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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
第1部第一章:天使と悪魔と美少女
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7.天使には何者であろうとも通用しない何かがあった。


「浅海さんと言ったかしら。よくお聞きなさい。ここにいる雑魚、いえ……湊くんは、わたくしの前世からの幼馴染なの。わたくしには彼が傍にいないと、心拍数が落ち着かなくなるという恐ろしい持病があるわ。だから申し訳ないのだけれど、あなたと他の女子たちのグループには入ることは叶わないの。本当にごめんなさい」


「マジで? そっか、湊に幼馴染かぁ。それも前世からの。それなら俺の手助けは必要ないよね。それと、持病って、普段は平気なの? それこそお手洗いとかに行くときも彼が必要?」


「――えっ? そ、そそそそんなはずはないわ。いくら何でもそうではないの。わたくし、見知らぬ人が大勢いると、思わずよろけてしまう時があるの。だからその程度であって、どこにでも湊くんを連れ歩くだなんてそんなのあり得ないわ。湊くんの声さえ手に入れば、何てことのない病だわ」


 何だか知らんが池谷は妄想美少女のようだ。そして重症だ。前世からの幼馴染って何だそりゃあ? 俺自身の前世も知らんし、タダのお隣さんなんだがな。


 持病じゃなくて大げさな仮病の間違いだろ。すぐに問いただした浅海の答えに焦ったのが、何よりの証拠だ。


「はははっ、そっか。湊にもこんな素敵で綺麗な女の子がいたんだ。何だか寂しいな」


 抱きしめていいかな? いや、それは危険な世界への旅立ちだ。男の娘……いや、ワイルドな浅海の貞操は俺が守ろう。これは古くからの俺と浅海との契約だ。もちろん、俺の一方的な契約に過ぎん。


「と、とにかく、湊く……いいえ、湊とわたくしの身の安全を保障してくださるのであれば、お父様に言って浅海さんにも素敵な時間を提供することも可能なのですけれど、いかがかしら?」


「身の安全も何も、この学園では目に見えた危険は無いぜ? あるとしたら湊に言いがかりをつける他の男連中とか、手を出してしまう先生方くらいだね。湊に何かあったらただじゃ済まさないからね」


「そ、そうなのね。八十島浅海さん、あなたは何者なのかしら?」


「俺は何者でもないよ。湊の親友で、女子の味方なだけだよ」


 何て頼もしいお言葉なのだろうか。そして寒気がするほど浅海の気配が瞬間的にケダモノ、いや、野生動物のような感覚を覚えてしまったぞ。


 それにしてもどこまで嘘を上塗りすれば気が済むのだろうか。池谷、手遅れになる前に悪魔から足を洗え。何がお父様だよ! 俺から言わせれば、とても人のいいお父さんじゃないか。


 恐らく社畜だと思われるが、こんな偽のお嬢様ごときの為にモデルハウスを購入するなんて、いい話すぎるぞ。


「さて、さすがにもうすぐ一限目が始まるが、お前も席に着くんだろ? なぁ、さよりん」


「当然よ。それと、さよりんという呼び方は止してちょうだい。レベルの低い冒険者が一番初めに戦うモンスターみたいで腹が立つわ! わたくしといる時だけは「さより」で構わないわ。普段は名字で呼びなさい。よろしくて?」


「いいですとも! さよりも僕のことを、湊とすでに呼んでいるようだからそれでいいですぜ? 何なら高洲くんでもいいわよ」


「キモイ。ウザイ、枯れた草が生える。カマ野郎が!」


 浅海がいる前でその暴力性を出しやがったな。


「……池谷さん」


「あっ、い、いえ、これは違うの。あの、あのね」


「湊のこと、よろしく頼むよ。すごくいい奴なんだ。女子たちは背中と声しか取り柄がないなんて言うけど、そうじゃないいいところが沢山あるんだ。俺はあなたを、池谷さんを信用するよ」


「そ、そう言っていただけると凄く嬉しいですわ。あなたは湊のことが好きなのね」


「うん! 大好きなんだ」


 やばい、目から大量の汗が流れてきそうだ。何なのこの男の娘。目の前の悪魔に汚されたあらゆる心の痛みが、すごい勢いで洗浄されているじゃありませんか。生きててよかった!


「ところで、湊。もう一人の女の子なんだけどさ、彼女も一人で寂しそうにしている気がするんだ。声をかけてもいいかな? そして友達になろうよ。こうして俺と湊と、池谷さんで友達になれたんだし! ね?」


「お、おぉ。あの子も仲間に……いや、お友達に誘うか。無理に誘わなくてもいいよと釘を刺されているけど、浅海がそう言うなら勇気と根性と血の涙を流しまくって、俺が声をかけてこよう。残りの休み時間も少ないことだ。俺が天使を、いや、彼女をここに連れてくる」


「何ですって? 彼女もお友達に? ですけれど、わたくしが言うのもなんですけれど、あの子はわたくしよりも心が荒み切って……んんっ、何でもないわ。ここで放置されておくから、湊はさっさと声をかけにお行きなさい! ボサっと突っ立って――立たれていても通行の邪魔になるわ」


 誰も歩いていない廊下ですが、お嬢様には何かがお見えで? 天使な彼女の心が何かにやられているのは、出会った時の言葉の一つ一つで何となく理解している。素直じゃないというべきか、何というか。


 教室に戻ると廊下側を気にして注目していた女子たちが、一斉に窓へ視線を移したという行動は、俺の心を静かに壊した。野郎どもは沈黙している。何かあったか? 


 それは置いとくとして、鮫浜あゆの席の真横に近づいた。彼女はスマホではなく、何かの本に夢中で読んでいるようだ。声をかけんじゃねえオーラが満載だ。


「鮫浜さん、ちょっといいかな? 話があ――」


「声をかけたら恐ろしいことになると言ったよね? 高洲君」


「ひぃっ」


 何なんだこの殺気は。少なくともファミレスでは毒も呪いらしきものも特には感じられなかったぞ。もしかして鮫浜こそがヤバイ女子なのか? その微笑みは冷笑ですか。


 そういや、外では少しだけ話をした気がするが、学園では初めてになるのか。話しかけないでいいよっていうのはマジだったわけか。


「ごもっともでございまして、ですが廊下で二人がお待ちでして。お願いします」


「行くよ。というか、怖がらなくていいよ? 怒ってないのにどうして怯えているのかなぁ?」


 だって怖いんだもん。読んでいた本を勢いよく音を出してまで閉じるなんて、怒りを露わにしている以外に何があると?


「じゃ、じゃあ廊下に――」


「待って。高洲君、そんなにネクタイ締めあげてマゾなの? 違うよね? 緩めてあげるね。ブレザー制服の良さを殺したら駄目だよ。特に君は、制服姿……じゃなくて着ている姿が素敵なんだからね?」


「あ、ありがと」


 ありがたいが、教室の中でやらんでも。池谷と真逆タイプかよ。人見知りじゃなくて人嫌いなうえに、空気なんかお構いなしか。


 せっかく浅海が救ってくれたのに野郎どもは俺に殺気を飛ばしまくってるし、女子たちはチラチラと俺と鮫浜を見てきているし、何なんだこの子。そんなこともありながら、廊下に出るのにものすごく苦労した。


「あっ、さよちゃんだ。元気?」


「ええ、あなたもお元気そうで何よりね。来るのが遅かったけれど、湊に犯されでもしたのかしら?」


 こらー! 何てことを言いやがるんだ。俺は健全な青少年よ? そんな得にもならない危険な行為をやるわけがないだろうが! コイツ、池谷……後でシメてやろうか。


「そうじゃなくて、声をかけてきたからぶん殴りたかったの。遅くなってごめんね?」


 なんだって? こんなか弱くて妹みたいな幼さが残っている可愛い彼女が、ぶん殴るって言ったか? そういや、声をかけてきたからって言ってたが、もしや?


「一つお伺いしますが、あゆちゃんは人から声をかけられるのが苦手なので?」


「そうだけど? 私、言ったよね? 声をかけるのは遠慮してねって。私から声をかけるのはいいんだけど、人から声をかけられると乱れるんだよね」


「あなた、それは苦労する生き方をしているのね。それはこの雑魚、湊限定なのかしら?」


 この野郎……雑魚って言い直さなかったぞ。いい気になって来やがって、俺もお前以上に暴力性を高めた話し方をしてやろうか?


「ううん、さよちゃんも例外じゃないよ。だから用があっても声をかけなくていいよ」


「そ、そうなのね。わ、分かったわ」


「鮫浜あゆさん。俺は八十島浅海だけど、そういう閉鎖的な態度も言い方も感心できないけど、せめて俺とか湊には寛大な態度で接してくれるとありがたいかな。どうかな、鮫浜さん」


「……いいよ。でも極力……ううん、何も用がないなら読書の邪魔しないでね? 朝と帰りの挨拶もいらないし」


「それでいいよ。鮫浜さんはきっとマイペースなんだね。俺も他の子たちに言っとくよ。湊と池谷さんもそれで頼むよ」


「お、おう」


「承知したわ」


「それじゃあ、今度こそ教室に戻ろうか。一限の先生が来るよ」


 闇が深すぎる。一体、鮫浜あゆは何のモンスターを内に飼っているというのか。それに引き換え、池谷はアホの子じゃないか。そういう意味じゃ悪魔でもないし、かなり足りない箇所以外はまともかもしれない。


「あ、そうだ。高洲君。お昼に付き合ってね?」


「え? それはどういう――」


「話しかけないでって言った。そういうことだからよろしく」


 コミュニケーション取れない系かよ。話しかけられたから返事を返したのにそれも許しませんか、そうですか。鮫浜あゆ。なんて恐ろしい子。

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