321.とあるSさんからのメッセージ 後編
浅海の声だけで彼女にばれてしまった。
どうすればいいんだ……そんなことを思い浮かべてしまったが、いずれバレてしまうのは確実だったので、気にせずバイトに行くことにする。
「あっ、おつ~! どうだった? 返事来た?」
「すぐ来たけど、あれ? 彼女はここに来てないんすか?」
「彼女って、令嬢の彼女だよね? 来るわけないじゃん! 高洲くん、令嬢が居酒屋でバイトって、池谷さんは特例であって、そんな簡単なもんじゃないんだよ?」
さよりが現時点で何もやらかすことなく出来ているのも、浅海の全力フォローのおかげなわけで。
成り上がり令嬢だから、元は庶民だったなんて言うのも何か違うし、やめといた。
「そこの庶民、ボサッと立っていないで、馬のように動いたらどうかしら?」
「それを言うなら馬車馬のように……ちなみに馬にも種類があってだな」
「し、知っているわ! 駄々馬のことよね?」
それはまさしく、さよりのことだ……と言いかけたが、浅海に怒られたくないので口を閉ざした。
「ところで、浅海から何か聞いているか?」
「――ええ、あの子のことでしょう?」
「さよりのほうが年下なのに、あの子呼ばわりするんだな。お前すごいな!」
「お前ではなくってよ! どの子のことを言っているのか見当がつかないことだけれど、あゆでしょう?」
「いやいや、あゆは結構年上なんじゃなかったか? あの子は無いだろ、あの子は」
「ふふん、湊の脳みそはいつまで経ってもとけないのね。本当にあゆがそこまで年上だと思っているとしたら、ただただ残念だわ」
「脳みそはとけるもんじゃねえええ!!」
残念なのはさよりの方なのは相変わらずだが、あゆの年齢は結局何歳なんだ。
聞いたことを素直に受け止めているだけなのに、まさか年齢も嘘とか何を信じればいいのか。
『いらっしゃ――あ、え!? 嘘……本当に来てくれたんですか?』
何やらミウの驚く声と、嬉しそうなトーンが聞こえて来るが、とうとう闇天使が来たのか。
浅海の家には絶対来ないというのは分かったが、令嬢だからと居酒屋に来ないわけもなく、そもそもかつては俺のいたファミレスに来ていたわけだし、不思議ではない。
一体どんな顔をして彼女に会えばいいんだ。
そう思っていたが――
「高洲くん、これ」
「はい? 何すかこれ」
「お手紙。珍しいよね今時。昨日電話したんでしょ? それもテレビ電話で」
「まぁ、そうすね」
「それに想いを書いてあるから読めば分かるって言って、帰っちゃった。残念だよね~令嬢がバイト来なくてさ」
「池谷がいるから令嬢は間に合っているかと」
「言えてる! 高洲くんを見直す! だって、あの子すごい小さくて可愛かったもん。あゆさんって言ってたかな。初めて会ったけど、あの子は適当なその辺の男の子では相手がいないと思う」
やはりあゆでしたか、そうですか。
直筆かどうかは関係なく、彼女が手紙を書いて来たということに胸騒ぎが起きる。
「湊、ちょっといい?」
「ん? どうした浅海……」
「いいから、裏に」
ゴミ袋やら生ごみやらが置かれている裏に移動し、浅海と向き合う。
「どうした?」
「それ、あゆさんからのだろ?」
「らしいな」
「俺が読んでいい?」
「え、でも、俺への手紙らしいぞ」
「それでも読みたいんだ」
「そ、そうまで言うなら」
いつもはあゆのことでスルーして来た浅海だったが、直にここに来たことで何かの思いでも生じてしまったのか、気持ちを逸らせる様にして手紙を受け取った。
「――っ! あぁ……そうか。そういうことだったんだ」
「うん? 何が?」
「俺は知らなかったんだよ。あゆさんに出された期限のこと」
「期限って?」
「鮫浜の……会った?」
「あの黒すぎるお方だろ? あゆの父親の……」
「そんなはずない! だって、あゆさんは――」
「んあ?」
しまったと言わんばかりに浅海は自分の手で口を隠したが、そこまで言いかけて遅すぎるだろ。
父親にしては別の意味で真っ黒すぎるし、沖水のママさんとやや年が離れすぎている気はしていたが、養女ってやつだろうか。
鮫浜の娘として跡を継がせるには、相応のことをして来たという予想は出来る。
「大体分かるし、隠さなくてもいいぞ。で、何て書いてあるんだ?」
「期限までに湊を手に入れられなければ、全て失う」
「俺はモノじゃないし手に入れさせるつもりは無いが、というか、失うって何だよ、それ!」
半ば強引に、浅海の手から手紙を奪い、中身を読んでみた。
書いてあることは長文でも無く、箇条書きで淡々と書かれていた。まるで浅海が読むことを分かっていたかのように。
鮫浜あゆは来年の秋までに、欲しい男を手に入れる。
それが出来なければ、あらゆる手段で実行する。
湊くんは手に入れる。
そうじゃなければ意味が無い。
あゆのモノはあゆの。湊くんはあゆのだから。
手に入れられないなら、八十島くん……浅海のモノは全て鮫浜が奪い、あなたも――
いやいや、どこのガキ大将だよ!
そしてまさに闇に葬る系!
「俺と付き合うこと前提で書かれているが、というか、婚約者の意味なんてないじゃんか!」
「あゆさんはどうか知らないけど、鮫浜は湊を影に置きたいだけだ。婚約者が俺ってことは揺るがないけど、あの男はあゆさんを利用したいだけだ」
「利用? じゃあやはり養女?」
俯きながら、浅海は頷いて見せた。
あゆと出会った時は両親なんていないと言っていたが、そういう意味だった。
「湊に頼みたいことがあるんだ」
「予想はつくが、何だ?」
「……少しでも心残りがあるなら、あゆさんの望みを叶えてやって欲しい」
「つまり、付き合えと?」
「……湊にしか頼めない」
「お前、何でさよりと付き合ってんだ?」
「本気を見せて欲しい……」
誰の? とは聞けなかったが、浅海の狙いは何なのか分からなかった。
権力支配をして来た鮫浜のことだ、浅海の本家も手中に収めるということなのだろう。
そうなると婚約者ではなく、ただの相手ということになる。
あゆへの気持ちが無いわけじゃないが、あゆの前に彼女とケリをつけたい。




