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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
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File5-13「崩壊と脱出」

「アラタ管理官、少しの間我慢してくれ」

 アルファが消えた後、カイは負傷したアラタの傍にしゃがみ込むと手のひらを向けた。

「管理官権限執行、治癒」

 アラタの全身に刻まれた裂傷がすぐさま塞がっていく。ホッと息をついた。

「助かりました、カイ管理官。サテナ管理官……」

 アラタは二人に頭を下げた後、ハッと顔を上げた。

「大変です、ヒューズ管理官とオギナ管理官がっ!」

「安心していい。そちらはアリス副隊長たちが向かってくれた。俺たちがこうして駆け付けたのは他でもない、ヒューズ管理官から連絡を受けたからだ」

 カイの言葉に、アラタは今度こそ安堵の吐息をついた。

「……」

 二人の会話を背に聞きながら、サテナはじっとアルファが消えた辺りを見つめていた。その瞳の鋭さは消えない。

「おい、サテナ管理官。先程からどうしたんだ?」

 見かねたカイがサテナの背に声をかける。

「まずいな、って思っただけだよ。あいつ、できることならここで殺しておいた方がよかったかもしれない」

 サテナの低い声音に、カイとアラタは顔を見合わせる。互いに複雑な表情だ。

「サテナ管理官、気持ちはわかるが――」

 カイが言いかけたところへ、アラタたちのいる建物が大きく揺れた。

「地震!?」

「さっき逃げたあいつが言ってたでしょ? 『せいぜい死ぬなよ』みたいなこと。この亜空間の維持を放棄したんだろうね。この空間、もうじき崩れ去る」

 身を強張らせるアラタとカイに、サテナは冷静に言った。

「馬鹿、それを早く言え! こちらカイ、ヒューズ管理官、こちらはアラタ管理官との合流に成功。ただ、実験施設の存在する亜空間が崩壊を始めています! そちらも急ぎ脱出を――」

 カイが共鳴具に向けて連絡を入れている間、アラタも双剣を鞘に収めて立ち上がる。

「隊長たちも脱出する。俺たちも急ぎ、建物を出るぞ! サテナ管理官、急げ!」

「……は~い」

 サテナは大きく息をつくと、アラタとともに駆け出す。

「おーい、こっちだっ!」

 建物を出ると、境界域へと通じる空間の裂け目からアリスが手を振ってくる。傍にはどこかへ強制転移させられたヒューズとオギナの姿もあった。

「よかった、二人とも無事で……」

 アラタが息をつくのもつかの間、足元の地面がひび割れて隆起する。ふらついたアラタの腕を、横から伸びたサテナの腕が掴んだ。

「ちょっと、まずい。急ごうか――管理官権限執行、推進力増強、飛行」

 サテナとカイが手にした長杖にまたがるなり、猛烈な速さで虚空を駆けた。

 アラタもサテナの後ろで長杖にまたがり、急速に背後へ流れていく景色に目を見開いた。

 三人が空間の裂け目から境界域へ飛び出したのと、亜空間が消滅したのは同時だった。虚空の裂け目が消え、境界域に耳をつくような静寂が下りる。

 サテナが咄嗟にアラタを抱えて飛行しなければ、間に合わなかったかもしれない。

「アラタ!」

「アラタ管理官、無事か!?」

 オギナとツナギが回廊に降り立った三人に駆け寄ってくる。

「俺は大丈夫です。オギナも無事でよかった」

 アラタの笑顔を前に、オギナも表情を綻ばせる。

「こっちはヒューズ管理官がいたからね。あの後、何が起きたの?」


「あの実験施設で魔物を生み出していた首謀者と接触したんだよ」


 サテナの言葉に、ヒューズたちの表情が険しくなる。

「その人物はアルファと名乗り、ここでおそらく『人工魔王』に関する実験を行っていたようです。その過程で、異世界シャルタに出現した『鬼』や境界域での魔物たちが生まれたと言っていました」

 サテナの後を、アラタが補足する。

「私とサテナ管理官がアラタ管理官と合流した途端、引き上げたようですが……あの口ぶりから、近いうちに何か事を起こすつもりではないかと」

 カイが険しい表情で唸った。彼の視線がキエラに向く。

「実験施設でのデータはどれほど収集できましたか?」

「予想を上回る収穫です。人工魔王製造に関する推論とそれに基づく実験データはもちろんのこと……神々の加護に関する研究データの一部も回収いたしました」

 キエラが加羅色の右目を細め、続ける。


「奴らは恐ろしいことに、転生者や迷魂の魂に刻まれた『加護』を利用するために、転生者や迷魂を取り込んでいたのです」


「何っ!?」

 キエラの言葉に、悲鳴じみた声を上げたのはアリスだった。

「つまりあの魔物たちは、己の魂に直接神々の加護を刻まずとも、取り込んだ転生者や迷魂がすでに所持している『世界の記憶』を自分の能力として活用していた。そういうことか?」

 ヒューズの確認に、キエラは重々しく頷いた。

「そんなことが……可能なんですか?」

 アラタが思わず声を上げた。

「世界の記憶」――神々より付与された「加護」を持つ魂は、その魂が消滅しない限り、「世界との繋がり」を持ち続ける。神すら断ち切ることができない「繋がり」を、あまつさえ他の魂に譲渡することなど不可能だった。

「本来であれば、『不可能』です」

「しかし、我々は境界域で迷魂が魔物に取り込まれた瞬間を目撃している。さらに、異世界シャルタで遭遇した『鬼』も、転生者の魂を糧に肉体を再構成していた」

 キエラの後を、険しい表情のツナギが続けた。ツナギは指先で己の組んだ腕をとんとんっと落ち着きなく叩いている。

「あのアルファとかいう奴が、研究の過程で神々の『加護』を流用する術を知ったのだとすると……」

「ある意味、『魔王』より厄介じゃないかな」

 唸るカイの後を、サテナが引き継いだ。

「だって転生者たちの『加護』って、俺たちの管理官権限と違って直接自分の能力として神さまからもらった特殊能力でしょ? 威力も影響範囲も俺たちの比じゃない。正直、そんなのが大群で押し寄せてきたら太刀打ちできないよ」

 サテナの指摘に、一行の間に沈黙が下りた。

 アラタは制服の上から己の胸元を掴む。

 アルファはアラタがもともと「転生者」であることを即座に見抜いた。つまり、アラタにも魂に刻まれた「加護」が何かしらあるということだ。

 アラタはぎゅっと指先に力を込める。

 もしも、己の魂に刻まれた加護を解放することができたなら、アルファやその仲間が企てる陰謀に対抗できるのではないか。

 アラタは己の腰に収まっている双剣を見下ろす。


 もっと、俺に力があれば――


「ひとまず、いったん異世界間仲介管理院へ戻りましょう」

 沈黙を破り、ツナギが提言する。その声にアラタはハッと我に返った。

「事態は深刻です。急ぎ上層部へこの緊急事態を伝え、対策を練るべきでしょう」

「ああ、そうだな」

 ツナギの進言に、ヒューズは頷いた。

「敵勢視察としては十分な成果だ。我らは一度、異世界間仲介管理院へ帰還し、ラセツ部長の指示を仰ぐ」

 ヒューズの号令に、アラタたちは一斉に魔動二輪へまたがった。

 異世界間仲介管理院に帰還するまで、アラタは己の中に生じたもやもやとした感情を持て余していた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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