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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務
101/204

File5-11「原初の存在」


「ご心配には及びません。お二人には少し、席を外していただいただけですので」


 こつっと靴底が固い床を踏む音が背後で鳴った。

「誰だっ!」

 アラタは双剣を手に背後を振り返ると、歩み寄って来る人影に剣先を向ける。

 少し緑みを帯びた淡い空色が、アラタの視界で広がる。

 姿を現したのは、白い装束を纏った男だった。

 地平線(ホライゾンブルー)色の長い髪を揺らし、孔雀石(マラカイトグリーン)色の瞳を真っ直ぐアラタに注ぐ人物はその青白い顔に笑みを貼り付けていた。アラタが纏う異世界間仲介管理院の制服を真っ白に染めたような装束を纏い、その上から外套(ケープ)を羽織っている。男が動くたび、その外套が白衣のように靡いた。

「貴方がアラタ管理官ですね? お会いできて光栄です」

 男は微笑を浮かべたまま優雅な仕草で一礼する。

 その孔雀石色の瞳をアラタに据えた。


「私の名はアルファ――〝原初(さいしょ)存在(ひと)〟と呼ばれております」


 アルファと名乗った男を前に、アラタは眉間のしわを深める。

「何故、俺の名を……異世界シャルタに現れた『鬼』はあんたの差し金か?」

「ああ、あの失敗作ですか。直接命令を下したのは私ではありませんが……まぁ、身内が差し向けたことに変わりはありませんので、ここでは『肯定(そうである)』とお答えしておきましょう」

 アラタはアルファの言動に苛立ちを覚える。

 つかみどころのない言動は、こちらをかく乱するためだろうか。

 その手には乗るか。

 アラタはひとまず、目の前の男から情報を探ることに専念することにした。

「俺とあんたは初対面のはずだが?」

「はい、私と貴方は今日初めてお会いしましたよ。ただ、私は知り合いより貴方のことを聞いていましたから。随分と変わった管理官がいる、と」

 アラタはアルファの言葉に逡巡する。彼の言葉を信じるならば、異世界間仲介管理院に内通者がいるということになる。

「異世界間仲介管理院に知り合いでもいるのか? あるいは、あんたも管理官か?」

 アラタは考えを巡らした末、正直に質問をぶつけた。

 オギナと違い、腹の探り合いはアラタの不得手である。何より、僅かな間のやり取りとはいえ、目の前のアルファの方がアラタよりもずっと策謀を巡らせるのに長けているだろう。

 相手の土俵に無理に立ったところで、ロクなことにはならない。

 アラタは自分にできる範囲で、アルファから情報を得ることに注力した。

 案の定、アラタの直球すぎる質問に、アルファは目を丸くした。

 次いで、くすくすと笑い声を上げる。

「なんともまぁ、正直なお方ですね。嫌いではありませんよ」

「……」

 アラタは余計なことは言わずに沈黙する。

 ひとしきり笑った後、アルファはふと表情を消した。

「貴方のお人柄に免じて、今回は大目に見て差し上げます。今後、二度と私たちを『管理官』などと呼ばないでいただきたい」

 反吐が出る、とアルファの鋭い目がアラタを射抜いた。

 アラタの背筋に悪寒が駆け抜ける。

 アルファがその全身に纏った殺意に、アラタは双剣を握る手に力を込めた。アラタの額に浮かんだ汗が頬を伝う。

 しかし、アルファはすぐにその殺気を消し去った。それまでの世間話をする態度に戻る。

「では、あんたたちは一体何者なんだ? なぜ、こんな場所で魔物を生み出している」

「生み出している、というのは少々語弊がありますね。何せ、魔物(あれら)は私が最終的に目指す成果の過程で生じたものに過ぎません。魔物(あれら)が私の最終目的ではありませんので、意図して生産しているわけではありませんよ」

「結果として生み出されたのであれば、同じことではないのか?」

「全然違いますよ」

 眉根を寄せるアラタに、アルファは朗らかな笑顔のまま断固として言い放つ。

「さて、貴方からの質問にもお答えしたのですから、私の話も聞いていただきますよ。そのために、あなたのお仲間に席を外していただいたのですから」

「二人をどこへ転移させた? 危害を加えるようなら容赦はしない!」

 怒りも露わに詰問するアラタに、アルファは軽く肩をすくめた。

「貴方のお仲間には、失敗作の廃棄をお願いしております。この施設を近々放棄する予定でしたので、勝手ながらご助力いただくことにいたしました」

 アルファは厚かましい発言とともに、にっこりと笑う。

「単刀直入に申し上げましょう。アラタ管理官、私たちは貴方に助力を乞うために参りました」

 アルファはスッと己の胸に手を当てると、そっと目を伏せた。


「すべては世界の崩壊を防ぐためです」


 アラタは険しい表情のまま鼻を鳴らした。

「世界の崩壊を企てているのはあんたたちの方だろう」

 アラタの指摘に、アルファが目を開ける。そのまま、アラタを見据えた。

「アラタ管理官、貴方もご存知の通り、異世界間連合の理念に掲げられているのは『信仰』によって良質な魂を循環させることによる世界秩序の構築と維持です」

 アルファは唐突に言った。そのまま頭上を仰ぎ、そこに描かれた天井画を見つめている。天井画には「集いの場」での神々のやり取りが描かれている。その中には顔の描かれていない、一柱の神が佇んでいた。

「神々は『消滅』をこの上なく恐れています。それ故、己に破滅をもたらす『魔王』を恐れ、『勇者』制度を生み出し、異世界間仲介管理院による管理の下、永続的な存在の維持を求めているのです。そして神々は異世界間仲介管理院の創設を機に、異世界間を行き来する魂の循環を円滑にすることで、今日(こんにち)の安定した世界統治を実現しました」

 アルファはまず、アラタに現状を認識させるためにそう前置きした。

 彼は続ける。

「しかし、神々が増え続けることで、『魔王』を始めとした世界の歪みはより大きくなりました」

 アルファは目を細める。

「神々の多産は世界の飽和状況を生み出し、良質な(じんざい)の搾取に走り、迷魂の発生を促しています。『魔王』が生まれずとも、そんな世界はいずれ滅びる定めにあります。人間世界の歴史を垣間見れば、おのずと察することができるはずです」

「……何が言いたい?」

 そう問いかけつつも、アラタの顔が不快げに歪む。

 アルファの語る言葉と同じような内容を、アラタは少し前に耳にしていた。

 案の定、アルファの口から出た言葉は、アラタの知っている内容だった。

「私は、真に世界を正そうとする神々のみが存在すべきだと思います」

 アルファの瞳が鋭さを帯びた。心底から、軽蔑している。そう言いたげな様子だった。

「ただ周囲からもたらされる恩恵のみを享受し、世界の歪みを正す役割を放棄した神など、この世界には必要ありません」


 ――己が利己心に溺れ、世界の秩序を正す役目を放棄した神々に存在する価値などない!


 かつてアラタに向けてそう叫んだタダシと、目の前のアルファが重なった。

 ギリッとアラタは唇を噛み締める。

「どいつもこいつも……どの立場から神々の存在を否定しているんだ」

 キッとアラタがアルファを睨んだ。

「神々の数だけ世界があり、そこに住まう命がある! 神々を失った世界は崩壊する! わかるか? そこに住まう命も潰えるということだ! それを部外者の……それも一個人が勝手に神々を有能か無能かで線引きし、選別するなどおこがましいにも程がある!」

「現実を見ていないのは、異世界間仲介管理院の方ではありませんか?」

 アルファは即座に切り返す。

「この世は有限です。これ以上神々が無限に増殖を繰り返せば、やがて(資源)は枯渇します」

 そうなってからでは遅い、とアルファは悲しげに眉を寄せた。

「俺は管理官だ」

 アラタははっきりと告げる。

「すべての魂に、その歩んできた人生がある。俺たちはそれらを尊重し、新たな旅立ちを後押しすることが仕事だ。その際に、その魂が願う想いを汲み取ることで、世界の秩序は構築され、神々の存在も安定していく。そうやって今存在しているすべての世界を守っていくのが、俺たち――管理官の立場だ」

 アラタは双剣を構えると、アルファに向けて断言する。

「あんたの言うように、神々が世界を滅ぼすっていうのなら、そうならないための対策を考えるだけだ。今、目の前で起きている問題をしっかりと受け止め、あんたらが行おうとしている『排除』以外の方法でこの事態を乗り切って見せる」

 アルファはしばらく沈黙し、その表情から笑みを消した。

「なるほど、それが貴方のご意思ですか。交渉の余地はないということですね」

 アルファが一歩、前に出た。

「では、私は私のすべきことをいたします。アラタ管理官には、是が非でもご協力願いますよ」

「やってみろ、あんたのふざけた理想ともども打ち砕いてやる!」

 アラタは双剣を手に、アルファへ突っ込んだ。アラタは手にした剣をアルファに向けて振り下ろしたのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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