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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
4章:カノジョの想い

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321/345

321.とあるSさんからのメッセージ 後編


 浅海の声だけで彼女にばれてしまった。


 どうすればいいんだ……そんなことを思い浮かべてしまったが、いずれバレてしまうのは確実だったので、気にせずバイトに行くことにする。


「あっ、おつ~! どうだった? 返事来た?」

「すぐ来たけど、あれ? 彼女はここに来てないんすか?」

「彼女って、令嬢の彼女だよね? 来るわけないじゃん! 高洲くん、令嬢が居酒屋でバイトって、池谷さんは特例であって、そんな簡単なもんじゃないんだよ?」


 さよりが現時点で何もやらかすことなく出来ているのも、浅海の全力フォローのおかげなわけで。

 成り上がり令嬢だから、元は庶民だったなんて言うのも何か違うし、やめといた。


「そこの庶民、ボサッと立っていないで、馬のように動いたらどうかしら?」

「それを言うなら馬車馬のように……ちなみに馬にも種類があってだな」

「し、知っているわ! 駄々馬のことよね?」


 それはまさしく、さよりのことだ……と言いかけたが、浅海に怒られたくないので口を閉ざした。


「ところで、浅海から何か聞いているか?」

「――ええ、あの子のことでしょう?」

「さよりのほうが年下なのに、あの子呼ばわりするんだな。お前すごいな!」

「お前ではなくってよ! どの子のことを言っているのか見当がつかないことだけれど、あゆでしょう?」

「いやいや、あゆは結構年上なんじゃなかったか? あの子は無いだろ、あの子は」

「ふふん、湊の脳みそはいつまで経ってもとけないのね。本当にあゆがそこまで年上だと思っているとしたら、ただただ残念だわ」

「脳みそはとけるもんじゃねえええ!!」


 残念なのはさよりの方なのは相変わらずだが、あゆの年齢は結局何歳なんだ。

 聞いたことを素直に受け止めているだけなのに、まさか年齢も嘘とか何を信じればいいのか。


『いらっしゃ――あ、え!? 嘘……本当に来てくれたんですか?』


 何やらミウの驚く声と、嬉しそうなトーンが聞こえて来るが、とうとう闇天使が来たのか。


 浅海の家には絶対来ないというのは分かったが、令嬢だからと居酒屋に来ないわけもなく、そもそもかつては俺のいたファミレスに来ていたわけだし、不思議ではない。


 一体どんな顔をして彼女に会えばいいんだ。


 そう思っていたが――


「高洲くん、これ」

「はい? 何すかこれ」

「お手紙。珍しいよね今時。昨日電話したんでしょ? それもテレビ電話で」

「まぁ、そうすね」

「それに想いを書いてあるから読めば分かるって言って、帰っちゃった。残念だよね~令嬢がバイト来なくてさ」

「池谷がいるから令嬢は間に合っているかと」

「言えてる! 高洲くんを見直す! だって、あの子すごい小さくて可愛かったもん。あゆさんって言ってたかな。初めて会ったけど、あの子は適当なその辺の男の子では相手がいないと思う」


 やはりあゆでしたか、そうですか。


 直筆かどうかは関係なく、彼女が手紙を書いて来たということに胸騒ぎが起きる。


「湊、ちょっといい?」

「ん? どうした浅海……」

「いいから、裏に」


 ゴミ袋やら生ごみやらが置かれている裏に移動し、浅海と向き合う。


「どうした?」

「それ、あゆさんからのだろ?」

「らしいな」

「俺が読んでいい?」

「え、でも、俺への手紙らしいぞ」

「それでも読みたいんだ」

「そ、そうまで言うなら」


 いつもはあゆのことでスルーして来た浅海だったが、直にここに来たことで何かの思いでも生じてしまったのか、気持ちを逸らせる様にして手紙を受け取った。


「――っ! あぁ……そうか。そういうことだったんだ」

「うん? 何が?」

「俺は知らなかったんだよ。あゆさんに出された期限のこと」

「期限って?」

「鮫浜の……会った?」

「あの黒すぎるお方だろ? あゆの父親の……」

「そんなはずない! だって、あゆさんは――」

「んあ?」


 しまったと言わんばかりに浅海は自分の手で口を隠したが、そこまで言いかけて遅すぎるだろ。


 父親にしては別の意味で真っ黒すぎるし、沖水のママさんとやや年が離れすぎている気はしていたが、養女ってやつだろうか。


 鮫浜の娘として跡を継がせるには、相応のことをして来たという予想は出来る。


「大体分かるし、隠さなくてもいいぞ。で、何て書いてあるんだ?」

「期限までに湊を手に入れられなければ、全て失う」

「俺はモノじゃないし手に入れさせるつもりは無いが、というか、失うって何だよ、それ!」


 半ば強引に、浅海の手から手紙を奪い、中身を読んでみた。


 書いてあることは長文でも無く、箇条書きで淡々と書かれていた。まるで浅海が読むことを分かっていたかのように。


 鮫浜あゆは来年の秋までに、欲しい男を手に入れる。

 それが出来なければ、あらゆる手段で実行する。


 湊くんは手に入れる。

 そうじゃなければ意味が無い。


 あゆのモノはあゆの。湊くんはあゆのだから。

 手に入れられないなら、八十島くん……浅海のモノは全て鮫浜が奪い、あなたも――


 いやいや、どこのガキ大将だよ!

 そしてまさに闇に葬る系!


「俺と付き合うこと前提で書かれているが、というか、婚約者の意味なんてないじゃんか!」

「あゆさんはどうか知らないけど、鮫浜は湊を影に置きたいだけだ。婚約者が俺ってことは揺るがないけど、あの男はあゆさんを利用したいだけだ」

「利用? じゃあやはり養女?」


 俯きながら、浅海は頷いて見せた。


 あゆと出会った時は両親なんていないと言っていたが、そういう意味だった。


「湊に頼みたいことがあるんだ」

「予想はつくが、何だ?」

「……少しでも心残りがあるなら、あゆさんの望みを叶えてやって欲しい」

「つまり、付き合えと?」

「……湊にしか頼めない」

「お前、何でさよりと付き合ってんだ?」

「本気を見せて欲しい……」


 誰の? とは聞けなかったが、浅海の狙いは何なのか分からなかった。


 権力支配をして来た鮫浜のことだ、浅海の本家も手中に収めるということなのだろう。

 そうなると婚約者ではなく、ただの相手ということになる。


 あゆへの気持ちが無いわけじゃないが、あゆの前に彼女とケリをつけたい。

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