生徒会長
「はい、かず君。これ演奏会のチケットだよ♡」
「えっ!ほ、本当に俺にくれるの?」
「うん♡だってかず君のためにとっといったんだよ♡」
6月上旬。ただでさえ春が終わり梅雨入りしたことで蒸し暑くてたまらないというのに朝学校に来てみれば教室で一目はばからずイチャイチャしているカップルに出くわした。いちゃついているのはクラスメイトの二人。一年生の頃から付き合ってるらしく、二年生になって早々再び同じクラスになったことを手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいたのを覚えている。
「ちっ」
「爆発しろ」
「ただでさえ暑いってのに……けっ」
他方、♡マークスら飛び交っていそうな二人とは逆に一部ーーー特に男子のみのグループーーーではドロドロとした嫉妬の感情が渦巻いており、こちらは怒りマークが飛び交っている。
「おっす」
「ああ、おはよう」
カップルを避けるようにして自分の席に着くといつものように早乙女がやってきた。
「いや~しかし今日は一段と暑苦しいですな~」
「毎年地球温暖化が深刻化してるからな。俺たちも自分のできることからやってかないといつか取り返しがつかなくなるぞ」
「そうそう、ゴミの分別とかエコバックの持参とか……ってちゃうやろが!」
ぺしっと軽く頭頂部をはたかれた。叩かれたことよりも似非関西弁の方が地味にイラっとくるがそれは飲み込んだ。
「冗談だよ」
「お前の冗談は詰まらないんだよなぁ。にこりともしないで言うからガチなのかもわからんし」
「……そうか」
……ちょっと傷ついた。自分としては結構面白いつもりだったんだが…。俺に友達が少ないのは目立たないように行動してるからじゃなくて俺がつまらないから?……い、いやこれ以上考えるのはやめにしておこう。俺は友達を作れないのではなく作らないんだ。
「しかし今日は随分と熱烈だな。何かあったのか?」
普段から仲のいいカップルとしてクラスでは有名ではあったがそれでも最低限の節度は守っていた。今ほど人前ではっちゃけてるのはそれこそ新学期初日以来だと思う。
「あぁ、チケットって言ってたし、あれじゃねえの?」
「あれ?」
「7月にある吹奏楽部の定期演奏会。確か桜木……女の方は吹奏楽部だからな。演奏者に選ばれたんじゃねえの?」
「定期演奏会?それだけであんなに盛り上がるものなのか?」
吹奏楽部がどういったシステムになってるのかは知らないが『定期』とついているくらいだ。それなりの頻度で開かれるものにあれほど盛り上がれるものなのか?
「うちの吹奏楽部は大所帯だからな。その中から選抜されるってのはすげえことだし、演奏会のチケットも販売してすぐに売り切れになるくらい大人気だ。出演者だけは事前に数枚までなら予約を付けられるけどそうじゃない人は部員ですらなかなか手に入らない。それで喜びのあまり一目はばからず……ってとこなんじゃねえの」
「ふ~ん。それにしては一年の頃はあまりそんな話聞かなかったけどな」
「言ったろ、大所帯なんだよ。選ばれるのは基本的に2、3年で1年が選ばれることはまずない……といいたいところだけど、今年はちょっと違う」
「違うってことは1年で誰か選ばれたのか?」
「らしいな。ちらっと耳にしただけだけど。……そう言えば美羽ちゃんは吹奏楽部だったな。今度会ったらその1年がどんな奴か聞いてみるか」
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…………………
「あ~それたぶん私のことですね……」
昼休み、学食で昼食をともにした榊原に例の一年のことを聞いてみると彼女は照れくさそうに頬をかきながらそう答えた。
あれからもなんだかんだで二人との関係は続いている。といっても廊下であった時にちょっとした世間話をしたり、普段弁当派の彼女たちがたまの学食の日にこうしてタイミングが合えば一緒する程度の物ではあるが。
「1年で選ばれたのは私だけのはずなので……。えっと……諸事情で出れなくなった先輩の代わりなので自慢できるようなものじゃないですけど」
「いやいや、それでも他の1年だけじゃなくて2,3年も押しのけて選ばれたってことでしょ?すげえことじゃん!」
「ふふん、そうでしょうそうでしょ」
「なんで日野がそんな自慢気なんだよ……」
当の本人ではなく日野が「どうだ、凄いだろ!」と言わんばかりのドヤ顔で胸を張っている。その表情からはもう榊原のことをまるでわがことのように喜んでいるのが見てとれた。
そんなこんなで吹奏楽部の話題を中心に話を膨らませていると
「こんにちは、榊原さん」
「あ……坂上先輩」
俺たちの使っているテーブルのすぐ横で、空になった食器を乗せたトレーを持った男子生徒が立っていた。
黒の短髪に眼鏡をかけた爽やか系イケメン。身に着けているネクタイから見るにどうやら俺と同じ2年生らしいが、生憎と1、2年でクラスメイトになったことのない相手であり知らない顔だった。
「日野さんもこんにちは」
「……どうも」
日野とも以前から知り合いのようで先輩からの挨拶だというのに無愛想極まりない挨拶を返されても一切動揺した様子は見られない。
「あ、えっと…こちら吹奏楽部の坂上真先輩です」
「どうも。っていっても早乙女君は知り合いだけどね」
「うっす、久しぶり!」
「お前、知り合いなのか?」
「俺はお前と違って友達多いんだよ」
「うぐっ」
違う…俺に友達が少ないのは目立つなと言われているからであって決して俺に交友関係を広げる能力がないからではない。現にこうして榊原たちとだって……いや、いつも来るのは二人から出し一番多く話しているのは早乙女だった……。
「えっと、君は初対面だったよね?」
「あ、ああ。成瀬だ。成瀬悠斗。2年3組だ、よろしく」
「繰り返しになるけど僕は坂上真です。2年5組だよ。こちらこそよろしく」
トレーを持っているため流石に手は差し出されなかったが、それがなければ握手を求めてきそうなほど爽やかな微笑みを浮かべていた。こうして2言3言交わしただけでもわかる。こいつは絶対にモテる。見た目も性格もいいこいつがモテなきゃいったい誰がモテるんだって話だ。
「ってか真の方はともかく悠斗は知らなかったのか?結構有名人だぜこいつ」
「有名?」
「ちょ、ちょっと早乙女君!」
「いやいや、今更恥ずかしがることじゃないだろ。なんたってこいつの幼馴染兼彼女はあのーーー」
「まーくん」
凛とした、鈴の音のような澄んだ声音。だが決して冷たいわけではなく、聞くだけではっきりとわかるほど優しさに満ちた聖母のようなそれ。
「こんなところでどうしたんですか?」
「おっと噂をすれば影。彼女さんのお出ましだ」
(あぁ、なるほどね)
俺たちの前に現れた女性を見て、早乙女がなぜ坂上のことを有名人だと言っていたのか理解できた。
北条律子。この学校の理事長の娘であり、生徒会会長の座についている3年生。モデルのように整った顔立ち、背中の中ほどまで伸びた黒髪はそれこそ漆を塗った直後であるかのような艶めきを持っている。
加えて、その地位と容姿に奢ることなく同級生は無論のこと後輩相手にも親身に接してくれる聖母のような慈愛の性格。早乙女が言うところのぼっちの俺だってそこまで知っているレベルの有名人だ。
そんな彼氏ともなれば、有名人という早乙女の評価も頷けるというものだ。
「律姉」
「こら、律姉じゃないでしょ?学校では」
「ごめんごめん、律子先輩だったね」
「全く、まーくんはいつまでたっても治らないんだから」
あはは、と照れくさそうに。でもどこか嬉しそうに笑う坂上と、怒ったような口調でありながらも優し気な表情を浮かべる北条先輩。あっという間に二人だけの世界が出来上がっていた。
「ほら、あんまりのんびりしてると授業遅れるわよ。次は移動教室なのでしょう?」
「おっといけない。それじゃあ僕はもう行くね」
言われるが早いが坂上は俺たちの下を足早に立ち去って食器の返却口の方へと人ごみにの中にその姿を消した。
「それではみなさん私もこれで失礼します。ごきげんよう」
そういて先輩は微笑みを浮かべて一礼し、坂上の後を追うように去っていった。
第二章『榊原美羽』編です。この章は6話くらいで終わる予定です。多少前後するかもしれませんが。