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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第六章:美少女と日常

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87.A.S……お前もか? いえ、お前だなんてイワナイヨー。 後編


 鮫浜のバイト初日は店内の男性客を虜にした。俺はというと、今までに出会ったことのない鮫浜の一面を見せられたことで、彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていた。センパイと呼ばれることはもちろんのこと、口調や態度、その全てが魅力的すぎた。


 その日は終始、鮫浜の魅力にとりつかれて一日のシフトを終えた。同じ時間帯ということもあって、帰りも一緒に帰りたいと声をかけようとしたものの、声をかける間もなく彼女は先に帰っていた。また明日彼女に会える。そう思ったのでそれについては深く考えなかった。家も隣だし、学校でも会えるのが本当に嬉しく感じられた。


「しず、おつー」


「……おい、湊」


「ん?」


「あんた、あのあゆが本当の姿だと思ってんの? 随分浮かれてるみたいだけど、アレに騙されてるようじゃあゆはガッカリするぜ? 湊だけはその辺の野郎と違うと思ってたけど、このまま嬉しそうにしてんなら……まぁ、あたしはあんたが好きだし? だからあんたがどうなっても拾ってやるよ。じゃあ、おつかれ」


「お、おつかれ。鮫浜の闇なら知ってるし、天使なのも知ってる。何を言ってるか俺には分からんけど、あの可愛らしさも鮫浜の一面だろ? それともそうじゃないとでも言うのか?」


「ま、そのうち分かるだろ」


 いとこだからこそ、俺よりも彼女のことを知っているのは分かるけど、ああいう言い方はさすがにな。今までの鮫浜も嫌いじゃなかった。だけど、バイト姿の鮫浜も彼女の一部だと思えた。そういう意味じゃ、まだまだ全然鮫浜のことを知らないと思い知らされた。俺が知る鮫浜あゆは、何が本当でどれが本当なのか。もっと追う必要があるだろう。


「あっ、湊! お、お疲れ様」


「さよりか。家の前で待ってたみたいだけど、どうした?」


「え、えと、裏メニューって月曜だけで他曜日は普通の接客なのよね?」


「週一限定だからな。それに他の曜日は至って普通過ぎるホールだぞ。裏メニュー以外の日に来たって、俺はサービスしない」


「そ、そうよね。それが当たり前なのよね。そ、その、明日はただの客として行こうと思っているのだけれど、湊は常にホールで接客してくれるのかしら?」


「俺以外にもいるけど、大体俺だな。裏メニューじゃないけど、来るのか?」


「う、うん。あのね、湊の働いている姿を見たいの。少しだけではあったけれど、あなたと一緒に働いている時は嬉しかったから。だから、あの……行ってもいい?」


「何だそんなことか。いいよ。明日だな? 明日……? い、いや、明日はやめた方がいい」


 明日も鮫浜の出る日じゃないか。そんな日にさよりが客として来るとか、嫌な予感しかしないぞ。ただでさえ、すでに臨戦状態なのに客として来たさよりに、鮫浜は果たして今日見せた態度を見せるかどうかが心配だ。一気に冷え切って男性客が闇の一部を垣間見ることになるかもしれない。危険すぎる。


「どうして? 声のサービスは求めないのよ? それともわたくしに来て欲しくないの?」


「そ、そうじゃなくてだな……むむむ」


「湊……ぐすっ……わたし、湊の姿を見ていたいだけなの。いい……?」


「い、いいよ。ゆっくりでいいからな? 夜遅くてもいい。今くらいの時間がいいかな、うん」


 さよりは完全にデレてしまったらしい。そして物凄く甘えを見せるようになった。これはこれでもちろんいいことだし可愛いし嬉しいことなのだが、明日来るとか……それはデレが消え去る日になりそうで怖い。さよりもそうだし、鮫浜も何か別な彼女に変わりそうで怖い。何で敵認定してしまったんだろうな。


「湊さえよければ一緒にお店に――」

「あーいや、それは駄目だ。誰かに見られるだろうし、ウワサされるぞ? お前……じゃなくて、さよりはそういうのが嫌で朝も俺から離れているんだろ? そういうリスクは避けようか」

「ごめんね、そうする……本当に明日お店に行っていいの?」

「お、おぉ……いいですとも! 望むところだ」

「うんっ! 湊、好き! また明日ね。おやすみ」

「お休み」


 好きって当たり前に言うようになったな。しかし、付き合いたい……とか、付き合おうなんて言葉は俺もさよりからも出て来ないんだよな。ウチの親とさよりの親父さんとでどういう話になっているかは分からないが、付き合うことを通り越して結婚させようとしているんじゃないよな? だとしても、俺は2年以上待つ必要があるし、さよりは今の関係をどう思っているのか、いまいち分からないままだ。


 そんなことを思いながら俺は自分の部屋に直行して、ベッドに倒れ込んだ。慣れていても、立ち仕事は疲れるものだ。特に今日なんかは、気づけばずっと鮫浜を目で追っていたこともあって疲れた。初めて出会った別人格の鮫浜は、俺にはとても衝撃的だった。あれが素の鮫浜なら、もっと早くに好きになっていたかもしれない。


 ベッドにダイブしたとはいえ、寝落ちとまではいかなくて電気を消して暗いまま、寝返りを何度も往復していた。それを繰り返して、いつも気づけばそのまま朝になっていたのだが……何度目か分からないが、何か柔らかい感触が俺の背中に当たっていることに気づいた。もちろん寝る直前はおろか、寝返りも何度も打っている時はそんな感触は無かった。まさか?


「……湊くん、寝ないの?」

「おわっ!」


 背中越しに聞き覚えのある声が聞こえてきた。一体いつ布団の中に潜り込んでいたというのだろうか? 全然いた形跡も無ければ気配も無かったのに。久々すぎるせいか、不法侵入をあっさりされていたというのだろうか。


「ね、寝るけど、いや、鮫浜だよな? ちと、部屋の電気つけるから」

「わっ」


 背中越しにいる彼女の方には向きを変えずに、そのまま立ち上がって電気を点けた。時計は午前2時だった。いや、マジで分からなかったぞ。そして今の鮫浜はいつもの鮫浜だよな?


「あゆちゃん、バイトの時のキミもキミだろ?」


「――何のこと?」


「え? いや、ファミレスバイトだよ。覚えてない……とか?」


「私だけど。バイトの時の……とは?」


「何ていうか、可愛らしくてみんなを夢中にさせて、天使すぎる笑顔を見せたあゆちゃんのことだよ」


「湊くんは、その他大勢と同じ反応を?」


「そ、そうだよ。だって、現実にあんな新たな一面を見せられたら誰だって夢中に……」


「そう……キミもそうなのかな? キミもその辺の男と同じ? そうだとしたら――」


 何だ? 何を言ってるんだ? あんな天使な笑顔とか可愛い態度なら誰だってそうなってもおかしくないはず。何だか鮫浜の空気が変わって来ている気がするけど気のせいだよな?


「――明日、キミがそのままなら、その時はつまらない高洲湊を消してあげる……それが分かったら、ご褒美をあげる……ふふっ、楽しみ――」


「え、ちょっと?」


「またね、高洲君」


 一瞬のスキをついて、鮫浜は部屋の電気を消してそのまま自分の部屋へ戻ったようだ。俺が何か変なことを言ってしまったのだろうか。それとも明日になれば分かるのか? というか、明日? 嘘だろ――?

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