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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第1部第一章:天使と悪魔と美少女
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8.空気は読むものではなく、されど作れるものでもなかった。


 とにかく朝から一年分くらいのエナジーを消費しまくった気がしてならない。全ての元凶は悪魔改め、アホのお嬢様こと池谷さよりだ。片や、天使と思っていた鮫浜あゆについてだが、むしろ彼女の方がラスボスだった。


 出会ってまだ数日と数時間程度でなおかつまともな会話も成立していないが、その会話もこちらからすることを許さない非コミュニケーション能力を備えておいでのようだ。


 それなのに、お昼に誘われるとはどういうことでしょう。もしや俺を下僕にしてくれるのだろうか? それともボコボコにされる?


 まず席の位置を確認しておこう。俺は教室の一番後ろでセンターを張っている。いわば、リーダー格だな。しかしリーダーは浅海ということが確定しているので、リーダーでも何でもない。


 俺を境にして、廊下側には野郎のみが集結し、とてもむさ苦しい雰囲気が漂っている。もちろん俺のクラスだけのことだ。そして窓側には自称を含む美少女たちが占領している。


 その中にはアホのお嬢様が前の席に座っていて、闇落ちしている天使は俺の席に比較的近いところに座っている。浅海あさみは手を伸ばせば自由自在に風を浴びることが出来る窓席にいるが、普段は女子の壁に守られているため、目視することは出来ない。


 つまり俺だけが女子側への通行手形を手にしているということになる。しかしこれは、他クラスの本物イケメンであればフリーパスだ。このクラスに本物のイケメンは、自称なる俺と、男の娘の浅海だけということになる。


 そしてなんやかんやでお昼になってしまった。普段なら適当に学食へ行くか、外のコンビニに行くのだが今日は死を覚悟しなければならない。とにかく声をかけてはならない以上は、彼女からの声かけを待つしか無い。


 昼は流石に野郎はほとんどいなくなり、弁当派は少数からか教室には残ることが無い。そういう意味では助かったともいえる。鮫浜は人が嫌いなはずなので、学食ではなく教室派だと確信したからだ。


「高洲君」


 名前を呼ばれたが返事を返していいのか? 怒られてぶん殴られてしまうのでは?


「……」


「高洲君」


 それしか言わねえええ! そして怖い。返事をしないと、天使であってもマジで祟られそうだ。


「湊君」


「はい、湊です」


「名前がいいんだ? じゃあそうする」


「あ、ありがとう」


 そういうつもりじゃなかったんだが、そういうことにしとく。


「湊君はさよちゃんが好きなの? 随分と構ってあげてるみたいだけど」


「全然好きじゃないよ。俺にも慈悲の心はあるからね」


「あ、そうなんだ。ところで何も食べないの?」


「えと、普段は俺、適当に買って食べてるから。ここには何もないよ」


「そうなんだ。私の弁当を分けようか? お口に合うかは知らないけど」


 おや? 何だ、思ったよりも天使じゃないか。てっきり背中と制服しか興味がないとばかり思っていたのに、俺のことはどういう扱いをしてくれるのだろうか。


 池谷のことも下の名前の「さよちゃん」呼びしているのに、友達じゃないとか鬼ですか。一方通行的な扱いなのかよ。


「って、あのーお弁当を与えてくれるのでは無かったのでしょうか? 口を開けていつでもウエルカムなんですが」


「返事をしなかったから要らないのかと思った。残念だね」


 おいおいおいおいー! 返事は即答しないとダメなの? 厳しい世界だな。しかもすでに食べ終えた……だと? どれだけ早食いだよ、ちきしょう。コンマ何秒の世界じゃないかよ。心の中で考えるのもカウントされているっていうのか。恐ろしい子だ。


「――何か用? さよちゃん」


「えっ……な、何でもないわ」


 気づいたら後ろにいた池谷さま。コイツ、気配を消せるのか? それともまさかと思うが、会話の流れを断ち切ってはいけないという空気でも読んだのか? いや、それは無理だな。


 単に鮫浜の雰囲気か何かに怖れをなして、声すらかけられなかったに違いない。というか、池谷も何も食べていないようだが、どういうつもりだ? 


 あんまり言いたかないが、ダイエットをする必要が無いくらいに細身だし胸も育ってないぞ。


「湊! あなた、お昼は食べないのかしら?」


「普段は食べる。が、今日は機会を失っただけだ。それがどうかしたのか?」


「ふ、ふぅん? 学食に案内してもらいたいのだけれど? もちろん、あゆも一緒に」


 コイツ、空気読めないどころか作ることも出来ないのか? 何のために俺がお昼に誘われたのかも分かってないじゃないか。


 空気を作れない、すなわち友達なんて作れないくらいアホのお嬢様である。


「湊君。中庭に移動」


「はいっ、行きます」


「え、ちょっと? あゆ……あっ」


 気づいたな。お前も例外じゃないって言ってたぞ。話しかけても無反応なのはそういうことだ。想像以上に厄介な性質だな。こっちから話しかけても無反応で、鮫浜から話しかけた場合だけは返事が出来るとか。


 お昼に付き合う。それは食べるだけのことではない。ただ単に隣に座っているだけでも、その役目は果たされるのだ。たとえ腹が元気よく鳴りまくりでも、相手さえ機嫌が良ければ問題など起こらないのだ。


 中庭のベンチに座ると、すぐに俺の存在に関係なく手にした本を読み続けている鮫浜だが、一体何を読んでいるのだろうか。思わず覗き込んでしまうぞ。


 話しかけてはいけないかもだが、近づいてはいけないとは言われていない。自分勝手な解釈で、遠慮なく鮫浜に顔を近づける形となってしまった。


「……」


「「しつけとは」。こ、これは……」


「行儀悪いね、湊君。キミ、一人っ子?」


「そうだよ。その本、しつけについて延々と述べられているのか?」


「そうなんだ、一人だけなんだ。へぇ」


 あぁ、そうですか。質問は受け付けていないんでしたね。学習しろ、俺。


「妹好き?」


「好きです」


「じゃあ、弟は?」


「すみません、それは無理です」


「贅沢だね。それじゃあ、姉は?」


「好きですね。出来れば姉か妹でお願いします!」


 弟には萌えませんよ? ショタじゃないし、そういう属性でもない。いたらいたで、いい兄貴を演じられるかは自信が無いぞ。


 こういうことを聞いてくるし、しつけについての本を読んでいるってことは、鮫浜は兄弟が多いのか? それともすでに子持ちか? なわけがないよな。


「湊君。キミ、今日から私の弟になってもらうから」


 は? ナンダッテ? 弟になってもらう? しかも強制ですか。俺の意思に関係なく決定なの? くっ、質問できねえ。


「返事は不要」


「くっ……」


「放課後は私の席に来なさい。いいわね? 湊」


「――嫌です」


「キミに拒否権は無い。とにかく、家に来て欲しい。話はそこから」


「鮫浜の家に上がっていいのか?」


「私のことはあゆ姉さまと呼んでね。いい子だよね?」


「いい子ですよ。とにかく、放課後にもう一度聞く。否定されても聞く」


 くそう、返事なしかよ。そのまま中に戻っていきやがった。何でこうなった? 勝手に近づいて本を見たからか? それとも一定の距離をオーバーして密接したから、関係を書き換えたとでも言うのかね。分からん。俺も闇落ちする運命なのか。


「で、お前はここで何してんだ? さより」


「あ、あら? 奇遇ね。わたくしはバードウオッチングよ? ほら、小鳥が――」


「あれはカラスだ。お前みたいに黒いカラスな。お前って、小鳥かカラスかの視力も無いのか?」


「た、たまたまよ! あなた、あゆに迫っていたようだけれど、好きなのかしら?」


 全くどいつもこいつも……たったの二人だけど、何故そういうことを聞くのか。出会ってまだ数日だぞ。


「知りません」


「そうなのね。って、待てよおい! 好きか嫌いかを答えろっつってんだろうが!」


「育ちの悪さが言葉に出るようだが、お前もそれか? 好きでも嫌いでもない。そんなの分からん。以上」


 いちいち相手していると調子づくから放置するのが最適だと学んだ。あれであの言葉遣いさえ直してくれれば、惚れ……ないな、うん。ないない。ナイムネだもん。とりあえず放課後まで腹を抑えつつ時が過ぎるのを待つしかないな。

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