32.イケボなのは自分だけですか、そうですか。
岬先輩に呼び出された俺は、以前のバイト先であるファミレスのあった場所に来ていた。もうすぐ開店するらしく、とりあえず自己紹介を兼ねてメンバーを集めたらしい。果たして以前いた副店長や、名も無き同僚はいるのだろうか。岬先輩いわく、メンバーのほとんどは学園のイケボということらしい。あれ、俺要らなくないかな? そんなにイケボと呼ばれる男が同じ学園にいたとは思わないのだが。
「高洲君~! こっち、裏口から入って来てくれる?」
姿は見えないけど、ひと際目立つ声の持ち主なので声のする方に進んだ。そこにいたのは、俺だけイケボ的な感じで、イケメンが一人と、それ以外の新顔さんが立っていた。帰っていいかな。
「ってことで! ホールリーダーで1-Aの高洲湊くん来ました~!」
「ホワット? リーダー? え、誰が?」
「もちろん、高洲君! ごめんね? 経験者はキミだけだから任命しちゃった。で、他の子はイケボじゃなくてイケメン揃いってことで許してね」
聞いてないぞ。イケボ優先って言うから来てみれば、イケボいらずのイケメンしかいないじゃないかー! これはどう見ても俺だけ女性客に舌打ちされるパターンですね、分かります。
「1-Bの浮間しのぶ。よろっす! 1-Aの高洲だろ? お前の武器と盾はマジで憧れる」
「ど、ども」
「ってことで、ホールは2人でよろしくね。厨房ももうすぐ揃う予定! それと他のクラスのイケメンもそのうち紹介するね」
「えーと、いつから開店ですか? それに店長さんはどこに?」
「予定は体育祭終わったあたりだから再来週かな。店長は忙しい人だから、でもそのうち会えるんじゃないかな?」
「え? 何で体育祭に合わせてるんですか? 何の関係が……」
「ホールメンバーが学園の子だから。それだけさー! あぁ、あとクールボイスな女子も一人いるよ。名前は、磯貝しずさん。今日は心の準備が整ってないから来れないんだって。さすが高洲君」
「はい? 俺に何の関係があるというのでしょう?」
「会いたかったらしいよ。知らないけど。彼女はまだウチの学園じゃないし、転校してきたら告られるかもね」
知らないのかよ! 俺も知らんし。しかも転校とか、またなの? まさかまた残念系美少女か? それにしても隣のクラスはイケメン揃い。俺だけイケボとかどういうファミレスだよ。くっ、それにしても浅海以外で本物のイケメンが複数いるとは。いや、俺が興味ないだけで実は隣のクラスとかはイケメンだらけの世界なのか? もの凄くどうでもいいし会いたくも無いぞ。美少女兼イケメンは浅海だけで満足している!
「高洲のクラスは美少女しかいないんだろ? 明日とか遊び行っていいか?」
「え? 浮間だっけ? 自称なら沢山いるけど、来るなら来ても俺は問題ない」
「最強すぎるリーダー、ウケる!」
「いや、ウケないから」
「俺はもしかしたら湊とライバルになるかもな……」
「へ? イケメンなキミに勝てるわけが無いだろう! 言っとくが、浅海は俺の嫁……じゃなくて、大事な男の娘ですよ? やりませんよ?」
「八十島浅海じゃない。安心していい。じゃなくて、いや、いい。後で奪うから」
イケメンが自称美少女だらけの俺のクラスに遊びに来るとか正気か? まぁ、さよりと鮫浜は本物の美少女だが、ワケありすぎて何も言えない。それに奪うとかどういうことかな。奪うと言えば……小悪魔天使の鮫浜は、さよりと違ってモブ男子たちの心をすでに掌握しているようだ。あのキスで意識を一時的に落としていたが、回復と同時にかなりの野郎どもから文句を言われてしまうとは思わなかった。鮫浜は色気があるからな。さよりと違って。もしかして鮫浜のことを言っているのだろうか。だとしても、まだ何とも言えないよな。
「高洲君。紹介は済んだ? じゃあ解散でいい? というか、高洲君にお迎えが来てるよ? 早く行ってあげて」
「は? お迎え? 俺はすでにお亡くなりになってたり?」
「や、生きてるからね? 高洲君、面白いね。むしろキミの声で女子たちが昇天しそうだけどね~」
誰がうまいこと言えと。俺の声だけじゃ最強じゃないんですよ? 岬先輩。あぁ、さよりだけは別の意味でどこかへ行きっぱなしだけど。
「あ、じゃあ、俺は帰るんで。浮間、そのうちよろしく」
「ういー」
イケメンなのは気に入らないが、嫌な奴ではなさそうだ。結局俺だけは、前の時と同じように舌打ちと、見るからに肩を落として帰る女性客を沢山ゲット出来るだろう。いつか出来る彼女の為の貯金が出来れば舌打ちくらいは可愛いものだ。
「あっ! 湊――」
おぉ、あぶねえ。誰かが俺を迎えに来てるとかって、てっきり鮫浜かと思ってたのに何故にさよりだよ! 思わず隠れてしまったじゃないか。しかも何かのチケットを手にしていたように見えたぞ。何なんだアレは。押し売りか? しかしここにずっといても、後から帰ろうとするあのイケメンに残念美少女を遭遇させてしまいかねん。しかもあいつはここでバイト出来ないって聞いたはずなのに、何でここに来てんの?
「おい、さより。何か用か? 言っとくが、お前はここでバイト出来ないんだぞ? ざんね――」
「あ?」
「い、いや、ナンデモナイヨー」
「き、奇遇すぎるわね。背中を……ではなく、あなたがどこかでそのいやらしい声を使って、犠牲者を出しているか心配になって付いて来てみれば、奇遇にもファミレスがあった場所にいるじゃない。ここにいたら、奇遇にも声をかけられてしまったの。卑猥な声はここにいるかしら? って聞いたら当たりだったわ」
岬先輩が言ってた迎えってコイツかよ。しかも卑猥な声に否定してないとか、泣けるぞ。
「で、お前は俺に何の用が?」
「忘れたのかしら? 流されまくるプールに行くと誘っていたでしょう? どうせ暇なのでしょうから、誘いに来て差し上げたの。ふふ、嬉しいでしょ?」
「お前と行く意味が分からんし、水着だけに興味は無いって言っただろうが」
「お願い……わたし、湊と一緒に行きたいの。と、友達は湊とあゆと浅海しかいないの。だけれど、あゆはわたしのライバル。誘えるわけが無いわ。あゆから話しかけてこない限り、会話が始まらないだなんて悲しすぎるわ」
「だとしても、ただの友達の俺がお前と二人だけで行くとか、おかしいだろ」
「問題ないわ。あなたが注目を浴びることはあり得ないのですもの。ウワサにもなりはしなくってよ」
ムカつくが正論過ぎて何も言えない。どうせコイツのことだから泳げないから教えて欲しいけど、屈辱過ぎて言いたくないってのが本音だろう。
「ど、どうかしら? 湊の背泳ぎを教わりたいのだけれど」
「背中を水中から眺めたいとか、そういうのは泳げる奴がやるもんだ」
「ふふん、わたくしは完璧なの。幼き頃から英才教育を施されて、泳ぐのもお手の物だわ」
コイツの言ってることは全てでたらめだろう。しかしここで粘られても困るし、断ってもついて来られるし、行くしかないのか。出来ることなら鮫浜と行きたかったが、会うたびにキスで堕とされている気がしてちょっと恐怖を覚えている。たまにはさよりと行くのもいいのかもしれないな。コイツと話すのは嫌いじゃないし。
「じゃあ、行くか」
「うんっ!」
あれ? コイツ、こんなに可愛かったっけ?




