第10話 自信~じしん~
「いや、脅かしてすみませんでした。食料調達もわたくしの仕事なので」
真綾さんはよいしょというと、背負っていた熊を降ろした。
真綾さんと出会って数十分後、やっと誓願寺にたどり着くことができた。
その間真綾さんは熊を背負いながら階段を登り、楓は真綾さんとおしゃべりをしながら登っていた。
何なんだこの2人は・・・
「思ったより遅くなってしまいましたね。二人ともお腹すいてしまったでしょう。
お部屋を案内した後、お食事にいたしましょう」
真綾さんはそういうと、近くに居た人に案内を任せ。熊を担いで寺の奥へ行ってしまった。
部屋へ案内されると荷物を置き、そのまま広間へと案内された。
そこにはすでに、膳に料理が並べられていた。
「ごめんなさい。もう厨を片してしまって、番台所にあった残り物なのですが」
自分たちと同じタイミングで、真綾さんが料理を運んできてくれた。
「いえ、逆にすみません。こんな時間にいただいてしまって。予定ではもう少し
早く着く予定だったのですが・・・」
楓は俺を睨む。
楓、たぶん俺が通常だ。お前の方が異常なんだぞ。
真綾さんもまだ食べていなかったらしく、三人で晩御飯を食べることになった。
「意外ですね。お寺って精進料理ばっかり食べてるのかと思いました」
そこには、肉やネギといった旅館で出てきそうな料理が並んでいた。
「あぁ。実は誓願寺は、元はただの稽古場だったんです。ただ、いつしか結界に興味を持った
師範がいまして。そこから高天原と関係を持ち、稽古場だと都合が悪いということで
お寺ってことにしたんです。だから、ここでは食べ物関係の縛りはありません」
三人で話をしながら、箸を進めていると楓が俺も気になっていたことを聞いてくれた。
「真綾さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「真綾さんは深見家の当主なのに、なんで巫女装束なんかを?」
真綾さんは、今もなお巫女装束を着ていた。
「あぁこれですか。実はわたくしは幼いころは巫女になりたかったんです。
だって可愛くないですか?巫女って。
ただ、お父様に後継ぎとして育てられたのでその夢は叶わなかったのです・・・。
でも、気づいてしまったんです。当主になれば、ここの規則はわたくしになる。
なら、別に巫女の服を着て巫女の気分を味わうのも好きにできると」
ポカンとしている楓を横目に、俺も質問する。
「巫女さんの服を着たい理由はわかりましたけど、なぜ狩りの時もその服装を?
動きにくくないですか?」
「それは・・・」
真綾さんは顔を赤らめながら恥ずかしそうに言った。
「ここら辺で一番手ごたえあるのって熊しかいないのですけど。
熊程度ならこの服装でも簡単に狩れると思いまして・・・」
恥じらった割には内容が、全然乙女じゃないんだけど!
「それに普段は当主らしく着物を着ているのですが、胸がきつくて。こっちの方が楽なんです」
顔赤らめて言うとこ、こっち!なんでそういうことサラッと言うの!
しかし、そういうこと言われると余計に意識してしまい、目線がそちらにってしまう。
Oh…
すると、隣から狒々の時でも感じなかった殺気を感じた。
「なに、ジロジロみてるの。変態」
「うるせぇ。本望だ」
ドスッ!
隣から鋭い肘打ちが放たれた。
「まっ間違った。本能だ・・・」
楓は冷たい目を俺に向け続けた。
食事を食べ終わると、パン!と真綾さんが手を叩き。
「それでは、楓さん!お風呂に入りましょう!一緒に!」
「えっ・・・」
そこには目を輝かせながら見つめてる真綾さんと、どこか絶望した顔をした楓がいた。
俺はお風呂と聞いた瞬間に己の欲望との激戦が始まった。
~楓サイド~
ぽちゃん。
「ふぅ~いいお湯ですね~」
雫が落ちる音と共に真綾さんの声が聞こえる。
私は、横目で真綾さんの胸元をみた。そして、自分の胸に目を向ける。
・・・。神様なんてこの世にはいないのかもしれない。
「理不尽!!」
そう言いながら、お湯に顔を沈めた。
「わぁ!どうしたのですか?楓さん!」
「いえ・・・なんでもないです・・・」
しばらくの沈黙の後
「楓さんは、何故今回ここへ来たのですか?」
真綾さんが不意に聞いてきた。
「・・・。先日の狒々の件は聞いていますか?」
静かに頷く。
「私は、私自身に自信が持てないんです。幼い時から、いつかは観察係の命を受けると
自負しながら過ごしてきました。でも、いざ観察係任命されたそんな時でも私の中では
不安しかありませんでした。私に宗助を守れるのかと」
そう、私の中ではいつも不安が渦巻いている。私なんかにはできない。努力しても
才能を持った優れた人には勝てないと。だから、私はできる自分を演じた。
「もしかしたら、もしかしたら命を成功させられればそれが自信に変わるかもと思ってました。
でも、それは叶いませんでした。数日で命を降ろされ、狒々の力を少ししか借りていない高木に
負けました。そして、結局宗助に危ない橋を渡らせてしまいました。ダメだとわかっていたのに鬼の
力を使わせてしまいました」
真綾さんは何も言わず静かに私の話を聞いてくれる。
「私は経験値もない、ましてや当主でもない。でもだから、もっと強くなりたいんです。
自分に自信が持てるくらい。誰かを守れるくらい。
もう、大切な誰かが死ぬかもしれない。あんな思いをしたくないんです!」
「・・・そうですか。楓さん。自分に自信を持つのはとても難しいことです。
わたくしも、女だからと諦めていた時期がありました。でもそれは、言い訳とか
現実から逃げているということが問題じゃありませんでした。
・・・自分自身を、許してあげてください楓さん」
自分を、許す・・・?
「弱い自分も逃げる自分も許してあげてください。それは何かきっかけが
必要かもしれません。でも、もし自分を許せる瞬間が来たらその時は・・・」
真綾さんは夜空を見上げて続けた
「今まで、濁っていた世界がとても綺麗に見えますよ」
夜空を見上げている横顔はどこか儚げで、昔を懐かしむ目をしていた。
「それよりも楓さんは、宗助さんのことが好きなんですね!」
「はっはぁ!?」
顔の温度が急激に上がるのが自分でもわかる。
「なっなんでそうなるんですか!!あいつはただの幼馴染っていうか、
家柄そういう関係っていうか・・・」
「ん~?でも先ほど、大切な人って言ってましたよね?恥ずかしがらないでください!」
真綾さんはそう言って、私に抱きついてくる。
む。胸が!!胸がぁ!!
「宗助さんとはどこまでいったんですか?キスまでですか?いやでも観察係になったら、
器の監視のために部屋を貸されるはず・・・。まさか!もう一線越えちゃったんですか~!!」
「た、たふへへぇぇぇぇ!!!」
~宗助サイド~
いや、わかってたよ。お寺だもんね。旅館じゃないもんね。そんなご褒美みたいな
展開あるわけないよね。
「「いらっしゃい!!!戦友よ!!」」
そこには筋肉隆々のムサイ男たちが自分の男を隠さずに、待ち構えていた。
俺は空を仰ぐ。
「帰りてぇ~」
厨は調理する場所を示す言葉だそうです。
ちなみに、番台所は料理を盛り付ける場所です。
読んでくださった方々も、薄々思ってるかもしれません。僕も書いてから思いました。
修行編なのに修行してなくね?