329.おしおきがご褒美になる日
部屋に入ってみれば、そこにいたのは嵐花たちとは距離を置いていた中性的な女子だった。
俺には興味が無く、関わらないと言っていたのにどういうつもりなんだ。
「楓子だったか? 何で君が?」
「すまないね。これもお嬢に言われていたことさ。キミの為じゃない」
「あぁ……そう」
「私の役目はここまでなんだ。高洲君はここで待っていればいいよ。じゃあね」
「おい、ちょっと……!」
無情にも彼女は振り向くことなく、そのままどこかへいなくなった。
この部屋で待っていれば怒りをおさめた嵐花が来て、俺に説教でもしてくれるのか?
これはもう覚悟をするしかなさそうだ……そう思うと、力を入れて目を閉じるしか無かった。
しばらくして部屋の隅の方から物音が聞こえて来る。
多少は怒りを鎮めて来たのか、何も置かれていない部屋の奥から、ゆっくりと俺の元へ近づいて来るようだ。
この時点で俺は怖さのあまり、閉じた目を開けられないでいた。
「……ちゅ……っ――」
「んっ!? え?」
言葉も無く、俺の頬に軽くキスをして来たが、嵐花がこんなことをするのか?
それともこれはルリかユウか、そっと薄目で相手を見てみる。
「あ、あぁぁ……あゆ? 何で君がここにいるんだ?」
「来たよ?」
「じゃなくて! ここは嵐花の……栢森の隠し部屋みたいなもののはず。何で?」
「分かる、分かるよ?」
「な、何が?」
「湊くんがどこにいるかなんて、彼女なら分かるよ」
これは、かつて俺を監視していたあゆの経験によるものなのか。
だからといって勝手に栢森の部屋に侵入して来るのは違う。
さっきは大いなるミスでオムネさんにしでかしてしまったが、こうじゃない。
あゆには厳しく説教……は無理でも、彼氏になったからには怒らないと駄目だ。
「あ、あゆ! 勝手に人ん家の部屋で不法侵入は駄目だ。悪いが、俺は彼氏としてキミを叱る権利がある!」
「……」
「君も彼女になったっていうなら、俺の――」
「おしおきを……する? するの?」
「す、する! 俺は君を甘やかさない。か、彼氏だからな」
「うん、して? 早く……」
あれ、これは何だ?
おしおきされるのを望むとか、あゆは真性なのか?
だがここで引いてはいけないし、実行しなければ彼女の為にはならない。
『――バシッ!!』
思いの外強く、あゆの頬を叩いてしまった。
物が何も置かれていない部屋の中で、叩いた音が響き渡る。
さよりの頬を叩いたことがあるが、今回は本気度を示す為に、そこそこ強く頬をぶっ叩いてしまった。
やり過ぎたか……?
叩かれたあゆの頬は、うっすら赤くなっているように見える。
しかし彼女は無反応で、表情も窺い知ることが出来ない。
「あ、あゆ……な、なぁ?」
「ふふっ、そう、それでいいよ?」
「ハイ?」
「いつも私から命令をしていたよ? していたけど、面白くは無かった。湊くんはやっぱり、コッチだって分かって嬉しい。ふふふっ! 私へのご褒美をくれたよね?」
「えーと……何かあげたっけ?」
「湊くん、右手を貸して?」
「あぁ、うん」
うかつにも素直に右手を差し出してしまったが、あゆは俺の右手を使ってオムネさんにではなく、叩かれた頬に添えて見せた。
「見て?」
「い、痛い……か?」
「ううん、湊くんがくれたよ? 痛みなんて無くて、彼女になった証……褒美をくれたんだよ?」
「お、おぉ……」
マゾい……ずっとあゆは命令形な女子だったが、まさかそっち側だったとは、引くぞこれは。
頬を叩いたのはご褒美なんぞでは無く、おしおきのつもりでそこそこ本気で叩いたはずなのに!
かえって逆効果とか、これはどういうことだ。
「もっと、褒美をくれる? くれるよね?」
「え、えーと……」
おしおきのはずがご褒美だとか、あゆにとってのおしおきは一体……
頬が赤くなって痛みも感じている筈なのに、またしても恍惚とした表情を見せているのは、俺にとっては恐怖でしかない。
やはり鮫浜あゆの上を行くのは無理なのか。
普通の、いや……もうこの子に対することは、厳しいな……
俺から振って別れを告げるには、どうすればいいんだ。
言い方は悪いが、少しの間彼女の力を利用させてもらって、フラグを折り続けさせてもらおう。
そうじゃないとアイツに何も言えない、今度こそカノジョを――




