感が持てたよ」

「そうだな」

 オギナの呟きに、アラタも頷く。

 三人は防壁の滝を超え、上流を目指す。

 オギナが先導し、アラタとジツがその後に続いた。

 眼下に流れる川がだんだんその幅を細めていき、連なる山々がアラタたちの目の前に聳え立った。その山々の間、谷間を縫うようにして進むと、景色が開けた。広大な湖面が上空の道の「光」を反射して輝く。

 澄んだ瑠璃色の水をたたえた湖を背に設けられた神殿が、アラタたちを出迎えた。白い壁に黒い西洋瓦の屋根という、管理官養成学校の校舎群と同じ造りをしている。

「ふふふ、この神殿を前にすると入学式を思い出すね。あ、そう言えば、アラタは入学式に遅れてきたから、三代目院長の挨拶には間に合わなかったんだっけ?」

「……ああ」

 アラタは苦い顔でそっと目を伏せる。

 確かに、第一印象は最悪だよな……。

 昨日、院長室で言葉を交わしたマコトの顔を思い出してアラタは項垂れた。

 アラタが管理官養成学校に入学した当時、マコトは異世界間仲介管理院の三代目院長に就任したばかりだった。もしかしたら、先代が己に託した若者がどんな人物なのか、様子を見ようと考えていたかもしれない。その肝心の若者が、入学式を無断欠席するような男では、不信感を抱いても仕方がないだろう。入学式が終わった後、一度は失神した校長がアラタを校長室に呼び出してひどく叱りつけたのも道理だ。そんな事情を知らなかった当時のアラタとしては校長への反発心しかわかなかったが、今ならアラタも当時の己を殴ってやりたい心地だった。

 アラタはハッと顔を上げる。

 入学式の後も、養成学校でのアラタの行動は逐次マコトの耳に届いていたかもしれない。その可能性に今更ながら思い至ったアラタはサッと顔を青ざめた。マコトに対する罪悪感がアラタに襲いかかり、穴にでも入りたい気持ちになる。

「あの、アラタさん……大丈夫ですか? 顔色、ものすごく悪そうですけど……」

「……気にしないでくれ。過去の自分を呪っているだけだ」

「はぁ……そうですか」

 頭を抱えて唸るアラタを見て、ジツが戸惑っている。

「アラタ、過去を悔いているところ悪いけど、そろそろ下りるよ?」

「お前……わざと言ってるだろ」

 満面の笑顔で声をかけてくるオギナに、アラタは恨みがましい目を向けた。

 三人が神殿の傍に着地すると、腕にはめた共鳴具がわずかな反応を示した。すると、重厚な両開きの扉が内側へ開かれる。事前に魔力を感知して対象者を招き入れるようにしてあったのだろう。

 神殿の中へ入ると、天井の高い玄関広間があり、そこから長い回廊を抜けて第五方陣が設置された広い空間に出る。そこにはすでに見知った顔ぶれが佇んでいた。

「あ、おはよう~、クルト管理官、デルト管理官、ジャイ管理官」

「順にアラタ管理官、オギナ管理官、ジツ管理官だろ。おはよう、三人とも」

 さっそくサテナの名前間違いに修正を入れ、カイが三人に挨拶を寄越す。

「おはようございます、サテナ管理官、カイ管理官」

 アラタは苦笑とともにサテナとカイに挨拶を返す。

「今日もサテナ管理官は絶好調のようですね」

 声を聞きつけたキエラも、アラタたちの傍に歩み寄って来る。

「それに比べて、アラタ管理官には疲労の色が伺えます。何かありましたか?」

「大丈夫です。というか、あの、できればそっとしておいていただけると助かります」

 小さく首を傾げるキエラに、アラタは苦い笑みを浮かべて言った。

「ご心配、痛み入ります、キエラ管理官。ですが、本人が言うように大丈夫ですよ。アラタ管理官は学生時代の黒歴史を思い出しただけのようです」

「なるほど、それは大変ですね。誰にでも若い頃の過ちはあるものです。それを人間世界では『青春』や『若気の至り』と呼ぶそうです。気にすることはありませんよ、アラタ管理官」

「あ、いえ、キエラ管理官、違うんです。おい、オギナ管理官! 人聞きの悪いことをキエラ管理官に吹き込むな――っと、わっ!?」

 キエラに耳打ちするオギナを、アラタが睨みつけているとサテナが唐突にアラタの肩に腕を回してきた。

「サテナ管理官!? 何ですか、いきなり――」

「理由、それだけじゃないでしょー? アララ管理官、()()()()()()みたいだしねぇ~」

 アラタの肩に腕を回したサテナが目を鋭く細め、囁いた。ある意味予想通りのサテナの反応に、アラタも冷静になる。

 この男の目を誤魔化すとなると相当骨を折らねばならないだろう。

「私の名前はアラタです。できればその話は任務の後にお願いします。私だって、()()()()()()()()()()()()()()()()のは最近のことなんです」

「へぇ……そうなの。君は本当に難儀な運命(ほし)の下に在るらしいねぇ」

 アラタは正直に今の自分の状況を口にした。そんなアラタの主張を受け、サテナはしばしアラタの横顔を観察している。

「わかったよ。俺もクルル管理官に嫌われたくないからね! でも、同じ任務をこなす仲間になったんだから、隠し事はしてほしくないなぁ」

 パッとアラタを解放したサテナは、白い歯を見せて悪戯っぽく笑った。

 そんなサテナの笑顔を前に、アラタも安堵したように微笑む。

「アラタです。ありがとうございます、サテナ管理官」

 アラタは心からの感謝を込めてサテナに礼を述べた。

「ど~いたしまして!」

 アラタとサテナの奇妙なやり取りに、カイとオギナ、キエラは不思議そうな顔で互いに顔を見合わせている。

 ジツだけがどこか複雑な表情で、アラタとサテナの様子を遠巻きに眺めていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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