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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File6-3「集う剣」

 アラタたちが降り立った場所は、室内の床に赤い絨毯が敷かれ、窓には天鵞絨(ビロード)のカーテンが引かれている院長室だった。書棚には様々な世界の歴史や文化を記した記録書がずらりと並んでおり、壁に設置された魔法道具から煌々と明かりが周囲へ放たれている。天井に設けられた天窓からは、夜の星空が望めた。


「全員、無事に暗号を解けたみたいだな」


 呆然とした表情のアラタたちに、ヒューズが声をかけた。いつもの溌溂とした笑顔で部下を見回し、満足そうに頷いている。

「ふんっ、あれくらいの内容、解けない方がおかしい!」

 アリスが腕を組むと小さく鼻で笑った。

「うんうん。もしかしたら暗号の方がちょっと簡単すぎたかもね。今度は古代語でも混ぜてみる?」

 ナゴミも同意するように、にこやかに言った。

「二人とも、今重要なのは暗号の難易度ではありません。というか、主旨がズレています」

 ナゴミの傍らから、ツナギが真顔で指摘する。

「ヒューズ管理官、これは一体……?」

「ナゴミ課長やツナギ管理官まで……これはいったい、どういった状況なのですか?」

 カイとアラタが呆然と呟く。

 革張りの椅子に腰かけたマコトの傍らに控えていたのは、ヒューズの他に、第一部隊副隊長のアリスや異世界転生仲介課の課長ナゴミ、その補佐であるツナギであった。

「さて、我々を試した理由をお聞かせ願いましょうか」

 サテナが一歩前に踏み出した。

 どこか挑発するように院長を真っ向から見据える。

「我々を一度別の場所に集め、共鳴具に干渉して我々の痕跡を第三者が追跡できないよう処置を施した後、この部屋へ強制的に転移させた。しかも、この部屋には外部よりいかなる干渉も受け付けない魔法まで施されている。この念の入りよう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですね」

「お、おい、サテナ管理官……言い方っ! 院長の前だぞ!」

 サテナの背後でカイが彼の名を呼んで忠告するが、サテナは動じない。相手が上司だろうが院長であろうが、サテナは思ったことをはっきり言う男である。

「貴官の言う通りだ」

 サテナの言動を咎めることなく、マコトはぽつりと呟いた。そっと目を伏せる。

「やはり、人選は間違っていなかったな。ナゴミ管理官」

「恐縮です」

 マコトの言葉に、傍らでナゴミがいつもの笑顔で応じた。

 アラタはヒューズたちに守られる形で中央に座しているマコトを真っ直ぐ見つめた。こうして院長の姿を目にするのは、任命式での院長挨拶以来である。

「まずは非礼を詫びよう。とはいえ、このような回りくどい方法を取らねばならぬほどの用件であることは、この場に集った貴官らならば察してくれよう」

「境界域での、一連の事件についてですね」

 キエラの確認に、マコトは無言で頷いた。

 アラタたちは表情を引き締め、一列に整列する。

 もう、疑問を口にする者はいなかった。

「まず、私から貴官らに伝えたいことがある。新たに設立されることとなった部署への配属命令だ」

 マコトの青い瞳がアラタたちを捉える。

「それは……人事異動、ということですか?」

 キエラがおずおずと質問した。マコトはあっさり首を振る。

「平時における職務は、今まで通りの所属部署で業務に当たってもらう。ただ、それだけでは解決ができない状況も生まれてきている」

 マコトの厳しい表情を前に、アラタも険しい表情を浮かべた。

「転生者遺棄事件を機に、今、世界各地で未曽有の危機的状況が引き起こされている。これらの特殊な状況を受け、私は部署を超え、信頼のおける人材で構成した院長直属の組織を新たに設けたいと考えた。時には内部(身内)の調査を依頼する可能性を考慮し、院内においてもその存在を非公表とする組織だ」

 マコトはその鮮やかな青い瞳を細め、眉間のしわを寄せる。

「すでに常任理事世界の神々五柱の承認は通った。正式な発足はもう少し先になるが、境界域で接触した連中はこうしている間も暗躍している。奴らにこれ以上遅れをとるわけにはいかない。ゆえに、まずはすでに事情を知る貴官らだけでも、奴らの陰謀を阻止するために動き出してほしい」

 マコトは厳かな声で宣言した。


「私、異世界間仲介管理院第三代目院長マコトは、ここに集った十人の管理官に、『異世界間特殊事例対策部隊』として任務に従事することを命じ、相応の権限を付与することを宣言する」


 マコトが指にはめた共鳴具を掲げた。すると、アラタたちが身に着けている共鳴具が光りを放つ。浮かび上がったのは、管理官の証――「交差する道と翼」の紋章だった。その中央に、一振りの剣が差し込まれる。

「これが、異世界間特殊事例対策部隊の紋章?」

 呆然と呟いたアラタが見守る中、共鳴具から発せられた光とともに虚空に映し出された紋章が消え失せる。

「異世界間特殊事例対策部隊の紋章は、院長の直轄であることの証だ。私や部隊内の仲間で連絡を取る際もその権限を発動し、情報の漏洩には十分注意するように」

 さらに……、とマコトは言葉を続ける。

「異世界間特殊事例対策部隊として動く範囲内ではあるが、任務に関わる案件について貴官らが必要と判断した場合、いかなる上位権限の情報へもアクセス可能とする。さらに今後の任務において内部調査を依頼する可能性もある。隠密活動などに支障が出ぬよう、異世界間特殊事例対策部隊の権限を発動している際は管理部権限管理課の管理から外れるものとした」

 マコトの言葉に、その場に集まった皆が息を呑んだ。

 管理部権限管理課の管理から外れることは、言ってしまえば管理官として扱える『神々の加護』を一管理官の判断で任意に執行することができるということである。

「それは……いくらなんでも危険では?」

 管理官権限は有事を除いて、乱用を防ぐために監視体制を強化してきた。それは異世界間連合に加盟した神々から無償であらゆる加護を付与する代わりの条件であり、異世界間仲介管理院はその意向を無視することはできない。

「最初にも述べたが、異世界間特殊事例対策部隊に配属する管理官は信頼のおける人材で構成する。人選には慎重を期し、実績だけでなく人格面も重視した。世界の危機に対し、異世界間連合ならびに異世界間仲介管理院に対して不利益となる行動を起こすような者が、そもそもこの場に立つことなどできない。貴官らならば問題ない、と私は判断した」

 慎重なオギナの言葉に、マコトは表情を変えずに続ける。

「同時に、今、世界を取り巻く状況はそれだけ差し迫っていると言える」

「なるほど……ってことは、これってすごく名誉なことですよね? それだけの権限を与えられるって、新人である僕らにはすごいことじゃないですか」

「……」

 戸惑いはあるものの、ジツが嬉しそうな様子でアラタに囁きかける。

 アラタは険しい表情のまま沈黙している。

 サテナやカイたちならばいざ知らず、つい数か月前に管理官になったばかりの新人にとってはこれほどの重大な任務に抜擢されること自体、本来はあり得ないことだった。

 オギナもその点がひっかかったのだろう。難しい表情を浮かべて黙り込んでいる。何か思惑があるのだろうか、と疑ってしまうのも無理からぬことだった。

 マコトの鋭い目が、アラタに向いた。

 アラタはその眼光に唇を引き結び、体を硬くする。

「所属する部署での業務と並行する形となるが、貴官らの高い能力を見込んで力を借りたい。特に、アラタ管理官、オギナ管理官、ジツ管理官の活躍は西部基地での一件ですでに耳にしている」

 マコトが新人管理官である三人を順繰りに見回す。

「管理官になったばかりとはいえ、その能力の高さは任務を遂行する上で十分だとヒューズ管理官より報告を受けている。何より、転生者遺棄事件の折には誰よりも早くその不正を突き止め、その思惑に屈することなく管理官としてその悪事を阻止した実績もある。その判断力と実行力は信頼に値する」

 マコトが再び、緊張の面持ちのアラタを見つめた。その後、ふいっとマコトは視線を外す。

「では……異世界間特殊事例対策部隊について知っているのは、異世界間仲介管理院内ではこの場にいる者だけということですね?」

 オギナの確認に、マコトは静かに頷いた。

「異世界間特殊事例対策部隊における任務の指示は、私から命令を下す形となる。ただし、現場での細かい指示などはナゴミ管理官やヒューズ管理官に代行してもらうこととなるだろう」

「なるほど……うん、こういうの、悪くないね。俺たち、超有能だって!」

「いや、別にそこまでは言ってなかっただろ……」

 前向きなサテナに、カイは呆れ顔になる。とはいえ、カイもまんざらではない様子だ。

「委細、承知いたしました。皆、境界域での一件については看過できない事態であることは重々承知しております」

 キエラがマコトに向けて敬礼する。

 アラタたちも彼女に倣い、左腕を腰の後ろに添え、右手を心臓の上にあてた。

「配属命令、謹んで拝命いたします。ご期待に添えるよう、我ら一同、その実力の限りを尽くします」

 キエラが代表して、マコトに向けて宣言した。

「異世界間仲介管理院の威信にかけ、必ずや連中の悪行を阻止せよ」

「翼の祝福に、道を掴まんことを!」

 マコトの言葉に、アラタたちは一斉に返事をした。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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