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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
106/204

File5-16「そのひと時は……」

「なぁ、どうしてこうなったんだっけ?」

 繰り広げられる争奪戦を前に、アラタは呆れ顔のまま傍らのオギナに囁きかけた。

「あーっ! カリス副隊長! それ、俺の育てた肉ぅ~っ!」

「私はアリスだ! 上司の名前を間違えるんじゃない! サテナ、お前がぼんやりしていたのが悪いのだ!」

「二人とも、肉ばかり食べてないで野菜も食べてください! あ、キエラ管理官、これ良さそうですよ」

「ありがとうございます」

「いやぁ、ここの鉄板焼きなんて久しぶりだなぁ。またヒューズくんと一緒に来られるとは思わなかったよ」

「六百年前までは第一部隊で貸し切って、よく打ち上げとかやっていましたからね」

麦酒(ビール)、四本追加で!」

 ツナギが動き回る店員を呼び止め、空のジョッキを手渡す。

 アラタの傍らで生肉を鉄板に乗せながら、オギナが笑顔で呟いた。

「たぶん、ヒューズ管理官が気を利かせてくれたんじゃない? 今回の任務、なかなか精神的にもくるものがあったからね。気持ちを切り替える意味でも、みんなで打ち上げって効果的だよ。あ、アラタもお肉食べる?」

「……もらう」

 アラタはオギナが取り皿に盛ってくれた肉を野菜と一緒に頬張った。

 境界域から異世界間仲介管理院に帰還したアラタたちは、その足で防衛部の部長ラセツに今回の任務でのことを報告した。報告を聞いたラセツも苦い表情を浮かべ、上層部から具体的な対策案が出るまで通常業務をこなすよう指示された。

 それで今回の任務はいったん終了となった。

 部長の執務室を後にしたアラタたちはその場で解散となったのだが、去り際にヒューズに呼び止められたのである。


「終業時刻になったら、商業地区のこの店に来てくれ。ツナギ管理官、よければナゴミ課長も誘ってもらえると助かる」


 店の名前を見るなり、ツナギは心得たように頷いた。そうして終業時刻となって、アラタたちはこの店を訪れ、今に至るというわけである。

 アラタは鉄板からほどよく焼けた肉を自分の取り皿に置き、タレをつけて口に運ぶ。弾力があるにも関わらず、口に入れた途端お肉が解れて消えていく。

 アラタは思わず目を見開いた。

「この肉、うまいな……」

「ね、水竜の肉だってさ」

 アラタは一瞬、口に含んだ肉を噴き出しそうになった。

「り、竜の肉!?」

「あれ、カラタ管理官は竜の肉食べるの初めて? ここのお店は異世界……ええっと――」

「クルーナだ。異世界クルーナ。あとカラタ管理官じゃなくてアラタ管理官だ」

「そう、それ。そこに生息する竜種の肉を、異世界間仲介管理院を経由して仕入れているんだよ」

「そうなんですか……」

 アラタは何とも微妙な顔で取り皿の上に乗っている肉を見下ろす。

「あれ、アラタは竜の肉ダメだった?」

 アラタの様子をオギナは不思議そうに眺めている。アラタは小さく首を振った。

「いや、そうじゃなくて……普通においしいとは思うんだ。ただ……ちょっと、思うところがある、というか……少し、気分じゃないだけだ」

 アラタはしどろもどろに呟いた。

「竜」と聞いて、境界域で気を失ったときに夢に見た巨体を思い出してしまったからだ。

 あれは、確かに(ドラゴン)だった……。

 全身を紅の鱗で覆われ、同じ瞳の色を持つ、世界の頂点に君臨する存在。

 エヴォル……確かに、俺はあの(ドラゴン)をそう呼んでいた。

 アラタは顔を伏せ、黙り込む。

 夢にしては妙に現実味があり、懐かしさすら覚えた。

 今も何故だか、あの竜のもとへ駆けつけなければならない、と自分の中で焦りにも似た衝動に駆られている。しかし、あの竜がいる世界がどこにあるのか、アラタはどうしても思い出せなかった。

 まるでそこだけ思い出せないように外から強く抑えつけてくるような、圧迫感のようなものが絶えずアラタを苦しめる。ズキリと頭が痛んだ。アラタが痛みに顔をしかめる。

「いただきっ!」

 サテナがアラタの前で焼かれていた肉を自分の取り皿に移した。

 レモン汁をかけて咀嚼する。

「うーん、やっぱ竜の肉は最高だよねー!」

「おい、サテナ管理官! 意地汚いぞ! 野菜もとる!」

 カイがサテナの取り皿に焼けた人参やら玉ねぎなどを乗せていく。

「えー、鉄板焼きと言ったら肉でしょー? 普通……」

「何事もバランスだ! 子どもじゃあるまいし、肉ばかり食べるんじゃない!」

「誰が子どもだっ!」

「子ども」という単語に反応し、傍らでアリスが目を怒らせる。

「違うと思うなら、俺が副隊長の取り皿に入れた青唐辛子(ピーマン)を鉄板に戻そうとしないでください! 見てないと思いましたか!」

 カイも負けじと言い返す。

「うぅ……こ、この青唐辛子が悪いんだ! こいつ、すごく苦いんだぞ!」

「だから焼いた肉にタレつけてそれで青唐辛子を包んで一緒に食べるんです!」

「なるほど、その手があったか! カイ、お前天才だな!」

 アリスが青唐辛子にタレのついた肉を巻き付けているのを確認し、カイは鉄板からいくつか肉を取り皿に入れるとアラタへ差し出した。

「アラタ管理官、貴官はもう少し肉を食べた方が良い」

「え、いや、お気遣いなく――」

 アラタが慌てて断ろうとすると、カイが取り皿をアラタに押し付けた。

「貴官は近接戦で仲間を守る配置(ポジション)につくことが多い。今回の任務でも、ひどい怪我を負ったのは貴官だけだ」

 カイはそこまで言って笑う。

「何を悩んでいるのかわからないが、もしもそれを解決すべき事態に陥った時、体が動かなければ意味がない。今はたくさん食べて備えるのも、仕事のうちだ」

「っ……はい、ありがとうございます」

 アラタはカイから受け取った取り皿の肉を頬張る。アラタの心情とは裏腹に、おいしいお肉の味に自然と箸は進んだ。

「アラタって昔から自分一人で思い悩んじゃう傾向があるからねー。親友としてとても心配だよ」

 オギナもカイに同意するように苦笑している。

「別に、思い悩んでいるわけでは……」

「今もどこか浮かない顔をしているよ」

 オギナの指摘に、アラタは自分の顔を手で撫でた。

 そんなに表情(かお)に出ていただろうか。

「そういう時はちゃんと、周囲に苦しいって言って吐き出すんだぞ。悩みを話しづらいなら、まずは独りになるな。仲間や友人とか、仕事仲間とかとの交流を通して、ある時ふと悩みの解決に結びつくことが見えてくることもある」

 カイも苦笑を浮かべてアラタを諭した。

「アイ、優しい~。俺もコイが悩んでいるなら全力で力になるよぉ~」

「カイだ、俺の悩みは相棒(サテナ)が一向に他人(ひと)の名前を覚えないことなんだが? というか自分の発言の中でも、間違えるならせめて一回に済ませてくれ」

「サテナ管理官に名前を覚えさせる妙案って、思いつく?」

「皆目見当がつかん」

 オギナの言葉に、アラタもあっさり首を横に振った。

「いっそ、名札でもつけますか?」

 いつの間にこちら側へやってきたのか、キエラがオギナの傍らから提案する。

「それ、養成学校時代に試したんです。確かに一定の効果はあったんですが……」

 カイがギリッと歯噛みした。

「今度は名前と人物が一致しないせいで、大混乱が起きました」

「もはや致命的ですね」

「難解な暗号や数式、術式の解読はすんなりこなすくせに、こいつの名前に関する記憶力だけ壊滅的って……もう、どうなっているんですか! 本当に!」

 カイは両手で頭を抱えて項垂れる。

「まぁまぁ、そう気を落とさないで、クイ。きっといつか解決するって!」

 サテナは穏やかな微笑を浮かべ、カイの肩にそっと手を添えた。

「カイだ、お前のせいで苦労してんだよ! お前のせいで!」

 勢いよく顔を上げたカイが、サテナに怒鳴った。

「カイ管理官はサテナ管理官との付き合いを続ける限り、苦労しない日はないと推測できます」

「そうでしょうね……というか、キエラ管理官、そのジョッキの数はどうしたんですか?」

 アラタが相槌を打ち、キエラを振り返った途端固まった。

 キエラの傍には空のジョッキが十余個、卓の下に置かれている。今も彼女の手にはなみなみと注がれた麦酒のジョッキが握られており、アラタが見守る中、一息に飲みほしていた。

「いい飲みっぷりだな、キエラ管理官」

 ツナギの目が、怪しく光った。

「恐縮です、ツナギ管理官」

 キエラも顔色を変えることなく頷いた。

「あー、キエラくんはお酒強いんだね」

「ツナギ管理官、あんまり飲み過ぎないでくれ。貴官の介抱は正直、面倒だ」

 ヒューズが真顔でツナギに釘を差す。

 ツナギは面白くなさそうに麦酒をあおった。

「酒のどこがいいんだ? 飲むとツーンッとなるし、薬品(アルコール)の味がするじゃないか」

 アリスはそう言って、麦茶を飲んでいる。

「アリスはそのままでいいぞ。どうしても飲んでみたくなった時は必ず俺に相談するように」

 ヒューズがしみじみと呟いた。もはや発言が完全に保護者のそれだ。

「ヒューズくんは心配性だねぇ。あ、苺ミルクください」

「むっ、私もほしいぞ!」

 ナゴミとともに、アリスも手を上げて店員に注文する。

 アラタは肉を頬張りながら、思わず噴き出した。

「なんかもう、本当、自由な人たちだよな……」

「おかげで飽きないよね」

 笑いながら呟くアラタに、オギナも傍らで頷いた。

「ああ……なんか悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいだ」

 アラタは同意すると、自分の分の麦酒をあおった。

 答えの出ないことに執着して悩んでいても、結論は出ない。

 今はオギナやカイが言ったように、いざという時に備えよう。

 アラタはそう思い直すと、鉄板の上で程よく焼けた肉に箸を伸ばすのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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