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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-7「アラタの一歩」

 荒廃した大地を見る度に、感じるのは耐えがたい「ひもじさ」だった。

 時折空を過る竜の飛影に怯え、飢えを満たすために草木も生えない土地を彷徨い歩く。地面を掘っても、出てくるのは色とりどりの宝石ばかりだった。

 陽の光を浴びて輝くそれらを忌々し気に見下ろす。

 グロナロスでは、水や草木よりも宝石や鉱石が溢れる世界だった。女神の加護を受けている竜種ならば、グロナロスの大気を己の活力に変えることができるため、飢餓に苦しむことはない。下手をすれば千年以上飲食をせずとも生きることができると言われている。

 しかし、人間(ひと)は違った。

 何か動く(もの)はないかと、周囲を見回す。

 動物でも、小さな虫でもいい。とにかく食べられるものを見つけるべく、棒のような足を引きずった。

 持ち合わせていた矜持も、空腹の前では数秒で消え失せた。

「……今からでも、村に戻るべきだろうか」

 虚ろな目で巻き上がる砂塵を見つめながら、弱音をこぼした。

 村に戻れば、一口くらい食料を口にすることはできる。

 グッと唇を噛み締める。この期に及んでも、それを拒絶する自分がいた。

 自分でも不思議だが、まるで自分の心の奥底が「それは嫌だ」と叫ぶような気がしたのだ。

 それに、戻れば次は――『自分』だ。

 痛む足を引きずり、前に進むしかなかった。

 今頃は村の皆に自分が逃げ出したことが知られているかもしれない。

 グッと唇を引き結ぶ。

 十二歳になると、村の者は全員「支給品」と呼ばれる食材の加工に駆り出される。そこで目にした現実を、どうしても受け入れることができなかった。

 どうせ戻っても……村から逃げ出した罪状で今度は己が村の連中の『食料』にされてしまう。

 もう、前に進むしかなかった。

「こんなの……嫌だ」

 乾いた唇でかすれた声をもらし、天を仰ぐ。

 憎悪を滲ませた目を、自分をちっぽけな虫けらのように見下ろす女神が座すであろう(そら)へ向けた。


「こんな世界は――間違ってる!」


 かすれて微かな悲鳴が、グロナロスの大地に落ちた。


 自室のベッドで目を覚ましたアラタはむくりと上体を起こした。

「……」

 腕で額に浮いた汗を拭う。そこで自分の腕をじっと見下ろした。しっかりと肉がつき、手のひらには長年にわたって剣を振るってできた肉刺ができている。記憶の中で見た、手折れてしまうほどやせ細った腕とはかけ離れていた。

「ああ……過去(ゆめ)で、よかった……本当に」

 アラタは大きく息を吐くと、ぎゅっと拳を握りしめた。

 身支度を整えると、己の部屋を出た。

 一拍遅れて、隣室の扉も開かれてオギナが顔を出す。

「オギナ、おはよう」

「おはよう、アラタ。ちょうどよかった。どうせなら一緒に行こうと誘おうと思っていたところだよ」

 オギナが笑顔を浮かべて言った。

 その笑顔に、アラタもつられるように笑みを浮かべる。

「ジツにも連絡を入れてね。玄関口(ゲート)で待ち合わせしているんだ」

「そうか。それならあまり遅くなったら悪いな」

 アラタは頷くと、オギナとともに寮を出た。

 大通りに出ると、異世界間仲介管理院の門を背に南下する。

「まさか、また養成学校に行くことになるとは思わなかったよ」

「正確には第五方陣前だけどな。とはいえ、懐かしいな」

 アラタは表情を緩めた。

 朝方にナゴミから届いていた命令書の中で、今後「異世界間特殊事例対策部隊」として活動する際は第五方陣を活用する旨が記されていた。

 管理官になるために五百年以上を過ごしてきた場所だ。正直、親の実家よりも愛着がある。

「養成学校の学生の時は、よく二人で朝早くに起きて自主練していたね。あの場所、まだ残っているかな?」

「さぁ、森の中だし、大丈夫だとは思うが……」

 少しばかり考える素振りを見せ、アラタは微笑む。

「案外、後輩の誰かが見つけて使っているかもしれないぞ?」

「あり得るね。あの場所を見つけたアラタも、最初、誰かが使っていたみたいだって言ってたし」

「アラタさん、オギナさん! おはようございます!」

 ジツがアラタとオギナに向けて手を振って来る。南の端、巨大な魔法陣が描かれた玄関口(ゲート)にたどり着くとそこにはすでにジツが二人を待っていた。

「ジツ、おはよう」

「おはよう、ジツ。お待たせ」

 アラタとオギナがジツに声をかける。

 ジツは満面に笑みを浮かべて首を横に振った。

「僕もちょうどついたところでしたから……あれ?」

 ジツはアラタに振り向くと、目を見開いた。

 アラタの顔を、驚いた表情で凝視している。

「どうかしたのか、ジツ? 俺の顔に何かついているのか?」

 不審に思ったアラタが尋ねれば、ジツはどこか慌てた様子でアラタの額を指さした。

「だって、アラタさん、額……」

「額?」

 オギナが確認するようにアラタの額を覗き込む。前髪を掻き上げて怪我がないか確認しているが、特に異常があるようには見られなかった。

「あ、い、いえ、何でもないです……見間違い、だったようです」

 ジツはそれだけ言うと、押し黙ってしまった。

「ジツ、もしかして緊張しすぎてあまり寝てないでしょ?」

「いえ、そんなことは……」

「ジツ、気持ちはわかるが今後のことを思うと任務のたびにそれじゃ、お前の精神衛生的にもよくないだろう。もう少し、こういった状況に慣れた方が良い」

 アラタもオギナに便乗する形でジツに言った。アラタがジツを気遣うと、ジツはどこかもどかしそうに唇の開閉を繰り返している。まるで言いたいことはそうじゃないと言わんばかりに、頭を掻きむしった後、大きく肩を落としてため息をついた。

「はい、努力します……」

「大丈夫、俺やアラタもいるんだし、三人でがんばろう」

 肩を落としたジツをオギナが慰める。その横で、アラタはそっと目を細めた。

 やっぱり、勘付かれたのだろうか。

 サテナほどではないにしても、ジツも鋭い感覚を持っている。アラタの中で起こった細やかな変化を直感で察した可能性が高い。

 笑い合うオギナとジツを見つめ、アラタは小さく息をついた。

 いつか、二人にも己が「転生者」であったことを知られる日が来るだろう。

 これからともに過酷な任務をこなしていくのだ。

 ましてや、今回任務に赴く世界は()()グロナロスである。

 エヴォルを見捨てるわけにはいかない――今度こそ、恩竜(かれ)を助ける。

 アラタは強い決意を胸に、談笑している二人の背を見つめた。口元に薄っすらと笑みを浮かべる。

 二か月前に、オギナから投げかけられた言葉を改めて思い出す。


 ――アラタ、君が君であろうとする限り、俺は君を見捨てたりしないよ。


 きっとオギナもジツも、驚きこそすれ「転生者」であったアラタを受け入れてくれるだろう。そんな根拠のない確信が今のアラタの中にはあった。とはいえ、重要な任務を控えている今、その話を切り出すことは戸惑われた。

 この任務が無事に終わったら――

「アラタ、そろそろ行こうか」

「……ああ、そうだな」

 振り返って声をかけてきたオギナに、アラタは頷いた。

 玄関口の上に立ったオギナとジツに続き、アラタも魔法陣の上に足を踏み入れる。

 煉瓦を重ねて舗装された通りとは違い、玄関口に使われているのは魔力石だ。

 アラタたち三人は共鳴具に触れる。三人の共鳴具に反応し、足元の魔法陣が光を放った。

「養成学校の敷地への入場申請を開始」

 オギナが呟くと、三人の共鳴具が異世界間特殊事例対策部隊の紋章を虚空に映し出した。アラタは虚空に浮かぶ紋章を見つめ、オギナとジツの二人と肩を並べた。


 この任務が無事に終わったら、オギナとジツに「転生者」であった過去を話そう。


 アラタは手首にはめた共鳴具を撫でると、強く握りしめた。

「大丈夫、俺は俺だ」

 アラタの呟きは魔法陣の光に溶けて消える。

 遠目に見えていた異世界間仲介管理院の荘厳な門や、大通りを挟んだ街並みの像が大きく歪む。やがて、アラタたちは森の中に整備された歩道と魔力石を埋め込んだ外灯が等間隔に設置された景色の中へと降り立った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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