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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File5-14「集う白」

 アルファが降り立ったのは、緑溢れる庭園だった。

 陽光を受けて地面に木漏れ日が落ち、色とりどりに咲き乱れた花々が風に揺れている。アルファの鼻孔に花の香が掠め、アルファは強張っていた表情を緩めた。

「おかえりなさい、アルファ」

 幼い少女の声が転移方陣に佇むアルファを出迎える。

 腕に長い耳の動物のぬいぐるみを抱き、長い金髪を揺らした少女はその碧眼を細めて微笑した。アルファ同様、真っ白な装束に身を包んだ少女は、そのふわりと広がるスカートを揺らしてこちらに駆けよって来た。アルファは両腕を広げて、飛び込んできた少女を抱きとめる。

 白い肌に薄っすらと赤みが差した頬が愛らしい少女だった。

「ただいま戻りました、シータ」

 アルファも少女に微笑みかける。

「アルファ、その手の怪我はどうしたの?」

 シータと呼ばれた少女はアルファの両手の火傷を見るなり、表情を曇らせた。

「ああ、これは少ししくじりまして……」

「例のあの子?」

 シータの愛らしい顔から笑みが消える。

「その子、殺しましょう。アルファに傷を負わせるなんて、ひどいことするんだもの」

 シータの言葉に、アルファはそっと彼女の小柄な体を抱きしめる。

「シータ、そんなことを言ってはいけません。彼はとても実直で、優しい子です。そんな彼を異世界間仲介管理院の連中が利用しているのです。我々の成そうとしていることを理解してもらえれば、彼は我々にとってきっとよき友人となるでしょう」

「……アルファがそう言うのなら……シータも頑張ってお手伝いするね!」

 パッと表情を輝かせたシータに、アルファは微笑む。

「ありがとうございます、私のシータ――〝無垢なる天使〟」

「お取り込み中のところ悪いけど……いい加減、報告があるんだが?」

 シータの背後から、一人の男が歩み寄って来る。アルファと同じ白い装束を纏った男は、頬を指先で掻きながら困った顔をしている。

 紺色の長い髪を一つにまとめ、同じ色の双眸を持った長身の男は、立てた親指で己の背後――転移方陣が設置された離れを繋ぐ回廊の奥を示した。

「手すきのメンバーをひとまず集めたんだが、あんたの帰りがあまりに遅いからゼータ辺りがキレかけている」

「それはいけませんね。教えてくれてありがとうございます、ミュー」

 アルファは立ち上がると、シータの手を取って回廊を進む。建物の中に入ると、いくつもの柱が不規則に並んだ空間に出た。

 それぞれの柱の上で寛いでいた五人が一斉にアルファたちを振り返る。

 皆、一様に白い装束を纏っていた。

「あ、アルファがようやく帰って来た」

 淡い緑の髪の青年が声を上げた。目元を覆う黒いレンズの眼鏡(バイザー)が特徴の青年は、退屈そうに足で柱を蹴っていた。

「遅ぇぞ、アルファ! どんだけ時間かかってんだよ!」

 紅髪の男が苛立たしげに声を荒げた。がっしりとした体躯で、体中に戦いによる古傷を多く刻んでいた。

「まぁ、怪我をしたのですか? 私がすぐにでも治療をいたしましょう」

 薄桃色の髪の女性が、アルファの怪我を気遣って声をかける。

「大変お待たせしてしまってすみません。実は少々、邪魔が入ってしまいまして。怪我も大したことではありませんよ」

 アルファが微笑を浮かべ、声をかけてきた三人に軽く手を振った。

「それよりも、私が留守の間にまた会議室を改造しましたね?」

 アルファの視線が、紫色の髪の男に向いた。男は小型機械を操作し、何やらぶつぶつ呟いている。

「そりゃね。だって、いつも同じ景色じゃつまらないでしょ。リフォームだよ、リフォーム」

 紫色の髪の青年は平然と言うと、眉間にしわを寄せた。

「それより、実験施設を一つ放棄したんだって? あそこの亜空間の出来、自信作だったのにもったいないじゃん」

「必要な処置でした。せっかく作っていただいたのに、破棄という形になってしまい、申し訳ありません。とはいえ……その、できれば今度はもう少し実用的な、簡素な施設でお願いしたいものです。あの空間の雰囲気は……何というか、薄気味悪いと言いますか……ちょっと、私には良さがわかりません」

 アルファが困り顔で青年に告げる。すると、青年は大きく身を乗り出した。

「はぁ!? なんで!? あの空間すげーカッコよかっただろっ! 魔物がうじゃうじゃいる場所なら、魔王城がありそうな見た目にすんのは常識じゃん! どす黒い大地に、赤黒い空、不気味に響く魔物の鳴き声、歪な形で成長する植物……そんな空間に聳え立つ怪しげな実験施設。やっぱ、第一印象は大事だよなっ! 実験施設つったら、怪しげな雰囲気が必要なんだよ! ダンジョン構築のお約束だ!」

「ベータの言うことは、時々よくわからない時があるな。そもそも『だんじょん』って何? 何かの呪文?」

 淡い緑髪の青年が首を傾げる。

「ああ、そんなことより、先に一つ報告させてもらってもいい? 君から預かっていたコイツだけど、だいぶ肉体と魂が馴染んだみたいだ。加護の付与にも問題はなさそう……むしろ、才能すら感じるくらい飲み込みが早い。正直、妬けるね」

 淡い緑髪の青年が己の傍に佇んでいる長身の男を振り返る。青灰色の髪に紺青の瞳を持った男は、じっとアルファを見下ろしている。アルファも己を見下ろす彼に目を向け、そっと笑いかけた。

「先程、『アラタ』さんに会いましたよ」

「……っ」

 微かに、男が唇を動かした。紺青の双眸が、スッと鋭く細められる。

「貴方のおっしゃる通り、彼は実に力強い、美しい魂をお持ちのようだ」

 アルファの瞳が男を見据える。

「再会したいお気持ちはわかりますが、今はこらえてくださいね。今の貴方はまず、その魂に加護を刻むことから始めなければ、アラタさんに会ってもまたやられるだけです」

「例の加護持ちの管理官ってアラタっつうのか?」

 紅髪の男がにぃっと口角を吊り上げた。

「なぁ、そいつ……封印を解いたらどれだけ強ぇんだ?」

「ゼータ、我々は彼を手に入れる必要がある。殺してしまっては意味がない」

 ミューがゼータを咎めた。しかし、ゼータはミューの言葉を鼻で笑い飛ばした。

「はっ、俺たちに盾突こうってんなら、始末していいんだろ? ククク……アルファ、そう睨むなよ。わかってる、殺さねぇように手加減してやるさ。俺の気が変わらなければな」

 ゼータの主張に、緑髪の青年がため息をついた。薄桃色の髪の女性も軽く頭を振って苦笑している。

「ひとまず、今はもう一つの計画の方を進めましょう。アラタさんへの接近(アプローチ)はその都度、働きかけていけばいいのですから」

 アルファの言葉に、この場に集った皆が頷いた。


「次の我々の目標は異世界グロナロス、その世界を支える神竜――エヴォルです」


 アルファはそう言って、口元に浮かべた笑みを深めた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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