74.実は闇じゃなくて不思議ちゃんだったかもしれない件。
寝落ちた後、しばらく目を覚ますことは無かった俺だったが、何となく自分の身体が誰かに抱えられているといった感覚があった。以前もあったことだが、入江先輩に誘われて騙された時にも鮫浜がいて助けられたことがあり、その時もそんな感じを覚えていた。
その時も直後に眠くなり、気づけば自分の部屋に寝かされていた。いくら格闘美少女だとしても、鮫浜一人の力だけでは俺を運ぶことは不可能なのではないだろうか。そして今回、薬なのか何なのかは分からないが、効果が早めに切れたようで俺は誰かに抱えられながら、うっすらと目を開けることが出来た。薄目だから気づかれないかと思いきや、相手は俺が起きた気配を感じることが出来るようだ。
薄目であってもここはどこかの海で、波の音がザーザーと聞こえているので、海に連れて来られたということは理解できた。そういうサプライズが好きなのかな? だとしても、いつも眠らせるのはどうなの。
「気付いたか? 湊」
なるほど。あれは夢ではなく、現実だったわけか。そういえば、この娘だけはずっと鮫浜推しだったな。恐らく俺なんかよりも前々から、出会っていた関係だったのだろう。見た目は美少女なのに、この逞しすぎる両腕にお姫様抱っことか、惚れてしまうぞ。華奢ですべすべお肌なのに、細マッチョだったのね。
「やっぱり浅海か。惚れていい?」
「湊ならいいよ。いいけど、俺よりも彼女に惚れといた方が得だし、身のためだと思うぜ」
中学の時に出会って惚れて、男と分かっても惚れた男の娘。八十島浅海。ずっと友達を継続しているが、格闘美少女……いや、格闘イケメンは浅海だったわけか。俺の前では男らしさを見せることは絶対にしなかった。何それ、友達想いすぎるぞ。抱きついてオムネさんが無い時も彼は「ごめんな、俺が男で。これで湊がナイムネにトラウマを抱えなきゃいいんだけどな」などと、余計な心配と謝罪をさせてしまったことがある。安心してくれ、すでにトラウマだ。
「浅海、どれくらい前から?」
「あぁ、うん。湊に出会う前からだよ。大会とか優勝したことあるぜ。でも俺はこの力は必要な時しか使わないし、使えないんだ。それこそあゆさんと、湊だけにしか使わないよ」
「あゆさん? あれ、浅海って普段はそう呼んでないよな?」
「あぁ、まぁ……学校の中じゃさすがに呼べないし。俺はほら、美少女だから」
「ダヨネー」
俺が鮫浜のことを「あゆちゃん」とあまり呼べないのと同じか。さよりのこともさすがに学校の中じゃ呼んでないしな。それなら納得だ。
「で、鮫浜は?」
「彼女ならほら、波打ち際にしゃがんでいる――」
ほう……? 波打ち際に……って、何やってるのアレ。波に向かって笑顔で話しかけてるんですが、もしや闇以外にも不思議属性備えてたのかな? それもすごい楽しそうだぞ。どうしよう、話しかけていいのか?
「浅海、もういいよ。立てる」
「オッケ。じゃあ、俺はその辺にいるから。あゆさんの所に行ってやってくれ、湊」
「分かった」
そうは言うけど、波に話しかけている女子に何をどうしろと? 闇の鮫浜にも大分慣れてきた感じを受けているのに、不思議な鮫浜には苦戦しそうだ。
「湊くん、おはよ」
「お、おはよ。色々と突っ込みたい所があるけど、まずは今だ。あゆちゃんは、誰に話しかけているのかな?」
「波」
「あーうん、分かるよ。分かるんだけど、もっと具体的にですね……」
「私を歓迎してくれているの。ほら、何度も引いては私に近づいて来るでしょ? きっと離れても離れられないんだろうね。だから波打ち際にいるのが好き」
そりゃそうだろ。波が引いたり寄ってくるのは太陽の引力が~とか、そういうことを言っても通用しないだろうから、不思議な鮫浜には不思議な湊でお相手しないとダメだろうな。
「デスヨネー。きっとあゆちゃんのことが好きすぎるから、だから何度も同じことを繰り返しているんだろうね。うんうん、きっとソウダヨー」
「キミも?」
「ふぁっ? え、えーと波と俺は別次元のお話なのではないかな」
「真面目に答えて。池谷さよりにしてもそう、湊くんは私のことも諦めない。違う?」
急に素に戻られるとか、俺も真面目に分かりません。引いたり寄ったり……まぁ、そうですね。さよりもそうだけど、今のデレになるまでは結構面倒だったな。だからこそ、学園内では話しかけなかったりして敢えて避けたりしていたのに。今ではあんな感じになってしまった。
鮫浜のことはどうだろうか。好きになったのはどっちかというと、鮫浜の方が先だったかもしれない。だけど、その途端に突き放されてしまった。俺を試しているのか、からかっているのかは分からないけど、非モテ時代が長かったからそれに関しては、深く考えないようにしていただけかもしれない。諦めないってのがちょっとよく分からないが、諦めてどっちかともっと深い関係になればどうなるんだって話になる。
「あゆちゃんはどうなんだよ? 俺のことを好きと言っておきながら、何で近寄って来ない? それこそ波と同じだと思う。本当はどうしたいのか、俺にはあゆちゃんが見えない」
「そのセリフはそのままキミに返すよ? さよりと彼女になりたい? それとも――?」
これはマジモードじゃないか。何かまずいな。話題を変えよう、そうしよう。というより、鮫浜は俺の答えをはぐらかしているだけで、答えようとしない。だからこそ心が見えないわけなのだが。将来のことはさておいても、気持ちだとかを素直に見せてくるさよりの方が俺は好きだな。
「俺はさよりのことが好――」
「みなと~! そろそろ飯食おうぜ!」
「浅海? そ、そうだな。何も食ってないから確かに腹がやばい」
「だろ? あゆさんもそろそろ……」
「分かった。行くから、高洲君を先に案内してくれる?」
「おっけ。ってことで、湊。お姫様抱っこしようか?」
「されたいけど、歩けるからイラネー!」
「ははっ、行こうか」
なんというカットイン。浅海め。あと一言すら言わせないとか、忠実だな。もしやマジで舎弟か? これぞ本物のイケメン。見た目は美少女だけど、一生ついて行きたい。そんなことを思いながら浅海の後を追おうとすると、鮫浜がここにきて泣いた理由を言いだすようだ。せめて母さんの前で言って欲しかった。
「高洲君。涙の理由を知りたい?」




