再会
事実は小説より奇なり。人生というのは時として小説よりも奇妙な展開を見せるときがある。
春。温暖化の影響なのかまだ4月に入ってそう経っていないというのに桜が散り始めたある日の夕方。多くの者が期待と不安を胸に抱きながら始まった新学期ーーー俺と彼女は手あかのついた小説の一場面のような出会いをした。
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「ったく。なんで午前中だけなのにこんな時間に帰ってんだよ」
4月7日。今日は新入生の入学式と俺ら2、3年生の始業式だけだったので本来なら午前中ですべての行事が終わり昼すぎには既に自宅についているはずだったのだが、空が夕焼けの染まっている現在も俺は学校から帰宅できていなかった。
「いや~マジ助かったよ。サンキュな」
目にきつい金髪に耳にはピアス、制服も着崩しているその姿だけでいえば完全に不良のそれである男は顔の前で手を合わせてへらへらとむかつく笑みを浮かべている。
男の名は早乙女春馬。1、2年と連続で俺のクラスメイトであり業腹なれど学校で唯一友人と呼べなくもない相手だ。一見すると道行く人に喧嘩を吹っ掛けお金を巻き上げたりしてもおかしくないようなこいつだがその実情は真逆。運動は大の苦手で喧嘩などもってのほかであり、成績は振るわないものの学校には毎日きちんと出席しており、俺が知る限り欠席はもとより遅刻や早退もしたことはない。
そんな早乙女の性格は一言でいえばマイペースなお調子者。いつもへらへらと笑っており相手のことなどお構いに引っ掻き回す。所謂陽キャと呼ばれる側でありながら陰キャサイドの俺にいきなり絡んできたときはかなりビビったが。そしてそんな性格であるのでクラスでの立ち位置はムードメーカーであり同時にトラブルメーカーでもある。
そして今回、そのトラブルメーカーとしての本領を発揮しやがった。
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…………………
『ゆ~う~と~く~ん!』
『…………………なに?』
ホームルームが終わると同時に無性にイラつく間延びした喋り方で俺のもとへやってきた早乙女に面倒ごとのを予感した俺はたっぷり10秒間を挟んでため息とともに掃海した。
『えへへ……実は……』
見せてきたのは5枚ほどのプリント。それは春休みの間に俺たちに出された数学の課題だった。なので本来ならそれはすでに埋まって合ってしかるべきなのだがどういうことか早乙女の持ってるそれは問題以外何も書かれていない配られたままの状態だった。
もう何も言わずとも分かった。数学の担当の教師は非常に厳しく、課題を忘れたりしたら終わるまで変えさせない。そして早乙女は成績が芳しくなく特に数学のそれは下から数十番目というありさま。となれば今このタイミングで俺に声を掛けてきた理由など一つしかなく……
『手伝って♡』
『やだ』
『…………』
『…………』
『てt』
『やだ』
『…………』
『…………』
『手伝ってよ~~~!お願いします~~~!』
『ああもう泣くな揺らすな騒ぐな!わかったわかった手伝ってやるから』
『さっすが悠斗君!持つべきものは友達だね』
『俺は既に後悔し始めてるよ…』
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…………………
結局は毎度毎度こいつのペースに飲まれてしまう。悪い奴ではないと分かっているし実際憎めない奴なんだが……はぁ。
「ま、お礼といっちゃなんだが奢るから飯行こうぜ。昼食ってないから腹減ってるだろ?な?な?」
「わかった。わかったから周りをうろちょろするなじっとしてろ鬱陶しい」
「うし!んじゃ何行くか?せっかくまた同じクラスになれたんだしそれの祝いも兼ねてパーって行きたいなあ…。と、なると……」
「「焼肉、かな」」
俺たちの声はぴたりと重なり、足は学生向けの食べ放題の焼き肉屋の方へと向かっていた。
---その時だった。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
曲がり角を曲がった瞬間何者かが俺へと突っ込み胸にぶつかってきた。ぶつかってきたのは女性でありそれほど衝撃が強かったわけではなかったので俺は一歩後ずさった程度で済んだが、彼女の方はそうはいかず短い悲鳴を上げてしりもちをついていた。
「大丈夫か?」
「す、すみません!」
俺が声を掛けると彼女は謝罪と共に慌てた様子で立ち上がり、そこでようやく俺は彼女の顔を見た。
「ーーーー」
その時の衝撃を俺は忘れることができない。むしろ動揺を見せずにいられたのが奇跡といっていい。
やや丸みを帯びた輪郭に似合った茶のショートボブ。ぱっちりとした垂れ目な瞳にすぷっくりとした愛らしい桜色の唇。今時の子のような派手さはなく、むしろどちらかといえば地味な部類に入るだろうが、まず10人中8,9人は『可愛い』と絶賛するであろう美少女。
そして俺はそんな彼女から目を離すことができずにいた。それは一目ぼれだとかそんなロマンチックな理由ではない。
(なぜ、彼女が……)
俺は彼女のことを知っていた。忘れられるはずがない。だって彼女はーーー
『へえ。お前も■■っていうのか!』
「おい!」
「ッ!」
俺の物でも早乙女の物でもない、そしてもちろん彼女の物でもない野太い音尾の声で俺の意識は現実へと引き戻される。なんとか動揺を胸の奥へと押し込むようにして声の主を見るとそいつはかなりがっしりとした体格の男だった。
「その子を渡せ。そうすりゃ見逃してやる」
どうやら彼女が慌てて走っていたのはどうやらこいつから逃げるためだったのか。彼女の反応から察するに知り合い同士というわけではなさそうだ。むしろ誘拐する側とされる側にしか見えない。
「い、いや!」
「こりゃあただ事じゃなさそうだねえ……。よし、悠斗!君に決めた!」
「は?ちょっおま!?」
それはさながら某大人気ゲームのアニメの主人公の様子(しかも声真似まで本物に遜色ないレベル)でびしりと男を指さしながら早乙女はそんなふざけたことをのたまいやがった。
「この野郎!」
「いや、くそっ!」
早乙女のそれを合図に男は俺の胸倉をつかみかかろうとしてくる。ガタイに見合わない素早い動きに慌てながらも寸前で払いのけ逆にがら空きの脇腹にカウンターを一発入れてやった。男は「ガハッ」と衝撃で肺の中の息を吐き出したのちすぐさま体勢を立て直してバックステップで距離を取った。
(こいつ、なんだ……?)
動きが完全に素人の物ではない。つかみかかり方、カウンターを受けた後のバックステップ。その一つ一つが明らかに武道の心得の有るもののそれだった。
「…………」
数秒ほど互いににらみあった俺たちだが男は何の前触れもなく俺たちに背を向け、決して振り返ることなく走り去っていった。その動作もまた何とも言えない奇妙さが感じられた。
「ふひゃ~~~」
しばらくの静寂を破ったのは風船から空気の抜けるときの音だった。みれば件の少女は緊張の糸が切れ力が抜けたのかへなへなと路地に座り込んでいる。幼気な少女があんなごつい男に追い掛け回されてそうとう怖かっただろう。
「大丈夫かい、お嬢さんーーーあてっ。ちょ殴らなくてもいいやん」
気障ったらしく無性に苛立たせてくる喋り方に対する突っ込みに先ほどのおふざけの返礼を兼ねて軽く頭を小突いてやった。
「ぷっ。あはは」
先ほどまでの緊迫した様子から一転コントまがいの俺たちのやり取りが受けたのか彼女はおかしそうに声を上げて笑い出した。
「大丈夫?立てる?」
「あ、すみません。…お二人とも助けていただき本当にありがとうござました!」
「いいってことよ。困ってる女の子がいたら助けるのが男ってもんよ」
「……助けたのは俺だけどな」
「それを言うなよ~」
お前のやったことなんてものまねだけだろう。よくそれでそんなドヤ顔ができるな全く。
「その制服って名峰高校のだよね?赤のリボンってことは今日入ってきたばかりの一年生?俺は2年3組の早乙女春馬。よろしくぅ!んでこっちは同じくクラスのーーー」
「……成瀬悠斗。よろしく」
「早乙女先輩に成瀬先輩ですね。初めまして、私は榊原美羽って言います。先輩たちと同じ名峰高校の1年1組です。よろしくお願いします、先輩♪」
そう言って彼女ーーー榊原美羽は俺の知っている頃の彼女と変わらぬ太陽のような、しかしわずかばかりの大人っぽさを感じさせる笑顔を浮かべた。