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日常

「それじゃあまずはかんぱ~い!」

「はいはい乾杯」

「か、かんぱーい」

「………」


 早乙女の合図に俺は投げやりに、榊原はどこかぎこちない様子でグラスをぶつけて、日野に至っては何も言わずに飲み干している。三者三様実に性格の現れた反応だ。日野のリアクションにも早乙女は特に気分を害した様子もなくグラスの中身をごくごくと一気に飲み干して「くぅー!!キンキンに冷えてやがる!!」などといっているが、中身がオレンジジュースなので全くもって格好がつかない。


「あの…本当にいいんですか?私たちまでごちそうになっちゃって……」


 新学期が明けてから最初の休日に俺は早乙女、榊原、日野の三人と共に焼き肉屋を訪れていた。理由は言わずもがな新学期初日の件に対する借りを返してもらうためだ。最初は早乙女と二人だけで行く予定だったのだが「男二人だけってのもむなしくないか?」などと言い出し二人を誘うこととなった。


「そうよ、美羽。向こうから奢るって言ってきたんだから気にしなくていいの。あたしなんか財布も持ってきてないんだから。今更払えなんて言われても無理よ」

「か、かなちゃん……それはいくら何でも……」

「そうそうかなちゃんの言う通り!こっちから誘ったんだしお金のことなんか気にしないでどんどん頼んじゃってよ!」


 早乙女が日野のことを『かなちゃん』と呼ぶと彼女は一瞬じろりと早乙女のことをにらみつけたが、言っても無駄と思ったのか単に面倒くさがっただけなのかはわからないが特に何も言わずに視線を網で焼かれている肉に戻した。


「これで学生向けの食べ放題じゃなけりゃ格好もついたんだろうがな」

「なにおぅ!そんなこと言う奴の肉はこうだ!」

「あ、おい!それ俺の肉!」

「ふははは!網の上にあるものは誰の物でもない!隙を見せれば奪われる!それが焼肉(せんそう)というものよ!」


 俺が丹精込めて焼いて(そだてて)きた牛カルビを奪い取り白米と一緒にあっという間に書き込んだ早乙女に思わず苦笑が漏れる。見れば榊原もくすくすとこらえきれない様子で笑みをこぼし、日野は「ふん」と小さく鼻を鳴らして早乙女に負けない勢いで肉と米をかきこんだ。






 サクリファイスに入って、俺はもう数えきれない程の人を殺してきた。誰かのために、誰かがやらなければいけないからとどれだけ正当化しようとも所詮俺のやっていることなどただの人殺し。俺の手はもう血に染まり切っており、どうあがいたってそれを洗い流すことなどできやしない。

 

 ナイフで標的の喉を掻っ切るたびに、引き金を引いて相手を弾くたびに、視界が血の赤に染まるたびに、俺はこのままでいいのだろうか?鏡に映るお前とお前が殺してきた連中は何が違う?と心の奥底からまるで髪の毛の詰まった排水管から汚水が逆流してくるからのようにどろりと濁った罪悪感があふれだし、ナイフを持った腕が、引き金を引く指が途端に重くなる。そしてそうなってしまえばその先には『死』が今か今かと口を開けて待っている。

 だけど……


「先輩、どうしました?」

「ぼーっとしてるとなくなっちまうぞ」

「はぐはぐはぐ」


 それでも、こんな俺でもまだ何とか生き残り『仕事』を続けられているのは彼女らがいるから。街ですれ違う人々。机を並べて授業を受けるクラスメイト。両親に手を引かれながらスキップをする子供。そして今目の前にいる彼女たち。彼女たちが、自分たちの暮らしている世界の裏側で起きていることなど露ほどにも気に懸けず、心底くだらない馬鹿みたいなことで笑い声をあげている。今日もその顔には笑顔が浮かんでいる。それが見れただけでも、わずかでも自分たちが犠牲となった価値があると信じ、あふれ出る汚水に辛うじて蓋をすることができている。


「……何でもない。なくなったらまた頼めばいいだろ食べ放題なんだから。すいませーん」


自分のような屑にだって生きる意味がある。


それだけで、十分だ。

ひとまず第一章『サクリファイス』はこれで終わりです。次は幕間を一つ挟んで第二章『榊原美羽』編に入ります。第二章からはしばらくは主人公の仕事についての話は出てこないで学園生活に重点を置いた話になります。

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