第5話 狒々~ひひ~
その男、姿は人間だった。
しかし、四肢は筋肉で膨れ上がり恐ろしいほど長い爪が生えている。
その姿は、獣に近い。
「ん?あなた、鬼を飼ってますね?もしかして高天原の者ですか?」
「たっ高天原?なんのことですか」
いきなり襲い掛かって来たと思ったら何を言い出すんだこいつ?
「ん~高天原をご存じでない?しかし、鬼を飼っている・・・これは奇妙ですね」
(高木。お前は引っ込んでろ、お前が前に出ると俺の楽しみが遅くなる)
今、目の前に居る男。ではないもう一人の声が聞こえる。
でも姿は見えないし、さっき聞こえた声とも違うようだった。
「やれやれ、気が早いですね。じゃあ後はあなたにお任せしますよ」
(やれやれはこっちのセリフだ。全く。今日は女じゃないだけでも、ついてないのによ)
すると男は四つん這いになった。
やばい。次襲われたら、死ぬ。後ろを向いて逃げてもあのスピードだと確実に背中から襲われて終わるだけだ。
頭の中で逃げきる手段を考えるが、どれも死以外が見えない。
(じゃあな小僧)
あっ死んだ。
そう思ったのと同時に、目の前には爪が迫っていた。
キン!
死を覚悟して目を閉じていたが、痛みはなかった。それどころが不可思議な音が聞こえ、そっと目を開けると
「なっ!」
人の形に切り抜かれた紙きれが、爪を防いでいる。
「なんでこう勝手な行動に出るのかしらあなたは」
後ろでいつもの毒が聞こえる。
「楓!」
「一連の騒動は、あんたの仕業ね?」
(くっなんだよ!やっぱり高天原の連中じゃねぇか!このガキ!)
「今近くの器が集まってきてるわ。それまで大人しくしてなさい」
楓はそう言うと、あの紙を獣の男の周りに投げた。
紙は男を囲むとどこから出たのか、鎖で獅子や胴体を縛った。
「これは・・・拘束術。ここは一旦引いた方がいいのでは?これらを殺すのは簡単ですが、
まともな器が来たら面倒なことになりますよ?」
(・・・チッ!クソが!引くぞ高木!)
獣の男は強引に鎖をちぎる。
「なっ!」
(覚えてろ、クソガキども!)
男が去ると、辺りは静寂に包まれた。
緊張が解けると、足の力が抜けその場に座り込んだ。
「ちょっと!宗助大丈夫?」
「あっあぁ。悪いな。前で色んな事起こりすぎて・・・何がなんだか。
てかそもそも、お前どこ行ってたんだよ!」
「私は警察が来たから、気配消しただけよ。そしたらあんたが勝手に連れていかれたんでしょ」
そもそも気配消すってなんだ。そんな技あるなら先に教えてくれよ・・・
「とりあえず、ここから離れましょう。もし戻ってきたら危険だわ」
「でも他の器の人が来てくれてるんだろ?逆にここに居た方がいいんじゃないか?」
「あんなのハッタリよ。連絡なんてしてないから、誰も来ないわよ」
マジかよ・・・。あの場面でハッタリとか肝据わりすぎだろこいつ。
「わかったらさっさと帰るわよ。もしかしたら、この一件まずいかもしれないわ」
なんか家に辿りついたが、布団に入ることは許されなかった。
「なに寝室に行こうとしてるの?まだ終わってないわよ」
そう言われ、居間に引きずられてきた俺は、楓にさっきあったことを報告した。
「なるほどね。奴は最初からあなたに鬼が居ることがわかっていた。そして、高天原のことも知っていた」
「あっそうだ。そういえば高天原って何なんだ?」
「高天原は私たちが“本部”と呼んでるところよ。そこの正式名称ね」
「いや、そこ大事なところじゃねぇの?仮にも俺当主よ?」
「高天原は、私たちも知らない場所にある。ゆえにその存在も隠しているわ。
むやみにこの名前を外に出して敵に認知されることは避けたいの」
「でもアイツはその名前知ってたぞ?」
「うん、それを知ってるってことは・・・この件は本部に聞いてみるわ。
それより、あなた声が聞こえたって本当?」
そういえばあの声はいったい何だったんだろう。俺を助けてくれるような言い方だったけど
「まぁ一言だけだったけどな。その後、なんか体が勝手に動いた。なんなのか楓わかるのか?」
「その声は、たぶんあなたの中に居る鬼よ。奴も実際の人間の声と、もう一人声が聞こえたでしょう?
それが、宿している者の声よ」
鬼の声。まさかとは思ったが、それでなら、さっき襲われた時見えない何者かの声が相手から
聞こえたことの辻褄があう。
「じゃあ、俺も鬼と会話できるってことか?」
「あなたの中に居る鬼にその気があればね。ちなみに、さっきあなたが言ったように
気まぐれで助けてくれることはあっても、こっちの問いかけや全面的に力を貸してくれた
事は一度もないわ」
「へー。なぁおい。なんでお前返答しないんだ?気まぐれで助けるくらいなら、力貸してくれよ」
・・・。沈黙が流れる。やっぱり無理か。
「はぁ。そっちの件は私じゃどうしようもないから、あなたに任せるわ。報告書もまとめ終わったし
今日はもう休みましょう」
楓の一言で今日の調査がやっと終わった。
寝室に行き、時計を見るとすでに2時を回っていた。
「マジかよ・・・。明日休みで良かった・・・」
布団に横になると、まさに気絶に近い状態ですぐに眠りに落ちた。
(なんで気まぐれで助けちまうのかねぇ)
力を貸すことは別に良い。でも俺は鬼だ。面白くない事、気に入らんことはしない。
奴は面白い男だった。お上の言うことなど気にせず、気の向くままに暴れていて心地よかった。
しかし、それからはどうだ。規約規約規約。
縛られ、力はお上が許した時にしか使えんかった。そんなつまらん奴らのために力を貸すまででもない。
そう思っても、力を貸してしまう瞬間があるのは奴のせいだろうか。
それとも・・・
「うるせぇ」
意識が無くなったのに、あの声が頭の中で聞こえてきた。
あの声が話してたのは数分のはずなのに、気づけば朝の8時を回っていた。
・・・あれ絶対鬼の声じゃん。めっちゃ喋るじゃんアイツ。
なんで寝てる時に喋るんだよ・・・。
全く寝た気がせず、二度寝をしようとすると。
「いつまで寝てるのかしら?早く起きなさい」
あぁそういえばこの女も居たか・・・。
1つ屋根の下、幼馴染の女の子と生活なんて最強のシュチュエーションだと思っていたが、
何故だろう。早く実家に帰りたい。
「昨日の件で招集が掛かったわ。9時には出るから準備しておきなさい。
それと朝食作っておいたからさっさと食べなさい」
楓はそういうと、部屋から立ち去った。
朝食食べたら、二度と目覚めない気がする。
「~!!寝起きの姿見ちゃった。なんかこれって夫婦みたい!」
宗助との1つ屋根の下の生活。昨日は報告書が忙しくて、寝顔を見ることができなかったけどこれはこれであり!
朝食は、簡単なもの作ったからこれで昨日の名誉挽回よ!
「あれ?宗助?ずいぶんと顔色悪いね?命を出されて一日でダウンかい?情けないね」
「ははっ・・・。そうだな。孫にはちゃんと卵焼きは黄色い物だって教えてやってくれ。
ばあさん・・・」
昨日の件で招集をかけられた俺たちは、楓の家に来ていた。
俺の体調がすこぶる悪いのは、黒い卵焼きを食べたからだ。
一縷の希望を託したが儚く散っていったよ。
「?卵焼きは黄色いもんだろ?何を言ってるんだい?」
楓は顔を赤らめたままうつむいていた。俺はグロッキー状態で下を向いていた。
「まぁいいさ。それより、昨日の件で本部から文が届いた」
空気が変わり、俺も楓も顔を上げる。
「本部からは、この件からあなた達2人を降ろすことにした」
楓のばあさんからそれが伝えられると、内心ほっとした。
あんな化け物、次会ったとしても勝てるわけがない。
しかし
「なっ何故ですか!まだ3日も経ってなのですよ!」
意外なことに楓が前に出た。
「楓の報告は私も読んだ。あれはあなた達に負える代物ではない」
まぁ確かに俺らにそうこうできる相手じゃないが
「でも降ろすってんなら、理由は聞いていいよな?一応その情報取って来たの俺らだし」
楓のばあさんは沈黙だったが、諦めたかのように渋々話してくれた。
「この一連の騒動の犯人は高木総一郎。元高木家当主で高天原に所属していた器。
そして宿している者は“狒々(ひひ)”。楓、直接力比べしたあなたならわかるでしょう?
楓の弱さが出なければ多少抑えられるかもしれないけど、生身の人間が敵う相手ではないわ」
「んっ・・・・」
「話の腰折って悪いけどさ、狒々ってどんな奴なんだ?名前は聞いたことあるけど」
「ほんとに何もわからないんだねお前は。狒々は大きな猿の姿をした妖だ。知能が高く、相手の心も読める。
楓の報告を見るとその力は失われてるようだね。それと狒々の血を人が飲むと鬼が見えるようになると言われている。
宗助の中に鬼がいるのがわかったのは、そのせいかもしれないわね」
改めて聞いてみるとなかなかヤバめの奴じゃない?それで、今両手両足ついてるだけでもラッキーだな。
「さらに、高木総一郎は高木家の当主でありながら武術でも優れた才を持っていた。
その性格には似合わなかったけどね。狒々の運動能力に身体がついていけるのは、そのおかげかもしれないね」
つまり、相手は器も中身も優れた相手ってことか。対してこっちは鬼の力を使えないただの高校生。
それこそアリがゾウに立ち向かう様なもんだ。
「なるほどな。確かにそれは俺らじゃどうしようもないな」
「ちょっと宗助!」
「楓、お前は小さいころから修行してたからあんな時でも堂々として俺を守れた。
でも、俺はほぼ一般人だぞ?今度アイツと対峙したら、お前が殺されかけても俺は守れない。
俺も死にたくないし、お前が命を懸けるほど俺に価値はねぇよ」
楓は下を向いて唇を噛みしめていた。
「この命に執着することも無いだろ。もっと簡単な命も出るんだろ?ならそっち出るまで待とうぜ」
「私は!私は・・・」
楓はその先は言わず、部屋から出ていった。
「後を追わないのかい?」
楓のばあさんは茶をすすりながら聞いてくる。
「あいつは昔からだろ。最初は不安がるくせに、やり始めると最後まで絶対にやり遂げるって意地を張る。女ってそういうもんなのか?」
「さぁね、あの子に直接ききな。話は終わったよ。あんたも帰りな」
呼ばれたのに厄介払いの様な形で追い出された・・・。
来た時は晴れてたのに、今は厚い雲が空を覆っている
「なぁ鬼。昔から女ってのは意地っ張りなのか?お前かなり昔から生きてるだろ?」
話かけてみるが返答はなかった。
「はぁアイツの好きなもんでも買って帰るか」
朝はあんなに晴れていたのに今はどんよりと曇ってる。
「はぁはぁ」
勢いで飛び出てきてしまった。でも、まさか初めての命で降ろされるなんて。
宗助との暮らしがすぐ終わってしまうことも、引きたくない理由だ。
でも、それ以外にもこの命だけは絶対に完遂したかった。この命を完遂させて、自分に自信を持たせたかった。
「自分の力量を自分で決めるな」
幼いころからおばあさまに言われる言葉だ。
どんなに修行しても、どんなに他人から認められてもどうしても私は自分を認められない。
自分は弱い。だからあの時も高木を拘束できなかった。自分がもっと宗助を守れるくらい強かったら。
私がもっと・・・もっと!
「強かったら私が倒せますか?」
「!!」
卵焼きは黒い(確信)