File6-6「封印解除」
「そんなことをして、大丈夫なのですか?」
マコトの言葉に、アラタは目を見開いた。
「何も今すぐすべての封印を解くわけではない」
マコトは目を細め、アラタに言い聞かせるように続けた。
「先程も話したが、すべての封印を一度に解いてしまうと、貴官の魂に刻まれた加護が現在の貴官の人格を飲み込み、『魔王化』する危険がある。何より、封印を解けばそれに引きずられる形で貴官の『転生者としての記憶』も蘇ることになるだろう。私としてもできる限り、貴官への心理的な負担は減らしたい」
マコトは慎重に言葉を選んでいるようだ。ふと考えるような仕草をする。
「今、貴官の魂に施した封印は、例えるならばその魂に刻まれた記憶と能力を一つの布で覆い隠している状態のようなものだ。これから私が行う封印の解除方法は、貴官の魂を覆う布に小さな穴を開け、徐々に中身を意識の表層へと落とし込んでいくというやり方だ」
一度に多くの記憶や加護を解放すればアラタの魂が壊れてしまう。しかし、少量ずつの加護や記憶を魂に馴染ませながら解放していけば、アラタへの負担も少なくて済むだろうとマコトは考えたようだ。
「なるほど……」
アラタも納得した顔で頷く。
「無論、貴官が現状を望むというなら無理強いはしない。しかし、境界域で接触してきたアルファと名乗る男、そしてその仲間たちは貴官が所持している『加護』を狙っている可能性が高い。かの実験施設でも神々の加護への譲渡に関する研究データもあった。貴官を守るために施した封印が、逆に貴官の身を危険に晒すようなことがあってはならない」
マコトの言葉に、アラタも頷いた。
「今のままでは、私はアルファに太刀打ちできません。境界域で……その事実を突きつけられました」
アラタは顔を僅かに曇らせる。マコトは左手をアラタの肩にそっと置いた。
「だからこそ、貴官が存分に力を振るえるよう、私も支援を惜しまん。我々が貴官を頼るように、貴官もまた、遠慮なく我々に助力を求めてくれ」
「ありがとうございます、院長」
微笑むアラタに、マコトも頷いて応える。
「では、始めよう。封印術式を組み替えての解除だ。貴官の負担にならぬよう配慮はしたいが……どうしても痛みや苦しさを伴うだろう。どうか、耐えてくれ」
「はい、お願いいたします」
マコトが左手を下ろすと、右手の指先でアラタの額に触れた。
アラタはそっと目を閉じる。
触れられた額から熱が生じた。最初はぬくもり程度だったそれが、徐々にその熱を強めていく。
やがて、アラタの頭に激痛が走った。次いで、全身が沸騰するような熱さに襲われる。
「うぅ……あ……」
顔を大きく歪めて呻くアラタに、マコトも額に汗をにじませながら慎重に術式を組み替えていく。
「もう少し、耐えてくれ」
マコトの言葉を聞きながら、アラタは全身を駆け巡る力に飲まれまいと必死で歯を食いしばる。それでも暴れる熱量に、アラタの意識は何度も飛びかけた。
このままでは死んでしまう……。
アラタは恐怖に身をすくませる。
そこへ、カチリ、と自分の中で何かが切り替わったような感覚が伝わった。
アラタの頭の中に、幾万の世界の景色、人々の顔や声が駆け巡っていく。
己の記憶がどんどん薄れていき、脳内を駆け巡る映像に吐き気が込み上げてくる。押し寄せる情報の波に、アラタが耐え切れずに声を張り上げたときだった。
――折れるな、友よ。
低く、どこか必死な声が記憶の中から呼びかけてきた。
アラタは我に返ったように目を見開く。
すると全身を襲っていた痛みが驚くほど引いていった。
「っ……」
ぐらりと傾くアラタの身体を、マコトの腕が支える。
「アラタ管理官、私の声が聞こえるか?」
「は、はい……」
訓練で何百周も走り終えた後のような疲労感がアラタを襲った。
アラタの荒い呼吸が整うのを待って、マコトは口を開いた。
「体の調子はどうだ? 違和感はあるか?」
マコトの確認に、アラタは顔を上げた。礼とともにマコトから離れると、アラタは自分の手のひらを見つめる。
見た目はとくに変わった様子はない。ただ、以前よりも体を覆う魔力が強まった気がした。
「……以前より、力がみなぎっている感覚がします」
アラタが呆然と呟く。マコトもホッと安堵した様子で息をついた。
「そうだろうな。私から見ても、貴官の魔力は安定している」
マコトは小さく笑った。しかしすぐに表情を引き締める。
「術式の組み換えは終わった。これから徐々に力も強まってくるだろう。そうなれば貴官は管理官権限のみならず、己の魂に刻まれた加護も使用することができるようになるはずだ」
マコトの言葉に、アラタも居住まいを正した。
「後は貴官次第だ。力に飲まれぬよう、己の魂に刻まれた加護を御せるようにこれからも強くならねばならない」
「はい……今後も絶えず、修練に励みます」
アラタの言葉に、マコトは頷いた。
「何か気がかりなことや不安に思ったことはすぐにでも私に相談してほしい。貴官の意に沿えるよう、できるかぎりの手段は講じよう」
「お心遣い、痛み入ります」
アラタはマコトの言葉に管理官敬礼とともに答えた。
「では、部屋まで送ろう。明日の任務、貴官の活躍を期待している」
そう言って、マコトは右手の中指にはめた共鳴具を掲げた。
アラタの足元に魔法陣が展開する。視界が歪み、再び像が形を整えていくと、アラタは見知った己の部屋に佇んでいた。
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