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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File1-10「面談再開」

 おかしい、と百香は首を傾げた。

 今日も穏やかな晴れ間が覗く、昼下がり。

 空を覆う異世界への道の光を受けて、花壇では色とりどりの花が咲き誇っている。花壇の傍で、百香はジョウロを片手に水やりをしていた。

 最近話すようになった女性職員が、別の仕事があって忙しそうにしていたので花壇の水やりを手伝っているのだ。

 それもここ数日、あのアラタとかいう管理官が待魂園にやってこないためだった。

 逃げたのかな?

 待魂園の職員たちがひそひそとそんなことを話していた気がする。

 百香も思わず鼻で笑ってしまった。

 ほらね、やっぱり……。

 百香は花壇にまんべんなく水を撒きながら、胸の内でぽつりとこぼす。

 花弁に乗った雫がきらりと輝き、ぽたりと地面に落ちた。

 心なし生き生きとした花壇の花々とは反面、百香の表情は冷めていた。

 アラタが姿を見せなくなり、園長がだいぶ沈んだ様子だった。中央塔から代わりの管理官が行くという通達は今のところ入ってきていないらしい。

 百香の担当を外れたというわけではないのだろう。

「結局、大人なんて無責任なんだよ」

 ジョウロを元の場所に戻すと、園内を歩き回る。

 他にすることがないからだ。

 好きな趣味の話をしようにも、世界が違えば文化が違う。

「あーあ、セイグミの話を誰か知らないかなぁ。てか、新しい転生もの小説が読みたい……」

「百香ちゃん!」

 百香に声をかけてきたのは、よく話をする女性職員だ。

 ひどく慌てた様子で、百香に駆け寄ってくる。

「どうしたのぉ?」

「アラタ管理官が、すぐに百香ちゃんと話したいって……それで呼びにきたの」

 息を整えながらそう言ってきた女性職員に、百香は少なからず驚いた。

「それで、今日は図書室に来てくれって」

「え? 図書室に?」

 続いて発せられた女性職員の言葉に、百香はあからさまに嫌な顔をする。

「大丈夫。図書室は面談用に貸し切りにしてあるから。誰も中に入ってこないわ」

 女性職員の気遣いに、百香は面倒に思いつつ、図書室へ足を向けた。

 普段なら百香が生活している部屋か、談話室を使用する。

 何故、図書室?

 百香は図書室の戸をスライドさせると、思わず変な声を出した。

 視界を覆うのは、積み上げられた本の山だった。

「ああ、来たか」

 本の山の間から、アラタが顔を覗かせた。

 図書室は本棚の間にまで、ぎっしりと本が詰め込まれている。僅かに開いたスペースに、申し訳程度の机と椅子が置かれているような状況だ。

「えっ、これ、どういう状況……?」

 百香は本を踏まないよう隙間を縫って、手招くアラタへ近づいた。

 アラタはいきなり、百香の鼻先に一冊の本を突きつけた。

 百香にとって、見覚えのある表紙だった。

「あっ!! 『()正義()よ、()け愚民ど()!!』だ!!」

 アラタから本を受け取り、百香は歓喜の声を上げる。

 でも、何故この本がここに?

 百香がアラタを見つめると、彼の目の下にクマができている。

 疲れた様子のアラタは、どうも数日前と纏う雰囲気が違った。

 百香は思わず、アラタから一歩後退る。

「今から君の転生先候補を上げる。その中で、君の要望に合ったものを洗い出す作業を行う」

 前置きなしで、アラタはいきなりそう言い放った。

「えっ?」

 がたりと椅子を引いてアラタは腰かける。すると彼は、百香にも椅子に座るよう促した。

 おずおずと椅子に腰を下ろした百香の前に、アラタが一枚のリストを見せる。

 百香が生前、愛読していた小説やゲームのタイトルがずらりと並んでいた。

「これ……」

「生前、君が愛読していた小説やゲームのタイトルを羅列したリストだ。そして、こちらが前に君が言っていた条件に合う世界のリストだ」

 アラタはファイルから紙の束を取り出し、それを机上に積んだ。こちらもリストのようだが、量が半端ではない。中学校の国語の教科書と便覧を合わせたほどの分量だろうか。

 細かい文字の羅列に、百香の目はチカチカした。

「ここで確認だが、君は西洋風ファンタジーを好んで読んでいる傾向がある。そうなると、君のもといた世界で所属していた国の文化とはだいぶ異なることになる。もといた世界と同じ文化がある世界は除外するか?」

「えっと……あの、おじさん? どうしちゃったの?」

 ただただ困惑する百香に、アラタは机上に置いたリストを示す。

「どうもこうも……君の要望を叶えるためだ」

 アラタの鋭い目が、百香をまっすぐ見据える。

「最初の面談の時、話していただろ? 楽しいことも満足にできずに死んだから、第二の人生を楽しく生きたいって」

 百香は頷く。確かに、そんな意味合いのことを言った。

「転生するなら容姿は絶世の美少女。魔法で料理や家具などの生活必需品ほか、衣類に装飾品を自在に出せるようにという条件だったな。あとは貴族や王族のような生活環境の保証だったか?」

「でも、それはダメなんでしょ? その世界の神さまが決めることだって、前に自分で言ってたじゃん」

 百香の反論に、アラタはしっかりと頷く。

「管理官には、転生者に対する転生後の生活全般への関与は認められない。管理官の仕事は、あくまでも転生者の要望に対し、神々に働きかけることだ」

 そのために、管理官ができることは転生者の要望がいかにその世界や神々にとって有益であるかを説明することだ。

 百香の場合ならば美少女と呼ばれる容姿の基準や、使える魔法の具体的な内容まで詰めていき、それが転生(うけいれ)先の世界でどのような分野の技術向上に繋がるのか。

 それを転生先の神を相手に明確な論拠をもとに説得する。

 これには百香の全面的な協力が不可欠だとアラタは語った。

「神々への要求に曖昧な表現は厳禁だ。神々の尺度と人間の尺度は当然違う。こんな感じでお願い、とふわっとした要望を出したら最後、蓋を開けたら悲劇だったといった話もある」

 だから要望を出すなら具体的に。細かすぎるのではと自分でも引くほど緻密に詰めて要望を提出しなければならない。

 だからっ、とアラタは身を乗り出す。


「君がやりたいことをやれる世界を、二人で徹底的に探すぞ」


 百香はもう驚いたほうがいいのか、呆れていいのやらで、開いた口が塞がらなかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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