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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第七章:鮫浜さんと池谷さん

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93.下僕先輩と呼ばれるくらいなら庶民先輩と呼ばれたい


 危なかった。浅海にあ~んとか、全学園の男連中が敵になるシチュエーションだった。逆に女子連中はそこでキスしろとか、押し倒せとか騒いでいたがいつものヤジであってある意味定番だ。間違ってもキスはしちゃいけない。たとえ極上すぎる美少女姿でも、浅海自身は立派な漢だからだ。


 それは置いといて、さよりの居場所を何故浅海が知っていたんだろうな。さっき聞いたときは気にしなかったんだが、普通に考えても知っているわけが無い。今は深く考えても仕方ないので、聞いたとおりに中庭へ向かって急ぐことにした。もしさよりに告白するために呼び出したとしたなら、俺がその男を慰める必要があるからだ。


 中庭なんて思いきり目立つわけだが、屋上に比べるとあまり人気は高くない。多少涼しくなって来たにしても、周りに自販すらないので鮫浜のように読書をする人くらいしかいなかったりする。中庭は基本的には読書家向けのベンチがちょっとだけ置いている場所という認識だ。そこにさよりと誰かがいるとなると、直ぐに分かりそうなものだったが、ベンチにはいなくて、少し離れた自販のある場所にいるようだった。


「さよ――ん? あいつ、学校に来てたのか?」


 さよりを見つけて声をかけようとしたら、彼女の前に立っている奴を見て驚いてしまった。奴は浮間だった。爽やかなイケメンの舟渡と共に、ファミレス開店初日で姿をくらました奴だ。もっとも、舟渡に関してはどうやら鮫浜の怒りを買ってどこかで引きこもりをしているらしいが。


 少し離れて様子でも見ようと思ってたが、俺にはステルス能力は持ち合わせていなかったので、すぐに見つかってしまった。それもさよりの奴に。心なしか怯えているっぽいが、変な男だったのだろうか。


「おい、さより。ずっと待ってんのに何で来ねえの? 呼び出した奴はどこ行った?」


「トイレに行ったみたいなのだけれど。あ、あのね、湊。わたし……」


「ん? どうした? てか、お前、寒いのか? まだギリギリ夏だぞ。何でそんな震えて――」


 いつもなら告白してくる男の方がガタガタと震えて泣き出しているのを、俺がよしよしと慰めているのだが、何故か相手はトイレに行っているらしいし、さよりは身震いをしていた。さよりもトイレか?


「おっ? 下僕先輩じゃないか! 久しぶり」


「あ? 下僕じゃねえし。てか、お前バイト来ないで何してたんだ? それに、さより呼び出したのはお前か? 浮間」


「バイトはさぼり。で、池谷さんは俺が呼んだ。告る為に」


「へぇ? いい奴だと思ってたけどさぼりかよ。で、さよりに振られてトイレで泣いてきたのか?」


「バイトなんてそんなもんだろ。真面目に行ってるなんてさすが下僕先輩。てか、まだ返事貰ってない」


 コイツもあの舟渡って奴と同類か。イケメンで中身もイケてる奴は希少なのだろうか。さよりを震えさせておきながら、のうのうと自分はトイレに行くとかコイツは何だかムカつく奴だ。やはりイケメンは俺の敵だ。そして自分が言うのもなんだけど、不真面目で女を震えさせるようなイケメンはもっと気に入らん。


「下僕じゃなくて、俺は庶民だ! 呼ぶなら庶民と呼べ。下僕って言ったら俺の嫁がただじゃすまさん」


 もちろん嫁というのはそういう意味じゃないのだが、さよりは顔を赤らめて照れまくっていた。もしもし、さよりさん? 彼氏でもないし夫でもないんですよ? 照れちゃいかんぞ。


「で、庶民先輩は池谷さんの夫なわけか?」


 そうか、浮間も残念な思考の持ち主だったのか。だとしたらまさにお似合いなのでは?


「なわけないだろ? 彼氏でもねえよ」


「なんだ~そうなのか? デマかよ。彼氏だとしても関係なかったけど、じゃあ奪っていいんだろ? 池谷さんを」


「デマ? 勝手にすればいいんじゃねえの? 奪うってのは俺のモノだったら使っていいけど、俺には関係ないからその言葉は正しくないけどな」


「何だつまんねえな。庶民先輩の彼女を目の前で奪うのが面白いのに、そうなのかよ。まぁ、奪うのはそれだけじゃないけどな……」


「み、湊……それ、本当? 関係ないとか……わたくしと湊はだって――」


「ん? 付き合ってないのは事実だし、俺がお前を縛れるような関係でもないわけだしな。お前のことはなんつうか……」 


 これは俺自身の照れ隠し。本当はそうじゃないわけだが、好きと言うにはまだ時間が必要だ。さよりに悪いと思って顔を背けてしまったが、俺の元に歩み寄ろうとしてくるさよりが見えたので、顔を戻そうとしたまさにその時だった。


「わ、わたしは湊のことが――」

「えっ? あ……」

「――っ!?」


 気づいた時には浮間の奴がさよりの唇を奪っていて、俺はただ見ていることしか出来なかった。さよりはすぐに浮間の体を突き飛ばして、浮間をよろけさせていた。


「っと、おいおいひでぇな。もしかして初めてだったとか? だとしたら成功じゃね?」


「……ざけんなよ、この野郎! てめえみたいな汚染体なんかに奪われる前に、そこの卑猥湊に何度も奪われてんだよ! いい気になってんじゃねえよ!」


「ちょっとさよりさん?」


 フルネームみたいに人を卑猥扱いするのはやめて欲しいぞ。まぁ、汚染体も大概だけど。


「黙ってろ、湊!」


「は、はい。そうします……」


 浮間に唇をいきなり奪われて、もしかしてショックで泣き出すのかと思っていたのに、彼女の中で何かが破裂してしまったのか、俺を制しながら浮間の野郎にも睨みを利かせている。


「そんなキャラ? これも話と違うな……無理やりにでも奪えば俺に傾くって聞いていたのに、話と違いすぎんぞ。めんどくせーな。見た目残念系美少女かよ。胸もねーし、付き合うとかねーわ」


「あぁ? 誰が残念だこの不細工野郎が! いつまでも見てんじゃねえぞ? 帰れよ、この野郎」


「ははっ、お似合いじゃねえの? 庶民先輩と庶民な偽お嬢様とか。それも口悪すぎるし胸も無いし、もういいや。割に合わないし、奪う対象はあっちにしとくか」


 あっち? それはもしや鮫浜のことだろうか。だとしたら浮間も舟渡のように引きこもることになりそうな気がするが。それはともかく、さっきから浮間が言っている誰かの話って誰がさよりのことを吹き込んだんだろうな。しかし浮間の野郎のタブーな言葉の連発のせいで、さよりが初期状態に戻ってしまった。


「じゃあな、庶民先輩。庶民お嬢様と仲良くな!」


「おい、てめえ、待ちやがれ!」

「まぁまぁまぁ、さよりさん。放っておけって! お、俺が傍にいるから」

「うるせえ! 元はと言えばてめえが悪い! うじうじしやがって、ハッキリさせろってんだよ!」


 どうやらさよりさんは、怒りで我を忘れているようだ。完全にデレは消滅してしまった。これは放課後のファミレスも荒れること間違いなしじゃないか。最近はデレて可愛かったさよりだが、今のヤサぐれたさよりの方が可愛いとさえ感じる俺はマニアックなのだろうか。


「おい、湊!」


「はい、何でしょう?」


「カフェとか面倒だから、カバン持って来い!」


「へ? 教室に戻るのかな?」


「早くしろ、背中のくせにうだうだ言ってんじゃねえよ!」


「ワカリマシタ。今すぐに」


 弱々しくて可愛いさよりは消えてしまった。それにしてもやはり俺が使用していた「残念」という言葉は俺だけが許されていたんだな。親しくも無ければどうでもいい男に言われた上に、唇まで奪われたらどうでもよくなるか。鮫浜には悪いけど今日のバイトは行けそうにないな。

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