332.久しぶりの自宅とお隣さん
「いいか? ミナトはあたしをフった男なんだからな? それを胸に留めて大事にしまっておけよ?」
「嵐花とはもう会えないってわけじゃないよね?」
「フっておいて、もう寂しくなったのかぁ?」
「そ、そうじゃないけど、でも急にそんな手続きをされても心の準備ってもんが……」
「そのことか。池谷にはまだ知らせてねえけど、ミナトから伝えておきな! ミナトと池谷のセットみたいなもんだし、戻りやすいだろ?」
「セット……って」
「あたしは栢森だぜ? フラれても離れるなんて一言も言ってねえからな! じゃあまたな、ミナト!」
別れ際まで豪快な姐御っぷりを見せつけた嵐花は、車内で今後のことを全て話してくれた。
元々鮫浜が俺を追放したからこそ栢森ヶ丘に転校したわけだが、転校先の学校は鮫浜が決めたわけでは無く、嵐花が決めたものだった。
嵐花は婿候補を探していたらしく、丁度よく俺を見つけて今に至っていた。
さよりがくっついて転校して来たのは、想定外のようだ。
はぁ……さよりに伝えるのは鬱だ。
友達が出来たのに、まさか戻ることになるなんて思っていないだろう。
ともかく久しぶり過ぎる自宅に入る前に、池谷家の呼び鈴を鳴らそう。鳴らすしかない。
「そこに誰がいるかと思えば、永遠のサボり魔野郎ではなくて?」
「サボりじゃないぞ。何だよ、こんな遅くに帰りか?」
「あら、バイトもサボりまくるあなたは、仕事が終わって帰って来る時間ですらも分からなくなったというのかしらね? さすがね」
「何がさすがだ、何が!」
「あゆとナニをしていたのかなんて、想像したくないのだけれど、時間をも忘れることでもしたのでしょう?」
「……ち、違う。そんなことしてない。お前はどうなんだよ? 浅海と仲も深まって……キ、キスくらいは」
いやいや、待て。
こんな家の前で口論するつもりはないはずだ。
何故に浅海のことやらあゆのことで、言い合わなければならないのか。
さよりとこんな夜に出会うことはあまりないだけに、変な緊張感があるせいなのかもしれないが。
「ふ、ふん……あなたは散々、あゆとしまくっているくせに、わたくしのことを言えるのかしら?」
「……いや」
「話をすることなんて無いわ。それでは、明日また栢森で……」
「まてぇい!!」
「ひゃぅっ!?」
何やら久々にさよりの可愛げな声を聞いたが、それは置いといて伝えねば。
「な、何をイキっているのかしらね。これだから野蛮な野郎は……」
「お前と俺、明日から東上学園だ」
「――は? 誰のことかしらね? それと、お前じゃないわ!」
「池谷さよりと俺は、栢森から東上学園に転校……いや、戻りだ。手続き完了済みだから、栢森に席は無いぞ」
「な、なななななな……なんっっですっってぇぇぇ!!」
驚きすぎなさよりは、同時に俺の襟を掴んで首を絞めて来た。
いや、おかしいだろ。
「く、苦し……って、ん? 何してんだ?」
「あなたのだらしなさは改善しようがないのね。襟元を正しくしないと、学園で叱られてしまうわ!」
「あ、うん。それね……」
「どうせ栢森さんが何かしたのでしょう? それに従うしかないのではなくて?」
「何だ、案外素直だな」
「あゆがあなたに会いに来た時点で、そんな予感はしていたわ。あの子はそういう所があるもの」
やはり鮫浜のことをよく知っているようだ。
浅海も栢森から東上学園にすぐ戻るんだろうが、そういう不安も無いということか。
「明日ここで待つわ。起きて来なかったら起こしに行くわよ? おやすみなさい、湊」
「不法侵入はやめろよな。じゃあな、おやすみ」
「……うん」
栢森から東上学園に戻されることがどういうことかなんて気にしていないのか、表情を見る限りでは分からないが、さよりは嬉しそうにしていた。
数か月程度の転校生活だったが、結局戻るのか……。
栢森にいたウザ女子とか、個性的女子とも会わなくなるのは寂しさもある。
嵐花が気になることを言っていたが、まさか、な。
さよりが家の中に入ってしまったので、念のためもう一つのお隣さんを見に行こうとしたが、明かりがついていなかったので、もう就寝しているのかもしれない。
ともかく、明日から東上学園に転校? というか戻ることになる。
あゆの監視がまた発動するのかと思うと、何とも微妙な気分になりそうだ。




