File5-12「異質な存在」
アラタの振り下ろした双剣がアルファの額に吸い込まれる。しかし、アラタの剣身はアルファの像をすり抜け、床を抉った。
「なっ……消えた!?」
背後にかすかな気配が生じる。
「後ろか――管理官権限執行、風刃!」
アラタは振り向きざまに左手の剣を一閃し、同時に風の刃を放った。
アルファは己に迫った風の刃を前に、右手を掲げる。
「〝爆ぜろ〟」
聞き慣れぬ言葉とともに、アラタの放った刃が爆発に巻き込まれて霧散する。
アラタは両腕で顔を庇い、すぐさま背後へ跳んだ。
爆炎の中から突き出された槍の穂先が、アラタのいた場所を正確に突いてくる。真っ白に染め抜かれた槍を引き、アルファが小さく息をついた。
「お見事、さすがはタダシ管理官を圧倒しただけのことはあります」
アルファは槍を手の中で回し、穂先を床に向けて構える。
アラタの眉間に深いしわが寄った。
「やはり、タダシ元・管理官と通じていたのか……」
この実験施設で異世界間仲介管理院の技術が流用されているのも、タダシから得た情報をもとにしているのかもしれない。
アルファはその顔に微笑を浮かべる。
「彼は実に理解ある管理官でしたよ。この世界を誰よりも思って行動できる、貴重な人材です」
「あいつは転生者や召喚者の意思をないがしろにした! 世界のためとうたいながら、転生者や召喚者たちに犠牲を強いた! その行為は、管理官として許されることではない!」
アラタは一気にアルファとの距離を詰め、右手の剣を振り下ろす。時間差で左手の剣を横へと薙いだ。アルファは手にした槍の柄で、アラタの攻撃を防ぐ。
「アラタ管理官、貴方は己の責務に対し、とても実直なお人のようですね。けれど――」
アルファがアラタの双剣を弾くと、槍の穂先で横薙ぎする。アラタは寸でのところで背後に跳んで避けた。アルファは槍の穂先をアラタに向け、鋭い視線で見据えた。
「貴方のその実直さは、時に殺してしまいたくなるほど腹立たしいものですね」
アルファが掲げる槍の穂先に魔法陣が浮かび上がる。
「〝切り裂け〟」
「管理官権限執行、魔法攻撃反射!」
アルファの手から放たれた衝撃波に、アラタは結界を張った。アラタの全身を覆った結界に、荒れ狂う衝撃波がぶつかる。
アラタの目の前で結界に亀裂が走った。
「なっ!?」
アラタは息を呑む。結界が粉々に砕け散った。
「管理官権限執行、火炎球!」
アラタは咄嗟に火炎球を生み出して爆発を引き起こし、襲い来る衝撃波を打ち消した。爆発の衝撃に背後の壁に叩きつけられる。大きく咳き込み、口から血を吐き出す。防ぎ切れなかった衝撃波より受けた裂傷から、ぽたぽたと血が滴り落ちた。
「くそっ、魔法攻撃じゃなかったのか……」
アラタはふらつきながら、すぐさま治癒の権限を執行して止血する。
そんなアラタの様子を眺めていたアルファは小さく息をつく。
「いいえ、間違いではありませんよ。私があなたに放った攻撃はれっきとした『魔法』です」
アルファの口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。
「ただ、管理官が扱う借りものの加護ではないというだけの話です」
「なに……?」
顔を歪めるアラタに、アルファは己の胸に手を当てるとその笑みを深めた。
「我々は魂に直接、神々の加護を刻んでいるだけです。当然、その威力は段違いです」
アラタの目が見開かれる。
すなわち、目の前のアルファは転生者や召喚者と同じ、魂に世界の記憶を持つ存在と言うことになる。
「とはいえ、さすがに貴方ほど膨大な加護を有しているわけではありませんが……」
アルファはどこか憐れむような目でアラタを見つめる。アラタは目を細めた。
「俺がもともと『転生者』だと言うことも、タダシ元・管理官から聞いたのか?」
「いいえ、その必要はありません。もう一目瞭然ですからね。それだけの『力』を宿しているなら下手な隠蔽魔法など無意味です」
アルファがゆったりとした足取りでアラタへ歩み寄る。
「私は貴方が憐れに思えてなりませんよ、アラタ管理官」
その孔雀石色の双眸がはっきりと怒りの感情を湛えていた。
「『転生者』としての記憶やその魂に刻まれた加護を封じられ、幾重にも鎖で繋がれた姿は見るに堪えません。本来の貴方をそうして縛り付けるような相手に、貴方はなぜそこまで健気にも尽くそうとするのですか?」
「黙れっ!」
アラタは地を蹴ると、双剣をアルファに振り下ろす。
アルファは槍の柄で振り下ろされた剣身を受け止める。傷だらけのアラタの顔を見つめ、アルファはぽつりと呟いた。
「ああ、神は無慈悲で残酷です……タダシ管理官も、今の貴方を見てさぞ悔しさに打ち震えたことでしょう」
「勝手に俺を不幸にするなっ! 俺は俺の意思でここにいる!」
アラタは権限を執行し、双剣に炎を纏った。
アルファはアラタの剣身に宿った炎で手の皮膚を焼かれた。それでも動じることなく、アルファは怒りに細められたアラタの瞳を真っ向から見据えた。
「自分が何者であったかも思い出せないくせに、植え付けられた他者の思惑を己の意思であるかのように語らないでください」
アルファがアラタの双剣を弾いた。繰り出された鋭い突きを、アラタは両手の剣で払いながら受け流す。
「はっ!」
気迫とともに突き出された穂先が、アラタの頬をかすめた。鮮血が飛び散る。
「たぁっ!」
アラタも怯むことなく、左手の剣で槍の柄を払うと右手の剣を突き出した。アルファが咄嗟に槍の柄でアラタが突き出した剣身の軌道を変える。アラタの右手の剣がアルファの肩口を焼いた。
互いに顔を歪め、一度大きく離れた。
アルファの顔が忌々しそうに歪む。
「アラタ管理官……いえ、アラタさん。貴方は我らとともに在るべきです。偽りの友人や仲間を信じていてはいずれ己を滅ぼす結果となるでしょう。私たちならば、貴方を理解して差し上げられます」
「うるさいっ!」
アラタは悲鳴のように声を荒げた。
「管理官権限執行、影槍!」
アラタが足元を蹴ると、アルファの足元の影から黒い槍が伸びて強襲する。
「〝守護せよ〟」
アルファの全身を光が包み込み、足元から伸びた影の槍を弾いた。
「くそっ……」
「貴方は連れ帰ります。きっと『彼』もそれを切望することでしょう。私に貴方のことを語って聞かせてくれたときも、それを願っていましたから。貴方が真に手を取るべきは『彼』の手であるべきだったのです――」
「管理官権限執行、能力向上、磁硬槍、雷帝の怒り!」
「管理官権限執行、衝撃吸収!」
突如、雷撃を纏った槍がアルファへ迫った。凄まじい爆発の衝撃をもろに受け、アラタは大きく背後に吹き飛ばされた。壁に背中から激突するが、何やら柔らかい感触に受け止められる。床を転がったアラタは身を起こすと、巻き上がる粉塵に激しく咳き込んだ。目を上げれば、自分を庇うようにアルファと対峙するサテナとカイの背があった。
「サテナ管理官、カイ管理官!」
アラタがホッと表情を和らげる。
「お待たせー、無事だった? ケトロ管理官」
「アラタ管理官な。それよりもサテナ管理官、いきなり権限を執行する奴があるか。危うくアラタ管理官が巻き添えになるところだったんだぞ」
長杖の先端をアルファに向けたまま、カイが傍らのサテナに小言を並べる。
しかし、サテナはアルファの方を油断なく見つめている。その翡翠色の双眸に魔力を集め、アルファから視線を決して離さなかった。
「ねぇ、クルタ管理官。あいつ、何?」
「だからアラタ管理官だ」
「この施設で魔物を生み出していた人物です。どうやら、タダシ元・管理官と通じていたようで――」
「そんな情報はどうでもいいよ」
サテナの低い声に、アラタは言葉を切った。
カイも戸惑った様子でサテナを一瞥する。
「迷魂とするには魂に刻まれた加護が尋常じゃない。けれど境界域に転生者や召喚者がやってくるわけもないから、あいつの存在は異常だよ。もしかして、人工魔王?」
「魔法の扱いに長けた管理官のようですね。けれど、残念ながら私では『魔王』と呼ばれるには力不足です」
アルファが社交的な笑みを浮かべる。しかし、その瞳はサテナの言動を注意深く観察していた。
「興が冷めてしまいましたね。この続きはまたの機会に致しましょう」
「え、逃がすと思ってるの?」
サテナが長杖を構えながら、アルファに告げる。
「負傷したお仲間を置いて、敵を深追いする愚考は感心いたしませんよ。優秀な管理官さん」
サテナの言葉にアルファは平然と返す。
手の中の槍を消し去ると、優雅な仕草で一礼する。
「それでは皆さん、また次にお会いする時まで。ご武運をお祈り申し上げます」
アルファの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「せいぜい、死なないようにお願いしますね。アラタさん」
アルファの低い声が最後にそう告げ、彼の姿は掻き消えた。
残されたアラタ、サテナ、カイの三人はしばしの間、アルファが消えた場所を呆然と見つめていた。
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