342.鮫浜あゆと本能の浅海
「――どいてくれる?」
「どかない」
「そう……ずっとふざけた真似をしてた男が、こんな所で邪魔をするんだ?」
「俺は湊と違って、甘くも無いし許すつもりは無いね」
「浅海に許される謂れは無いけど?」
「湊は本気の彼女にようやく告白を果たした。あゆさん……あゆもいい加減に認めたら?」
「さよりが湊くんと本気になろうと、私は私。浅海に何が出来るわけ?」
俺だと思ってキスした相手が浅海だったと気付きながらも、鮫浜は何かの執念かのようにして、俺の元に来ようとしている。
一体何が彼女をそうさせているのか。
「あ、あなたから言ってやったらどうかしら?」
「何を?」
「決まっているわ。あゆとわたくし、どちらと暮らしたいかについてよ!」
「暮らすってお前、それはまだ先の話だろ。付き合う関係になったからって、その先のことなんて考えてもいないぞ」
「愚問ね。遅かろうと早かろうと関係なくってよ? そこにあなたの選択肢は隠されていないの!」
「何の選択があったのやら……んで、俺があの二人の前に出た方がいいのか? それともさよりも前に出るのか?」
「ふふん、当然ね。あゆには荒療治になるかもしれないけれど、見せつけてやりましょ」
何が当然で、何が荒療治になるのか意味が分からないが、学園の時に選択した告白シーンを、再現するつもりがあるようだ。
俺はもうたとえ残念だろうとなかろうと、コイツを選んだ。
土壇場になって、三度にわたって彼女を選ぶつもりはない。
そして俺とさよりは臆することなく、鮫浜たちの前に姿を見せた。
「――湊!」
「湊くん! キスする気になった?」
「いや、俺はもう鮫浜さんとはキスしない。告白をしに来たんだ」
「告白? ふぅん……? いいよ、本当の気持ちを聞かせてくれるんだよね」
「もちろんだ」
もはや鮫浜は浅海もそうだが、さよりの存在も見えておらず、俺しか見えていない。
俺が彼女からのキスから逃れたことで、執拗に追い詰めることしか頭に無いということか。
すぐ傍にはさよりも浅海もいるのに、まるで漆黒の闇天使が崖上から眺めていて、谷底に追い詰められているように感じてしまう。
「……ふふ、どうしたのかな? 悪い子だよね、キミ」
「舌なめずりをしているのは、どういう意味があるのかな」
「知りたい?」
「い、いやぁ……そうは行かないかな」
「――んうっ! ふふっ、やっぱり」
力の差はさっきやられた通り、あゆの方が圧倒的に強い。
つまり俺のすぐ目の前にいるあゆからは、逃れられないことを意味している。
そこで俺が取った手段は、あゆの肩を抱いて主導を握ることだ。
小柄なあゆだからこそ、俺からマウントを取りやすいというのも関係している。
「ちょっと、湊! あなた、どうするつもり!?」
「まぁ、見とけって!」
「まさかまた土壇場で……そんなの許さないんだから!!」
「落ち着け」
あゆの肩を抱き、とりあえず離さないくらい強く手を置いているが、ここからのプランは無計画である。
さっきから浅海が、すっかり沈黙しているのが非常に気にかかるわけで、本気を見せるといったダチの行動に期待をかけているという、何とも情けない作戦だ。
「そっか、湊くんはやっぱりあゆを選ぶんだ。でもここでそんなに甘えちゃ駄目だよ? 私の家でたっぷり甘やかしてあげるんだから」
聞いている限りでは甘えてもいいのではと錯覚を起こしてしまいそうだが、病み天使の視界には、もはや俺の姿しか映されていない。
さぁ、浅海! 男を見せてくれ。
「ねぇ、このまま押し倒す?」
「しないぞ」
「いいよ? 湊くんになら、どこでだってあゆの全てを曝け出してあげる……一生、傍に――」
肩を抱いて抑えつけながら説得するつもりが、逆に抑え込まれる勢いだ。
早く何とかしないとさよりの前どころか、浅海の前とか嵐花の前で、あゆと大変なことになってしまう。
特に上目遣いポジションのあゆは、非常に危険だ。
「――湊」
「あさ――!? ぬあぁっ!!」
「どけよ、俺の女に触れるな!」
あゆの肩に手を置いていたはずの俺の手は、ものの見事に払われ、今度は浅海に弾き飛ばされてしまった。
わざと見せつけてやったのに、別の角度で本気を出させてしまったのか。
「邪魔しないでくれる? 浅海」
「もういい!」
「――っ!? な、何をするの!?」
「もう我慢しない。湊からはされたことが無かっただろ? いいよ、俺があんたを全て奪うよ」
あ、浅海が化けた……ではなく、ようやくオスの本能をむき出しに……いやいやいや、ここでドレスを破るとか、やりすぎだろ。
確かに俺からはあゆを脱がそうだとか、襲ってどうにかしてやろうだとかは不可能に近かったが、そっちの領域に行ったら駄目な奴だぞ、浅海!
「あ、あぁぁあ……浅海さんは何をしようとしているの?」
「さより、アレはあれだ。落ち着け! 暑いから公開着替えをだな……」
「あ、あなたこそろれつが回っていないわ! わたくしにだって、あの状況がおかしなことくらい分かるわ! あんな姿をさせるなんて、おかしいことですもの」
意外に冷静な奴なのか。
それにしたって、間違った本気を見せたら駄目だろう。
考えてみれば、男の娘な格好をしていても、浅海は女になりきったわけじゃなかった。
俺とあゆのキスな場面やら何やらだって、内心はくすぶり続けて来たに違いないわけで。
しかしビリビリとドレスを破いただけなのに、あんなあゆは初めて見る。
言葉も本性というか、素顔を出した感じだ。
「……その気を出したかったのなら、もっとずっと前からしなさいよ!! ムカつく……! ずっと大人しくしていて、どうして今頃こんなこと……責任取れよ、バカ!!」
「こうでもしないと、あゆは俺を見ない。そう思ったまでだ」
「見たかったのなら、初めから見れば良かった話なのに!! あなたは気にしないフリばかりで、私を見て来なかった! ふざけんな、浅海の分際で……」
「あゆを見るのは湊じゃない。俺があゆを見る! 全て見るから、もう偽るのはやめよう」
「……湊くんにして欲しかったのに、本当に何で……」
あぁ、そうか。
俺も結局、鮫浜あゆの表面しか興味を持たなかったってことか。
強引にでも服を引き裂くとか、剥ぎ取るとか……それをするだけで、あゆという子の素顔に辿り着けたんだ。
「……あなたには強引さが足りなかったのだわ」
「そりゃそうだろ。相手は鮫浜だぞ? おいそれとあんな強引なことは出来なかっただろ」
「ふふん、どの口が言っているのかしらね。わたくしでは飽き足らず、お母様や姫にまで手を出したあなたが、あゆに触れられなかっただなんてつくづく、ヘタレなのね」
「俺がいつさよりに触ったんだ?」
「ふ、触れたもん……」
耳まで真っ赤にして照れだすとか、卑怯な奴め。
さよりの言う通り、俺からあゆに触れることはずっと無かったし、出来なかったことだ。
それだけであゆの心を開けたはずなのに、俺には無理なことだったというわけか。
浅海の本気がまさかの野獣とか、素直に喜べない。
「湊。帰りましょ?」
「え、いいのかよ? だって、今日はさよりの……」
「いいわ。これからはあなただけを見ていればいいだけですもの。他に何もいらないわ」
「そ、そうならいいけど……」
鮫浜あゆと浅海……か。
これで鮫浜もようやく俺を気にしなくなるってことで、安心して学園生活が送れるのか。
「ほら、早くいらっしゃい」
「分かったから威張るなよ、さより」
「愚問だわ。わたくしはあなたのような庶民とは違うのよ! 威張ってもいい存在なのだわ」
「アホか! 成り上がり令嬢がよく言うよ、まったく!」
「うるさい、うるさい、うるさーーい!!」
駄々っ子お嬢様の再来か?
これでようやく、彼女は俺のカノジョじゃなくなるかな。




