344.残念彼氏と満足彼女は、本気で恋をする
「ほら、早く歩いて」
「はぁひぃ……さよりだけズルくないか? いくら何でもあんまりだと思わないのか?」
「愚問ね。わたくしは運動不足を解消させてあげているの。彼氏が残念な見た目では、わたくしの方こそ可哀想だわ!」
「イケメンじゃないのは自負しているが、容赦無いなお前」
「お前――」
「さより」
「ふふん、あなたのイイトコは、初めから背中と声だと気付いているのだけれど?」
「そ、そうかよ……極上美少女さんは言うことが違うな」
彼女となり、家同士の付き合いもこれまで以上に親密となった俺たち。
学園ではあまり話しかけて来なくなっているが、外に出ると当たり前のようにお迎えの車に乗り、そのまま腕を掴まれて買い物デートばかりな日々である。
庶民からの成り上がり令嬢ではあるが、令嬢歴が長くなったのか、初期に感じたわざとらしさはすっかりと消え失せた。
浅海と鮫浜は学園にも姿を見せて来ていないが、さより曰く『あゆはかなりしつこいの。油断してはいけないのだから、あなたの腕はいつもわたくしが捕まえておくわね』ということらしい。
栢森ヶ丘のみちるとは話がついた日以降、会うことも無ければ連絡も取っていない。
もっとも、さよりはお友達として連絡をしているのだとか。
「あなたの背中は随分と……」
「何だよ?」
「はぁ……残念過ぎるわ。かつてわたくしを虜にした鋼鉄のような背中は、どこへ消えたの? これは気合を入れてかからなければいけないわね」
「何の気合だよ……っていうか、前と逆になってるんだが?」
「残念なわたくしから、残念な彼氏……あなたに変わってしまったわね。それも仕方がないというものだわ! それでも、あなたの背中はわたくしが守るわ! げほっ……」
ナイムネを張り、拳で叩いて咳き込む残念さは健在のようだ。
いや、以前よりはあるが……希望が多少出て来ただけで、姫のソレとは比べようがない。
姫といえば留学に行っていたが、俺とさよりが正式にくっついたことを知って、どういうわけかしばらく池谷家に留まっている。
元々成績優秀なことから、留学先でも自由に過ごしていいのだとか。
自由な妹は羨ましい限りだ。
「ふふん!」
「ん? 何だ、嬉しそうにしているみたいだが、なんかいいことでもあったのか?」
「ええ、嬉しいわ。こうして自然にあなたと一緒にいられることが、どれだけ素敵なことか……色んな女子を日替わりに過ごして来たあなたとは、満足度が違うの」
「日替わりって……そりゃ、あんまりだろ」
「寛大なわたくしだからこそ、湊は湊でいられるの! あなたがまた流されるままに、あゆの所へ戻っていたらと思うとゾッとするわ」
「そ、そうだな」
鮫浜は浅海の本気行為によって、ようやく浅海を見直したらしい。
しかし闇天使は、一度狙った獲物は絶対逃さない性質らしく、今もどこかで俺を監視しているようだ。
「それよりも、沖水……あゆの妹とはどうなの?」
「あみは……東上学園に転校して来てからは、ぼっちじゃなくなったみたいだし、姫と気が合うらしいぞ」
「そうね、姫からあなたのことを聞けば、あなたのことを諦めるかもしれないわね」
それは無いと断言しておこう。
あみの性格は闇天使一歩手前で、人見知り。しかしあゆと違うのは、判断する能力があるということだ。
あゆは権力を盾に店を潰し、俺を含めて人を平気で追放して来た。
容赦の無さが鮫浜といえばらしかったが、沖水あみは超個性派揃いの女子高に隔離されていたことで、鮫浜よりは人の話を冷静に聞ける器量がある。
とはいえ、姫同様に見えない場所で俺に声をかけて来たり、何の悪気も無く俺の部屋にお邪魔している辺りは、姉の遺伝子は確実に受け継いでいると見ていい。
鮫浜あゆの直接的な脅威は未だに残っているが、鮫浜には感謝もしている。
南中付属の女子たちの問題は、公約通りに全て片を付けてくれたからだ。
俺の理想の彼女像は、美少女で優しくて楽しい奴だった。
だが現実は厳しすぎた。
「……二つだな」
「何かしら? そんなに見つめられると妊娠してしまうのだけれど」
「はいはい、わかったわかった」
「はい、は一度だけと教えたわ!」
「……はい」
「いいわ。いい子ね」
当初からさよりは細かくてうるさくて、厳しい女だと認識していた。
反対にあゆは緩くて、自由な感じがあったが実は闇天使という、何とも残念な結果になったわけだが。
出会った時から、さよりとは何かの運命を感じたのは否めないが、口うるさいのが災いしてずっと避けて来た。
結局その小言も含めて、放っておけないという、妙な感情が沸いて来たわけで。
理想の彼女の条件が全て揃っていたのは、さよりだけだった。
オムネさんに関しては、母親の遺伝を継いでいることが判明したのでそれはいいとする。
「ってか、まだ買うのかよ。車を近くに待たせておけっての!」
「情けない男ね。あなたのその腐り過ぎた根性と、だらけ切った背中は、わたくしが叩いて直して……あら? 叩き……何だったかしら」
「はっ、ははは、可愛い奴」
「当然ね。何を今さらのことをほざいているというの? わたくしは自称美少女なの! 他称ではなくってよ?」
「さよりはどこから見ても極上美少女で、俺の彼女だぞ。俺が認めてやる」
「ふふん、湊ごときに認められても、嬉し……嬉しいに決まっているわ!! やっと、やっとあなたと正式に恋が出来るのですもの。わたくしは満足しているわ! あなたもそうでしょう?」
今の段階で満足されても、それはそれで困るが……恋をする、か。
「さより、俺はお前のことが本気で好きだ。ずっと、これからもずっとだ」
「お前では無いわ! でも、でもね、わたしもあなたのこと、高洲湊という残念な男の子のことが……ずっと、ずっと大好き!!」
闇天使の鮫浜、妹の姫……。
まだまだ悩みは尽きそうに無いが、俺の彼女はそれでもさよりただ一人なわけで。
お読みいただきありがとうございました。
これで完結です。




