彼は誰時の妖怪
カーテンの隙間から覗き込んだ真っ暗な夜空に、じんわりと淡い茜色が染み込み色付いていく。夜の主役だった月は輪郭を失い、光に溶かされ姿を消そうとしていた。絶妙なグラデーションを纏い、夜が朝焼けに飲み込まれていく。そんな一日の始まりと終わりの境目を見つめ、刹那の心地良さと寂寥感を覚える。
そっと音を立てないようカーテンを閉め、ベッドへ足を運ぶ。手足を布団からはみ出させ、静かに寝息を立てているのは、昨日出会ったばかりの男。癖のある焦げ茶色の髪の毛をふわりと撫でる。その手を、露わになっている肩へと滑らせた。徐ろに首と肩の付け根に舌を這わせると、少ししょっぱい汗の味がした。その部分を口の中へ招き入れ、歯を立てる。少し勢いを付けて、自分の牙を思い切り突き刺した。男は一瞬う、と声を漏らしたが、またすぅ、と寝息を立てその刺激を受け入れた。男を起こさないよう、ゆっくりと吸い込むと、鉄錆のような血の味が口内へ広がる。その流動体を自分の喉へ次々と流し込んだ。舌先から喉の奥まで、男の血に染まる。自分の中の何かがどんどん満たされていくような快感を覚えた。
奪い過ぎると殺してしまう。それを知っていた私はそっと牙を抜いた。ほんの数ミリのその穴を隠すために、唇を押し当て、強めに吸い付く。唇を話すと、青紫の痣でしっかり隠蔽されていた。それを確認し、また布団の中へと戻る。
血を吸われる感覚は、性的快感にも似ているらしい。それを利用し、寝ている隙に男の血を奪っていく。
もっと、もっと欲しい。色んな人の血に塗れて、汚れたい。自分の中に流れる血が、誰のものかも分からなくなるくらいにいっぱいに満たしたい。
私は化け物だから、それしか知らない。
自分で、自分を満たす方法。