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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
107/204

File6-0「神竜エヴォル」

 異世界グロナロスは一体の神竜を頂点に、世界を統治する「竜」信仰の強い世界であった。この地を治めるグロナロス神の意向を神竜があまねく伝え、世界の繁栄を目指したのである。そのため、この地に住まう人々にとって神竜は「神」と同義であった。


 神竜エヴォルは己の住まいである神殿で、小さくため息をついた。

 山一つをくりぬき、竜の巨体が通っても壊れないよう頑強に建てられた石造りの廊下を、今日も「世話係」と称する神官たちが尋ねてきた。

 毎日毎日、飽きもせず麓の街から尋ねてくる様子は健気だが、決してそれは神竜への信仰のためだけでないことをエヴォルは知っていた。

 かたかたと小刻みに震える人間たちを前に、エヴォルは目を細める。

 彼らを支配しているのは、エヴォルへの「恐怖」である。

 この世界を治めるグロナロス神より、その溢れんばかりの加護を受けたエヴォルは常にグロナロス神の使徒として世界に干渉する。

 最後にこの神殿から外へと出たのが千年ほど前だったか。

 エヴォルはグロナロス神の意向で、増えすぎた人間たちの始末を命じられた。

 グロナロス神は竜種を貴ぶ神であり、己の統治する世界に竜以外の種族が増えることを快く思っていないからである。その時の記憶が代替わりを重ねても伝承され、人間たちは竜への服従という形で保身を図ろうとしているのであった。

 憐れだ、とエヴォルは内心で呟く。

 この世界に住まう人間も、竜も、もっと違う形でかかわることができたのではないか。

 エヴォルの脳裏に、かつて己を真っ直ぐ見つめ返した青年の顔が思い出される。

 吹けば飛ぶようなボロボロの身体で、それでも強い意思を宿した瞳をそらすことなくエヴォルに向けてきた唯一の人間。

 その曇りのない黒い瞳に、エヴォルはひどく焦がれた。

「友よ、また、お前に会いたいものだ……」

 エヴォルが身じろぎすると、人間の神官たちは大きく体を跳ねさせてひれ伏す。そうして、エヴォルの行動をちらちらと伺い見る。

 嫌気の差す光景であった。

 エヴォルは瞼を閉じ、人間たちを安心させるように眠ったフリをする。

 そうすると、安堵した人間たちはそそくさと役目を片付け、エヴォルの住む神殿を後にしていった。残されたエヴォルは目を開き、物音の消えた神殿内を見渡す。

 がらんっとした神殿はひどく物寂しい。友と出会う前は気にならなかったが、改めて独りになるとその寂しさに押しつぶされそうだった。


「あんたが一声、こんなことは間違っているって言えば、この世界は変わるんじゃないのか?」


 かつて、そう呟いた友の言葉に、エヴォルは力なく首を振った。

 エヴォルがその言葉に背を押されて行動を起こした結果、かけがえのない友を失った。グロナロス神も、今まで以上に厳しくエヴォルの行動を制限するようになった。

「ああ、まさに地獄だ」

 エヴォルは呟くと、天を仰ぐ。ぽっかりと山の頂上に開いた穴から見上げる空は、ひどく狭いものだった。

「誰でもいい、我をここから連れ出してくれ」

「我らでよろしければ、お手伝いいたしましょうか?」

 唐突に響いた声に、エヴォルは弾かれたように入り口に振り向いた。

 そこには真っ白の装束を纏った、一人の男が佇んでいた。

 珍しい地平線(ホライズンブルー)色の長髪に、孔雀石(マラカイトグリーン)色の瞳が印象的で、その顔に穏やかな微笑を湛えている。しかし、その魂に刻まれた加護を見て、エヴォルは警戒を露わにした。

何奴(なにやつ)か? ここは異世界グロナロスの中心、神竜が住まう聖域ぞ!」

「神竜と言っても、所詮はグロナロス神の飼っているペットみたいなものではありませんか。あなたがご自身でこの世界の在り方について取り決めを行ったことなど、何一つないでしょう?」

 男はずばりと指摘する。この世界の支配体勢を一笑に付した。

 言葉に詰まったエヴォルを前に、男は続ける。

「しかもそのせいで大切なご友人を失ったようですね。グロナロス神の悋気(りんき)は有名ですから、神の寵竜に近づく存在(モノ)はすべて排除の対象ということです。むごいものですね」

「異邦の者には関係のない話だ。我の気が変わらぬうちに失せろ」

 エヴォルの諦観にも似た言葉に、男の笑みが深まる。


「今度こそ、この世界を変えてしまいませんか?」


「何?」

 エヴォルが顔を顰めた。男は微笑を浮かべたまま、両腕を広げる。

「あなたのご友人も、きっとそれを望んでいらっしゃるはずです。あなたを想い、身を犠牲にしてまで世界へと異を唱えたあなたのご友人は本当に勇気があり、素晴らしい御仁です」

 男はわずかに首を傾げ、どこか試すようにエヴォルを見た。

「そんなご友人の切なる願いを、あなたは無に帰すおつもりですか?」

「友をダシに貴様の戯言を正当化するな! 胸糞悪い!」

 カッとエヴォルは口から炎の吐息(ブレス)を吐き出す。この世で最も熱い竜の業火に、神殿の柱の一部が溶けた。

「やれやれ、最近の若者は短気な方が多いですね」

 エヴォルはすぐ近くで聞こえた声に顔を向ける。

 虚空に浮いてこちらを見下ろす小さな影に、エヴォルは牙を剥いた。

「我々と一緒に来ていただければ、ご友人にも会わせて差し上げられます。お約束しましょう。それでも、貴方のご意思は変わりませんか?」

「ほざくな! グロナロス神が排除した者と、再びまみえることなどできぬ! 未来、永劫……我が、グロナロス神の使徒である限り!」

 苦しそうに叫んだエヴォルが、再び男に向けて炎の吐息を向ける。

 男は右腕をゆっくりとエヴォルへ突き出した。


「では、貴方の願いを私が叶えて差し上げましょう」


 男は静かに言った。

「我らの利害は一致しているのですから。貴方もきっと我々に感謝することになりますよ」

 竜の鋭い咆哮が世界に響き渡った後、異世界グロナロスの神竜の姿は消え失せた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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