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涙の訳

「あれ、美羽ちゃんたちだよな?」


 午後の初めの授業が移動教室であったので昼食をちゃっちゃと終えて今日も今日とて代わり映えしない相方と廊下を歩いていると、そこから見える中庭で榊原と日野が昼食をとっているのが見えた。別にそれ自体におかしな点はない。今はまだ6月。天気のいい日に外で弁当を食べたくなる気分というのもよくわかる。

 だから、俺たちが引っかかったのはそこではない。


「なんか、暗くね?」

「…………」


 日野が心配そうな表情で榊原に何やら語り掛けており、榊原は安心させようとしてるのか明らかに無理している笑顔を浮かべている様子だった。


 そんな榊原は初めて見た。再会を果たしてからもう2か月。毎日のように顔を合わせるような間柄ではないとはいえ、それでも学校で見かけた彼女はいつだって笑顔であり、明るかった。さらに言えば、1年生の身でありながら補欠からの繰上りとはいえ演奏会の演奏者に選ばれたこともあってかより一層ニコニコしていた。


 それゆえに、一際彼女の暗澹たるその表情はひどく悲壮感を感じさせる。


「あれかね?生理かな?」

「お前間違っても本人に直接言うなよ?セクハラで訴えられるぞ」

「その前にかなちゃんに殺されそうだけどな」


 はははと笑い声をあげて早乙女は止めていた足を再び動かし始め、俺もまた彼女の様に後ろ髪を引かれる思いのまま歩を進めた。



………………………………………………………



……………………………………



…………………



 そんなことがあった翌日俺は保健室に向かっていた。


「はぁ~、学生生活に慣れて気が抜けてるのかね……」


 体育の授業で軽いけがをしてしまい、それの治療に向かっていた。当然だが今更学校の授業レベルで怪我をするようなことはないはずだ。いくら目立たないように演技してるとはいえ、際立って運動音痴となれば逆に目立つこともあり平均程度にはできるように演じている。

 

 だが、今回はバスケの試合中にぼうっとしてしまいボールが頭部に衝突。別に大したことはなかったがたんこぶができてしまったので教師に言われて保健室に冷やしに来ていた。


「失礼しま~す」

「え……」

「へ……」


 なぜか下着姿の女子生徒が……というより榊原がいた。白のフリルがついた上下セットの何とも可愛らしい代物だ。


「~~~~~~」

「あ、ごめん」


 顔を真っ赤にして金魚みたいに口をパクパクしてる彼女に気づいた俺は言うが早いが慌ててドアを閉める。


 直後、恐らくは枕か何かに顔を押し付けているのだろう。くぐもった叫び声が保健室が漏れ聞こえてきた。


「ど、どうぞ……」

「お、おう」


 数分後、消え入るようなか細い声でそう言われ保健室に入る。そこには保健室に常備されている学校指定のジャージに身を包んだ榊原がパイプ椅子に腰かけており、先程ほどではないがそれでもはっきりとわかるほど羞恥に頬を染めていた。


「せ、先生は?」

「用事で、外してるみたいです……」

「そ、そうか……」


 き、気まずい……


「わ、悪い。悪気はなかったんだ……」

「い、いえ…。鍵をかけてなかった私も私ですし…」


 良かった。ここで俺のことを訴えるとか言い出したらどうしようかと思った。


 というか、そもそも…


「なんで着替えてたんだ?」


 それに、なんで…


「なんで髪が濡れて…」


 6月に入ったとはいえプール開きはまだ先だ。それに仮にプールがあったとしても制服からジャージに着替えるような事態になるとは思えない。


「ぁ……」


 言われて彼女の表情は先ほどまでと一転、一気に青ざめた。それだけで彼女にただ事ではない何かが起こっていることはすぐに分かった。そしてそれが何か、すぐに心当たりがあった。


「いじめ、か…?」


 俺の言に、彼女の方は大きく跳ねあがった。


「な、何言ってるんですか先輩。これは私がドジふんじゃっただけ全然そんなんじゃないですよ~」


 その声は痛ましいほどに震えていた。それだけで彼女の答えが嘘であることは明白だった。


「…………」


 多分、ここで俺は何も気づかないふりをして「そうか、変なことを言って悪かったな」と返すのが一番なのだろう。俺はサクリファイスの執行者。俺の本来の役目は人殺しで、学生はあくまで仮初めの姿。必要以上に他者に、しかもクラスメイトですらない後輩に深入りするべきではない。

 

 それはわかってる、わかってるけど……


「榊原」


 腰を落として、座っている彼女に目線を合わせる。


「俺たちは知り合ってまだ数カ月だし部活の先輩後輩のような密な関係ではない。お前にとってはその他大勢の一人でしかないだろう。でも……俺にとってお前は大事な後輩だ。どんな些細なことであっても力になれるならそうしたい」

「………」

「絶対に悪いようにはしない。だから……俺にお前を助けさせてくれないか?」

「ぁーーー」


 彼女の口から小さく、本当に小さく声が漏れーーーそれを発端として


「ーーーーーーーーー!!」


 子供の様に声を上げて泣き始めた。

みなさんのお陰で早くも200PVに到達しそうです。いつも読んでいただきありがとうございます。これからも自分のペースでではありますが頑張っていきたいと思います。

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