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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-5「マコトの決断」

 室内にはマコトとアラタの二人だけが残った。

 奇妙な沈黙に、アラタは複雑な表情でマコトが言葉を発するのを待つ。

 まさかいきなり異世界間仲介管理院の院長(トップ)と二人きりで話す状況になるなど、予想もしていなかった。


「私が三代目院長として就任したのは、今から六百年前のことだ」


 マコトは静かに切り出した。僅かに目を伏せる。

「三代目院長に就任するにあたって、私は先代より、ある一人の若者のことを託された。その若者が養成学校を卒業し、無事に管理官試験を合格したならば、他の者たち同様『管理官』として任命するように。そう、先代より命じられていた」

 スッと視線を上げたマコトを前に、アラタは思わず息を止めた。己の鼓動が耳元で聞こえてきそうだ。顔を強張らせているアラタを見据え、マコトはどこか遠くを見るような眼差しになる。

「最初は、先代の考えが理解できなかった。管理官になることができるのは、神々――世界との繋がりを持たない『無垢なる者』でなければならない。私は二代目が受け入れた『転生者』を『管理官』とすることに、長らく疑念を抱いていた」

「……ならば、何故――」

 アラタは、無礼を承知で言葉を紡いだ。


「何故……『転生者』だった私を管理官に任命したのですか?」


 緊張した面持ちのアラタを前にしても、マコトの態度は変わらなかった。どこか達観したような、感情の起伏のない穏やかな様子だった。

「貴官の存在がこの危機的状況を打破する鍵だと、私も理解したからだ」

 マコトは落ち着いた声音のまま続ける。

「もっとも、私が先代の意図を察することができたのはつい最近のことだ。異世界間仲介管理院内で再び引き起こされた転生者遺棄事件、その被害者たる転生者を保護する過程で遭遇した例の『鬼』がきっかけだった」

 アラタは口を閉ざし、マコトの話に耳を傾ける。

「異世界間連合の神々による水面下の干渉のみならず、世界にとっても脅威となる『アルファ』と名乗る男……。そしてその男が率いる勢力の台頭を、先代は五千年前の一件で、すでにこうなることを予見していたのだろう」

 マコトの顔に初めて自嘲の笑みが宿った。

「いや、もしかすると実際の状況は先代や私が予想する以上に悪い方向へ進んでいるかもしれない。境界域で貴官に接触してきた『アルファ』と名乗る男は、自らの魂に世界の記憶を有すると、貴官の報告にもあったな?」

「はい……その通りです」

 マコトの確認に、アラタは正直に頷いた。

「異世界間仲介管理院の管理官は、その職務に必要と判断した範囲内でのみ、異世界間連合に加盟した神々より与えられた加護を執行する。しかし、その力は直接魂に加護を刻んだ転生者や召喚者よりも劣るものだ。今回のように、我々に敵対する勢力が『世界の記憶』を保持した者である場合、『無垢なる者』では太刀打ちできない可能性が出てくる」

 マコトが悔しそうに歯噛みした。

「それで、同じ加護持ちである私を今回新設された部隊へ配置した、ということですか?」

 アラタの確認に、マコトは首肯した。

「だが、『転生者』として貴官に刻まれた加護は膨大だった。それ故に、私は貴官の魂に刻まれた加護を記憶とともに封じる処置を施すことにした。転生者の中には、己に刻まれた加護の力に溺れ、自我が壊れてしまう者もいるからだ。そうなった者が辿る末路は――『魔王』だ」

 マコトの目が、アラタを真っ直ぐ見つめる。

「先程、任務内容を説明しているときの様子から、貴官は異世界グロナロスでの記憶を思い出したのだろう?」

「……」

 アラタは無言で目を伏せた。それが、マコトに対する答えとなった。

 別に貴官を責めるわけではない、とマコトは苦笑した。

「私は『管理官(現在)』の貴官を見ず、『転生者(過去)』の貴官が抱える危険性(リスク)しか見てこなかった。異世界間仲介管理院が送り出してきた転生者や召喚者たちは、いつだって世界に可能性を生み出してきた。そんな彼らを送り出す立場にありながら、私は彼らの偉大さを本当の意味で理解できていなかった……」

 マコトは腰かけていた椅子から立ち上がると、己の左胸に右手を添える。

「アラタ管理官、どうか貴官の力を我々に貸してほしい。異世界グロナロスでの記憶を所持している貴官にとって、今回の任務は貴官をひどく苦しめることになるだろう。そうとわかっていながらも、私は貴官に縋ることしかできない」

 マコトが静かに目を伏せ、アラタにそっと頭を下げた。

 アラタはギョッと目を丸くする。

「院長、やめてください! 一介の管理官に頭を下げるなど……」

「今は肩書こそ『院長』だが、私とて元は一介の管理官だった」

 慌てるアラタに、マコトがどこか茶目っ気を滲ませて笑う。

「それ……この状況で言うのは、ずるくないですか?」

「そうかな? 私は貴官よりもずっと平凡な男だぞ?」

 マコトが小さく笑った。こうして話していると、任命式で感じた近寄りがたさのようなものはなくなっていた。

 もしかしたら、普段は穏やかな人なのかもしれない。

 アラタはマコトの笑顔を前に、そっと目元を緩める。

 そんな彼が普段のように振舞うことを許されないのは、彼の「院長」という立場がそうさせているのだろう。

「院長、私は……自分が送り出してきた転生者たち同様、過去に思い残したことがあったのだと思います」

 アラタの言葉に、マコトは小さく頷いた。

「正直、自分の中に存在する数多の過去(自分)を抱えきることができるかどうか、自信はありません。それでも、これだけは断言できます。私は自分の居場所をここで得ることができました。大切な友人、憧れの上司やともに肩を並べたいと思える仲間たちと出会うことができたのは、『管理官』として受け入れていただいたからです。そのことに、私は感謝しています」

 アラタは顔を上げると、マコトを真っ向から見据えた。

「私は『管理官』として世界を守ることができて、そのことに誇りを持っています。私の方からも院長にお願い申し上げます。どうか私にも、異世界間仲介管理院の管理官として、仲間たちとともに目指す、平和な未来(せかい)を実現する手伝いをさせてください」

 アラタの言葉に、マコトは穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう、アラタ管理官。先代から託された人財が、貴官でよかった」

 マコトはそう言うと、己の中指にはめた指輪型の共鳴具を示した。

 異世界間仲介管理院の第三代院長の紋章――「交差する道と翼、中央に鎮座する羅針盤」が虚空に映し出される。

「私も貴官の可能性に未来を託したい。転生者に心を砕く、貴官の管理官としての姿勢を私は信じよう。だからこそ私は今、貴官に対して一つの重大な決断を下す」

 マコトとアラタの真剣な目が正面から交錯した。


「アラタ管理官、私は異世界間仲介管理院第三代目院長として、貴官に施した封印を解除しようと思う」


 マコトの厳かな声が、アラタに言った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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